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第18話 責任取るのが責任者だろ

こっちに責任投げんな


 ルクシアたちが去ったメラルの町の人たちは、大変だった。


 まず、砦で働いていた町の人たちは全員解雇された。仕事はバルドが連れて来たメイドや執事たちが引き継いだ。


 次に、野獣の対策が不十分だった。南門は開けっ放しな上に、野獣が近くまでやってきても怯えて追い払うことができない。

 初日で野獣を侵入させた時は、これは頼りにならないと町の人たちから思われた。その後も数日おきに野獣がひょっこり町の中に現れる。すべて小型の野獣なので、マクシムにより陰で退治されたのは幸いか。


 また、様々な日用品を取引していたお店も取引を中止されてしまった。下民のものなど使えないとのことだ。


 さらに校庭で遊ぶ子供たちの声がうるさいとまで言ってきた。ルクシアはもちろん、それより前の責任者たちからですらそんなことを言われたことはない。


 これが今後も続くのかと思うと、気が重くなる。町の活気も少しずつ失われていった。



 最悪の事態が発生したのは、それから二週間ほど経った時だった。


 南門の方から大きな咆哮が轟いた。姿を現したのは二足歩行の巨大な赤い狼。変異種だ。その足元には変異前であろう赤いたてがみを持つ狼、レッドウルフたちが群がっていた。


 レッドウルフたちに気付いた騎士たちは慌てふためく。


 バルドが撃退しろと命令を下したが、撃退する術を彼らは持ち合わせていない。砦の中を右往左往するだけだ。


 その間にもレッドウルフたちは町に迫った。先行した数頭が開きっぱなしの門から町の中へ侵入する。

 途端に悲鳴が上がった。レッドウルフたちは逃げ惑う人間に狙いを定め、肩に食らいつく。押し倒されて骨を噛み砕かれる人や、腕を噛まれて振り回される人もいた。


 素早く飛び出したのがマクシムだった。

 得意の槍で町の人にのしかかったレッドウルフを吹き飛ばす。


「大丈夫か!? 動けるなら建物の中に入れ!」


 逃げ惑う町の人に結界魔法陣がある建物に入るよう声をかけた。

 ケガをした人は他の人に手を貸されて建物へ逃げ込む。遊んでいた子供たちも避難訓練通り、学校へ逃げ込んだ。


 マクシムは町の中をうろつくレッドウルフたちを見回す。一人で相手にするには数が多い。額に汗が滲んだ。


「一人で大丈夫だなんてカッコつけるんじゃなかったな」


 マクシムは苦笑いを浮かべて、槍を握り直した。

 バルド大隊の増援なんて当てにしていない。彼が当てにしているのはただひとつ。ルクシアを探しに行った仲間たちが、彼女を連れて帰ってきてくれることだ。


 狭い路地におびき寄せて一体ずつ倒すのもいいが、それにうまく乗ってくれるとは限らない。どうしたものかと思案するマクシムだったが、レッドウルフたちはそれを許さない。牙をむき、マクシムを取り囲む。


 すると、馬の蹄の音が聞こえてきた。誰だと振り向くと、バルドだった。

 マクシムとレッドウルフたちに目もくれず、一目散に北門の方へと駆けていく。


(あいつ、逃げやがった……!)


 マクシムは怒りを通り越して呆れてしまった。砦の中では部下たちがまだ混乱している。それを放置して一人だけ逃げ出したのだ。


 レッドウルフたちはマクシムに飛び掛かった。マクシムはそれを避け、槍で刺したり、槍の柄で叩いたりと反撃する。吹き飛ばされたレッドウルフは「キャンッ」と悲痛な叫びを上げた。

 その程度では数が減らない。鋭い牙や爪がマクシムを襲う。それでもマクシムは怯まなかった。


 せめて、皆が避難するまでは時間を稼ぐ。そしたら逃げよう。


 マクシムはそう決めていた。多勢に無勢の状況で戦い続けるのは得策ではない。そんなことすればルクシアに叱られてしまう。


 一頭のレッドウルフがマクシムの背後から飛び掛かった。マクシムは背後からの攻撃に反応が追い付かない。一撃をくらう覚悟で歯を食いしばったが、その前に一陣の風がマクシムの背中に舞い込んだ。

 閃く斬撃がレッドウルフを吹き飛ばした。レッドウルフを吹き飛ばしたのは、メイド服に身を包んだエルマーナだった。その手にはルクシアが使っている剣と同じものが握られている。


「え、エルマーナ!?」


 マクシムは驚きのあまり目をむく。エルマーナが戦えるなど、彼女からもルクシアからも聞いていない。


「マクシム様、背後は私が」


 エルマーナはニコッと微笑んだ。それも一瞬で、すぐにキッと目を吊り上げてレッドウルフたちを睨んだ。エルマーナは迷いのない動きでレッドウルフたちを叩き伏せていった。

 マクシムは驚きはしたものの、背後を守ってくれるならありがたいと目の前の相手に集中する。


 牙をむくレッドウルフたちは一頭、また一頭と二人に切り伏せられていった。


 しかし、南門を変異種のレッドウルフがゆっくり潜り抜ける。勇ましいバルド大隊が剣を振り上げて突っ込んだが、腕のひと薙ぎで何人も飛ばされてしまった。

 怯まずもう一度、と剣を構えることは出来なかった。そこへレッドウルフたちが襲い掛かる。恐怖に彩られた断末魔が上がった。


 変異種が町の中に侵入したことに気付いたマクシムとエルマーナは顔をこわばらせた。


「二人とも! こっちだ!」


 近くの店から声がかかった。ドアを開けて手招きをしている。

 マクシムとエルマーナは急いで店の中へ転がり込んだ。ドアを閉めて、結界魔法陣を発動させる。これでしばらくは安全のはずだ。


 店の中にはマクシムの妻もいた。夫の無事に安心しても、手の震えが止まらない。


「あなた! 大丈夫? 手当しないと」

「なに、このくらいかすり傷だ」


 妻を安心させようと、マクシムは笑う。


「カッコつけてないで手当てするぞ」


 マクシムの頭に救急箱を乗せたのは店の店主だった。

 ここは町の食堂の一つだ。個室ではなく、大きなフロアにテーブルが並べられた大衆食堂である。フロアの広さから結界魔法陣の配布先に選ばれた。


 店主はテキパキとマクシムの傷を消毒したり、腕に包帯を巻いたりしている。


 マクシムは無傷のエルマーナに目を向けた。彼女は剣を手にしたまま、窓から外の様子を窺っている。その横顔はメイドの時のそれとは違った。


「エルマーナ、そんなに戦えたんだな」


 声をかけられたエルマーナは振り向いた。それから楽しげに微笑む。


「オルディアーノ家のメイドたる者、このくらいのことが出来ずしてどうします」

「恐れ入ったよ」


 マクシムはもう笑うしかない。レッドウルフの相手が「これくらいのこと」と言えるのは確かにオルディアーノ家に仕える者らしい言葉だ。


「うわ、なんだあいつ!?」


 赤い身体の変異種を見つけた男性が声を上げる。


「間違いなくレッドウルフの変異種だ。俺たちだけじゃどうにもならん」


 手当をされながらマクシムが言った。


 久々に見る変異種に、避難した町の人たちは震えあがる。忘れかけていた恐怖が蘇った。


 レッドウルフたちは野菜や果物を売る露店に目を付け、並べられていたそれらを頬張った。食べ物を求めてやってきたようだ。

 余程お腹を空かせていたのか、すべてなくなるまでレッドウルフたちの食事は続いた。


 他にも食べ物はないかと町の中をうろつく。食べ物匂いがする店や家が襲われ、結界魔法陣がない家屋は壊されてしまった。

 その音に、町の人たちはビクッと身を震わせる。


「マクシム、これからどうすりゃいいんだ?」


 困ったように店主が尋ねた。そんなこと、マクシムとて知りたい。


「応援を呼ぶにも、通信機は家に置いてきちまったからな……」

「あ、持ってきてるわよ」


 失敗したと顔をしかめるマクシムに妻が連絡用タブレットを渡した。マクシムは目を丸くしてそれを受け取る。何でも準備が良い妻だったが、ここまでだったとは。

 さっそくクラウスに連絡を入れる。出てくれと祈りながら応答を待つ。


「はいはーい。お待たせ~」


 ディスプレイにクラウスの顔が映った。


「師団長、大変です。変異種が町に侵入しました」

「はぁ!? 町の人たちは大丈夫?」


 マクシムが報告すると、クラウスは驚きの声を上げた。


「おそらく、皆避難して無事です。レッドウルフに襲われてケガした人は何人かいるでしょうが」


 クラウスはふむと考え込む。ルクシアたちが出発した日を考えると、明日にはメラルの町に着く頃だ。


「ルクシアたちがそっちに向かっている。明日には着くと思うから、それまで耐えてもらえるかい?」


 いつもの飄々とした様子はなく、至極真面目な顔でクラウスが言う。ルクシアの名を聞いたマクシムはホッと息をついた。やはりルクシアは生きていた。彼女と捜索組が帰ってきてくれるなら百人力だ。


「わかりました。なんとか皆で持ちこたえてみせます」

「頼んだよ。僕もこっちの仕事が片付いたら向かう」


 マクシムの返答を確認し、クラウスは通信を切った。マクシムは深く息を吐く。


「ルクシア中隊長たちが明日には着くはずだ。それまで何とか耐えしのごう」


 ルクシアの名前に町の人たちは歓喜する。エルマーナもホッとした様子だ。


 しかし、夜は長い。避難所になっている各場所で、皆は耐えられるだろうか。

 マクシムは不安になりながらも、悟られまいと振る舞った。今は自分がしっかりしなければ。


 日が暮れ、避難所になっている店や家に明かりが灯る。


 レッドウルフたちはまだ町に居座っており、外へ行く気配がなかった。町の広場を今日の寝床に決めたらしい。変異種を中心にレッドウルフたちが集まって寝そべっている。個体によっては腹を上に向けてひっくり返ってリラックスしていた。


 そんな彼らの穏やかな眠りが妨げられたのは、翌日の早朝。


 東の空が明るくなってきた時だった。


 何かの音を捉えた一頭のレッドウルフの耳がピクリと動く。眠っていたレッドウルフがスッと顔を上げた。

 他のレッドウルフたちも音に気づいたのか、次々に顔を上げる。


 響いてきたのは馬が駆ける音。南門の方からどんどん近づいてくる。門を通過し、馬に乗ったまま町に飛び込んできたのはルクシアを探しに出た捜索組だった。


 先頭を走っていたギャリックが馬から飛び降りた勢いをそのままにレッドウルフの群に突っ込む。まだ態勢が整っていないレッドウルフたちに剣を振る。


 変異種のレッドウルフは素早く立ち上がり、威嚇するように咆哮を放った。


 咆哮は町中にびりびりと響き渡る。窓がガタガタと揺れた。隠れていた町の人々はその声に恐れおののく。砦の中に隠れていたハーゲン大隊は悲鳴を上げた。


 ギャリックは剣を構え直し、変異種のレッドウルフを対峙する。その背丈は彼の倍以上だ。太く鋭い爪がギャリックに襲い掛かろうと身構えていた。

 そこへ黒い影が現れた。


「ギャリック! 先行しすぎです!」


 ザッと急ブレーキをかけたシリウスに跨るルクシアが声を荒げた。怒られたギャリックに反省の色はない。

 ルクシアはひらりとシリウスから降り、ギャリックの隣で剣を構える。シリウスも低く唸りながらルクシアの半歩後ろに控える。


 明るくなっていく空の下、開戦の火蓋が切って落とされた。



 つづく

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