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第17話 偉い人の部屋に入るときは緊張する

町長の部屋に一人で入るときは緊張した


 突如現れた第五師団長に、砲撃が徐々に止んでいく。大砲が完全に沈黙したことを確認し、防御魔法を解除する。


「連絡が行き届いていなかったようだ。ご無礼をお詫びします」


 クラウスはザイゲルに頭を下げた。ザイゲルはひらりとドラゴンの背から降りる。


「貴方が第五師団長、クラウス・ファーレンハイト殿ですな。私はフォスター伯爵家の執事を務めておりますザイゲルと申します」


 ザイゲルは優雅に頭を下げる。

 クラウスは彼からにじみ出る気配を敏感に感じ取った。ただの竜族ではない何か。正体ははっきりしないが、人間を遥かに超えるそれに表情が微妙に硬くなる。


「ルクシア嬢も同じ反応をしておりました。私のことはちょっと強い老いぼれ執事と思ってください」


 ザイゲルは声を潜めてルクシアに言ったことと同じ言葉を口にする。


 クラウスの表情が今度は明らかに引きつった。

 ちょっとどころでなく強い。おそらく、自分よりも。自身よりも強い存在に会えたことに彼の好奇心が騒ぎ出す。

 しかし、今は仕事中。しかも大事な謁見の前だ。咳ばらいを一つして、本題に移る。


「そういうことにしておきます。この度は私の部下が無礼を働いてしまい、誠に申し訳ございません。陛下への謁見につきましては、私のほうで手配しております。参りましょう」


 クラウスが促すと、ザイゲルは頷いてドラゴンの背にいた民間人に降りてくるよう声をかけた。


 ザイゲルはひらりと降りたが、普通の人間が簡単に降りれる高さではない。二人が飛び降りるのをためらっていると、ドラゴンがゆっくり腹ばいになった。この高さなら、と二人はドラゴンの身体に沿うように滑り降りる。


 クラウスに先導され、三人はお城へと足を踏み入れる。ザイゲルは背筋を伸ばしたまま、すっすっと歩く。対照的に民間人二人は縁のない場所に委縮しながら歩みを進めた。

 豪華な装飾が施された白い扉が目の前に現れる。門番をしていた騎士はクラウスの姿を見てビシッと敬礼した。


「お疲れ様。話していた執事さんだ。通してもらうよ」

「はっ!」


 短い返事をして、門番は扉を開けた。


 赤い絨毯が敷かれた先に、玉座がある。そこに座っているのはもちろん、この帝国を治める皇帝だ。


 皇帝ロドルフ・イドクレーズ。


 モスグリーンの髪と濃紺の瞳を携えた精悍な顔立ちの中に穏やかな性格が表れている。だが、表情は厳しい。案件が案件なだけに悠長に構えていられない。


 クラウスは皇帝に一礼すると、赤い絨毯から降りて脇に控える家臣たちの列に加わった。


 ザイゲルはクラウスが一礼した位置まで進み、ピタリと止まる。民間人たちもザイゲルの後ろに控えた。場違いな気がして落ち着かない様子だ。


「皇帝陛下。拝謁を賜り、光栄でございます。こちらが我が主、フィオルナンド・ハーツ・フォスター伯爵より預かった書状にございます」


 ザイゲルが懐から手紙を取り出すと、控えていた側近が受け取りに行く。側近はそれを受け取り、恭しく皇帝へと渡した。


「拝見致す」


 皇帝ロドルフはそれだけ告げ、書状に目を通した。その表情はどんどん曇っていく。


 書状の文面は簡潔だった。

 今回の件はあくまでフォスター家のみの問題として、国の問題にはしないこと。

 屋敷へ侵入した者たちの民間人を犠牲にするという非道な行いをした罪はそちらで厳正に対処してほしいということ。


 何が書いてあるのかを知らない家臣たちは顔を見合わせた。唯一、クラウスだけが書状にも載っていない事実を知っている。


「その者たちが、証人か」


 皇帝は書状から顔を上げ、ザイゲルの後ろに控える二人に目を向けた。二人は慌てて膝をつく。これが正しい礼儀なのかはわからない。


「はい。フォスター家の領地内に荷車ごと放置されておりました。そしてこちらが――」


 ザイゲルはそう言うと、手を前に伸ばした。何事かと家臣たちは身構える。


 ザイゲルの影がぐにゃりと動き、捕らえたハーゲン大隊の者たちを吐き出すように転がした。悲鳴が上がったが、ザイゲルは取り合わない。


「フォスター家に侵入した不届き者たちでございます」


 自分からは以上だというように、ザイゲルはスッと会釈をする。


 家臣の中に身内の者がいたのか「あっ」と声が上がった。


「書状にあるように、この者たちの処分はこちらで厳正に対処しよう。民間人の安全も保障する」

「ありがとうございます」


 ザイゲルが礼を言うと、民間人たちも頭を下げた。


「ザイゲル殿、遠方からの御足労、感謝する。誰かザイゲル殿を客室へご案内しろ」

「いえ、お気遣いは――」

「では私が」


 ザイゲルの言葉を遮るように、クラウスが名乗りを上げた。クラウスはザイゲルと目が合うと、パチンとウインクをした。


 食えない男だ。

 ルクシアに簡単には返してもらえないかもしれない言われていたが、本当にそうなりそうだ。


 クラウスは再び三人を連れて謁見の間を後にする。

 扉が閉まった向こうから怒鳴り声が聞こえた。侵入者の身内が叱咤しているのだろう。


 案内したのは豪華絢爛な客室だ。ザイゲルはともかく、民間人はさらに落ち着かない。客室のドアを閉めると、クラウスは三人に笑いかけた。


「お疲れ様。特に二人は疲れたでしょ」

「いや、まったくもう……」


 民間人たちは苦笑いを浮かべることしかできなかった。人生で一番緊張したかもしれない。


「お疲れのところ申し訳ないけど、事情聴取はさせてもらうからもう少し城に滞在してもらうよ」


 クラウスがそういうと、二人は覚悟していたのか頷いた。メイドに頼んでお茶を出してもらい、一息つく。


 手配が回ったのか、騎士が三人ほど事情を聴きたいと部屋にやってきた。民間人たちはそれに従い別室へ移動する。


 部屋にはクラウスとザイゲルだけとなった。


「はぁ、やーっと話ができる」


 クラウスはため息をついた。民間人たちの緊張をほぐそうと何でもない話で時間をつぶしていたのだ。


「すごいね、こんなに底が見えない人は初めて会ったよ」

「それは光栄ですね」


 クラウスは挑戦的な視線を送ったが、ザイゲルはサラッと受け流す。クラウスはつまらなそうな顔をした。百戦錬磨の執事は簡単には応じてくれない。


「ルクシア嬢も強いとは思いましたが、貴方はそれ以上だ。人間族とは思えません」


 ザイゲルの言葉にクラウスは目を丸くし、ケラケラと笑う。


「よく言われる」


 クラウスは笑った顔から一変、探るような眼差しになる。


「あなたこそ普通の竜族ではないはずだ」

「それはよく言われませんね」


 意趣返しのようにザイゲルは答えた。正体は秘密、と言わんばかりだ。だが、濃い紫の瞳は少し楽しそうにほほ笑む。自分が普通の竜族でないことに気付き、正体を探ろうとする人間が面白くて仕方ない。


「……はぁ。ルクシアにもそんな感じで返したの?」


 クラウスは自分以上にヒラヒラかわすザイゲルに降参したようだ。


「ルクシア嬢は貴方ほど確信を持てなかったようです。ここまで突っ込んで聞いてきませんでした」

「あの子は敏感なのに探求心ってものが小さいんだよねー」


 ザイゲルがお茶を飲みながら言うと、クラウスは茶菓子のクッキーを口に放り込んだ。


 ルクシアにとって、ザイゲルが普通の竜族ではないことに気付いても正体はどうでもいいのだ。正体が何であれ、フォスター家の執事として接することに変わりはない。


 ザイゲルはクラウスの態度を見て小さく微笑んだ。人目がなくなると、砕けた態度になるのはフィオルナンドと同じだ。


「ルクシア嬢たちも今日あちらを発ったはずです。あと五日もすればメラルの町に着くでしょう」


 ザイゲルが報告すると、クラウスはふむと考えた。


 あと五日。メラルの町が野獣に襲われなければいいが。こんなに野獣の侵入を許すとも思っていなかったので一抹の不安がある。

 ルクシアの荷物を取りに兄のアーサーがメラルの町に行くと知っていたらそのまま残って防衛を頼めばよかった。と、クラウスは後悔した。

 親友の実力はよく知っている。バルドの隊より彼一人のほうがずっと強い。


「それと、元凶を殴る気満々でしたよ」


 続けざまにザイゲルが言うと、クラウスは思わずクスッと笑った。


「それくらいは大目に見ないとね」


 そう言って、クラウスはお茶でのどを潤した。




「っくしゅん!」


 ルクシアがくしゃみをした。彼女を乗せていたシリウスがちらりと見上げる。


《寒いか?》

「大丈夫ですわ。きっとザイゲル様とクラウスお兄様がわたくしのことを話しているのでしょう」


 ルクシアは鼻をすすりながら答えた。その左手には幅が広めのナイフが握られている。


 オルディアーノ中隊はメラルの町へ向けて移動中だった。ルクシアとシリウスを先頭に、馬が続いている。

 野獣との遭遇が懸念されたが、ルクシアが秘密兵器を取り出した。今、左手に握っているナイフだ。


 このナイフは母からお守りにと譲られた品だった。母が若い頃に倒した変異種の牙から作られたナイフらしい。何の野獣かは忘れたが、宿る魔力に恐れをなして野獣が近づいて来なくなる。普段は鞘に納めていることで魔力が漏れることはない。

 天然の結界を用いた強行移動だ。これで最短距離を進める。


 ちなみに、この牙はドラゴンの変異種のひとつガーネットドラゴンのものである。若かりし頃の母、フライヤがたった一人で討ち取ったという伝説を持つ。

 今もなお、彼女が恐れられる要因の一つだ。

 ルクシアは幼い頃にその話を聞かされているが、今はすっかり忘れてしまっている。


 ナイフの効果は抜群で、地上の野獣たちはもちろん、上空を飛ぶ野獣たちすら近づいて来ない。近づこうとしても自分より強大な存在を察知して去っていく。

 それを見ていたギャリックは牙を持っていた野獣とは戦いたくないと思った。と、同時にルクシアの母とも会いたくないと思った。怖すぎる。


 しばらく走り、ルクシアは休憩を取ろうと減速の指示を出した。止まった一同は馬から降りて一休みする。馬たちも水を飲んだり、近くに生えていた草を食んだりして休んだ。


 フォスター家から出るときに貰ったマフィンを頬張る。


「んー、美味しい」


 エミリアが幸せそうに微笑んだ。


「今は、大体この辺か」

「そうですわね。もう少し行くと川があるみたいですから今日はそこまで行けるよう頑張りましょう」


 フィオルナンドから貰った地図を見ながらラルフとルクシアが進路を確認する。

 川の近くならば野営もしやすいだろう。


「帰ったら、まずあの上官クズを上に突き出さねばなりませんね」


 ルクシアはフンと鼻を鳴らした。

 今までの横領や職権乱用より倫理に反していることを彼らはやらかした。証拠はすでにザイゲルが最高権力者の元へ届けてくれている。握りつぶされることはない。


 彼女が生きて帰ればバルドが報告したことは虚偽であった証明にもなる。


 どう追い詰めてやろうかと画策するルクシアの顔はちょっと悪い顔になっていた。普段の穏やかな彼女の面影はない。

 いつもは止めるラルフも今は止めない。彼も同じ気持ちだからだ。


「もう~中隊長! そんな悪い顔してないで、おやつ食べましょ」


 悪い顔になっているルクシアの口にエミリアがマフィンを突っ込んだ。むぐっと息が詰まったルクシアだったが、口の中に広がる甘さに表情が解ける。


「さすがフォスター家の料理人。美味しいですわ」


 エミリアの無遠慮な行動に怒ることなく、ルクシアはその味を堪能した。エミリアもニコニコしながら最後の一口を口に放り込んだ。


 先ほどの悪知恵を働かせていた表情とは真逆だ。それを見たラルフは小さく笑った。


 休憩後、再びメラルの町を目指して移動を開始する。

 大きな天気の崩れがない限り、予定通り五日後には到着しそうだ。



 彼らがあと一日でメラルの町に到着する距離まで来た頃、メラルの町に危機が迫っていた。

 


 つづく

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