第16話 食べ物の好き嫌いは恥ずかしくても伝えておこう
アレルギーはもちろんだけど、苦手な食べ物も言っておかないと苦行がやって来る
「あぁ! エミリア! それ僕が焼いてたお肉!」
「甘いわ! 食卓は戦場よ!」
「うわぁぁ!」
「肉を守れー!」
オルディアーノ中隊はあっという間にフォスター家に馴染んでしまった。初対面にも関わらず、焼き鳥パーティですでにワイワイやっている。
エミリアとコボルトたちはお肉攻防合戦の真っ最中だ。男兄弟の中で育った彼女はこういう時に強い。
ほのぼの暮らしていたコボルトたちは出遅れてしまった。
「ったく。他所んちの食卓でなにやってんだか」
その攻防を遠くから見守っていたラルフは呆れた声で呟く。声色に申し訳なさも含まれていた。
「まあまあ、楽しい食事になって嬉しいよ」
楽しげにフィオルナンドがなだめた。皆が楽しそうで嬉しいのは事実だ。
大人組は少し離れたところから見守っている。
「しかし、まさかハーピーイーグルを仕留めてくるとはね。うん、美味しい」
フィオルナンドは焼けた肉を頬張ってひとつ頷いた。
「ルクシアにあの技を教えたのはお前か?」
「あの技? ああ、魔力の剣のこと? 教えたというよりアドバイスしたら出来たって感じだったよ」
ラルフの問いに、フィオルナンドはあっさりとした口調で答えた。悪いことを教えたつもりはない。
「僕も聞きたいんだけど、本当にルクシアは魔法が使えないの? あんなに魔力操作が上手なのに、魔法が発動しないってどういうこと?」
今度はフィオルナンドが尋ねた。魔力操作は器用すぎるくらいなのに魔法が使えないとは不思議でたまらない。
ラルフは首を横に振った。
「さあな。学校の先生すら原因がわからなかったらしい。完全に素質の問題だろ」
「世の中、不思議なことがあるものだね。長生きしててもこういう事があるから飽きないよ」
フィオルナンドは笑いながら、もう一口肉を頬張る。
「そういえば、ルクシアも結婚してなかったんだね。人間の貴族って幼い頃から婚約者がいて二十代で結婚するものだと思ってたけど」
その言葉に、ラルフはしばし黙った。フィオルナンドも特に他意があって言っているのではないことはわかる。ただ、他人の事情を簡単に話していいものか。
フィオルナンドはエルフ族だからいいか、とラルフは口を開いた。
「昔は居たらしいが、蜘蛛女なんかと結婚しないと言われて十五くらいに婚約解消となったって話だ」
「えぇ……そんな理由?」
フィオルナンドは呆れた顔をした。蜘蛛、とはシンディであることがすぐにわかった。
「シンディは可愛いのに」
「貴族のお坊ちゃんたちには可愛くないそうだ」
フィオルナンドの呟きに、ラルフが答えた。ラルフ自身はシンディを怖い、気味が悪いと思ったことがない。
当のシンディは、デミスたちと酒を酌み交わしている。あんなのを見せられては気味が悪いなどという感想は吹き飛んでしまう。
「そういうお前も結婚してないんだな。エルフってそういうもんなのか?」
ラルフは何気なく聞き返した。ルクシア"も"というのだ。フィオルナンド自身も結婚していないと思われる。
「僕の場合はねぇ、うちの財産目当ての婚姻の申し出が多くてうんざりしてるところなんだ」
フィオルナンドはため息交じりに答えた。心底うんざりしている彼に、ラルフは少し同情した。
「よくある話だな」
「そう。よくある話」
ラルフの言葉に、フィオルナンドは素直に同意する。種族は違えど、こういうところは同じらしい。
フィオルナンドは疲れた顔でショリショリと玉ねぎを食べた。
ラルフは部下たちと食卓を囲むルクシアに目を向けた。楽しそうに笑って食事をしている。彼女がいる網は比較的秩序が保たれているようだ。
エミリアがいる網はまさに戦場のようだ。フォークや箸が打ち鳴らされている。仁義なき戦い。食事の風景とは思い難い。
「ルクシアのケガ、お前が治したのか?」
ラルフは話題を変えようと新しい質問をした。
「まあ、そうなるかな。僕も光の精霊王の加護を持っているから治癒魔法が使えるんだ。と言っても、ルクシアはここに来た時点で全身打撲くらいのケガだったから大掛かりな魔法は必要なかったよ」
フィオルナンドの回答にラルフは唖然とした。
フォレストバイソンの群の中に放り込まれたはずなのに、全身打撲程度で済んだとは。理由は一つ。
「武具の女神様様だな」
ラルフは、妙にケロッとしていると思った、とため息をついた。
ルクシアが身に付けているものはすべて武具創造で造り出したもの。女神の祝福付きの代物だ。防御力は普通のそれとは格段に違う。
今回はそれに大いに助けられた。
ルクシアはラルフの心配など知らず、もぐもぐと焼き鳥と焼き野菜を頬張っている。
「皮はパリパリに焼いたほうが好きですわね、わたくしは」
「僕は少し柔らかい状態のほうが好きですね」
ルクシアとアルバートが皮の焼き加減について語っている。好みは人それそれだ。結局のところ、美味しいよねに落ち着く。
そこへギャリックが飲み物を持参してやってきた。
「あら、ギャリック。どうしました?」
「こっちの網のほうが平和だから来た」
ルクシアが首をかしげると、ギャリックは疲れた顔で告げた。どうやら焼き鳥闘争に辟易したらしい。食事くらい平和に摂りたい。
「いい感じに焼けてますよ。食べますか?」
アルバートが網の上のお肉をトングで転がしながらギャリックに尋ねる。ジュウジュウと肉が焼ける音が鳴る。
ギャリックはありがたくもらうことにした。アルバートは空いている皿によそって差し出す。
ギャリックはそれを受け取って肉を口へ放り込む。香ばしくもジューシーな味わいが口に広がった。丁寧に焼けばこんなに美味しいのだ。あんな奪い合う勢いで焼いては鳥に失礼だというもの。こっちの網に移動して正解である。
「あー、うめぇ」
ギャリックは思わず声を出した。それほど美味しい。
その様子を見ていたアルバートはにっこり笑った。自らが焼いたお肉を美味しそうに食べてもらえる。焼いた甲斐があった。
「ところで中隊長。ファントムの旦那はどうしたんすか? 中隊長のピンチに駆けつけないなんておかしいだろ」
肉を飲み込んでギャリックが尋ねた。それを聞いたルクシアは難しい顔になる。
「ええ。実はファントムと連絡がつかないんです。こんな事初めてですわ」
『あら、やっぱり?』
突然、声が聞こえてきた。初めて聞く声に驚きながらルクシアは周囲を見回す。
すると、目の前にふわりと光が舞った。光が集まると、一人の女性が宙に姿を現した。ウェーブする長い銀髪がふわふわしている。
彼女が人間ではなく精霊であることはすぐにわかった。
「え、と……あなたは?」
『私は光の精霊王のミラルドよ。よろしくね』
ミラルドと名乗った光の精霊王はにっこりと笑った。
『あなたでもファントムに連絡が取れないのね。いったいどこに行っちゃったのかしら?』
ミラルドは困ったように腕を組む。
「精霊王同士でも、連絡がつかないのですか?」
不安そうにルクシアが尋ねる。精霊同士でも連絡がつかないとは、いったいファントムの身に何が起こっているのか。
『ええ。この前、精霊王同士の集まりがあったんだけど、それに来なかったのよ。そういうのは面倒くさがるけど、サボったことは一度もないのに』
うーん、とミラルドは考え込む。
ファントムが精霊王になってからだいぶ経つが、集まりを休むことはなかった。
「ミラルド。来てたのかい?」
フィオルナンドがミラルドに気付いて近づいてきた。ミラルドは「あ!」と声を上げて振り向く。
『ちょっと、こんな楽しいことしてるなら呼びなさいよ!』
「えー、だって食べる必要ないでしょ?」
『必要がなくても一緒にいたいの!』
フィオルナンドの返しにミラルドは憤慨した。
精霊は基本的に食事を必要としない。食べることはできるらしいが、生き物のように栄養摂取にはならない。
ミラルドは楽しいことが好きな性格だ。食べることより楽しそうなことに呼ばれなかったことにご立腹のようだ。
ただ、彼女の言う「楽しいこと」がエミリアたちの焼き鳥攻防合戦ならば、それは違うと主張したい。あれはもはや食事ではなく戦闘訓練である。
「おい、ファントムと連絡がつかないって、本当か?」
フィオルナンドに続いてラルフも来た。ルクシアはぎこちなく頷く。
「ファントムの身に何かあったのかしら……」
「だとしても大概のことは何とかできるだろ。アレでも精霊王だぞ」
不安げに呟くルクシアに、ラルフは顔をしかめながら言った。ギャリックもうんうんと首を縦に振る。
ファントムも伊達に精霊王の称号を手にしているわけではない。それに見合う実力は持ち合わせている。
作中でルクシアがもっと魔法を使えればファントムの実力が読者に伝わったはずだった。だが、彼はやればできる子なのだ。
どういうことだ? とルクシアたちが首をかしげていると、パーティの一角からゴゥッと激しい音が聞こえた。
「わー!」
「お肉がー!」
エミリアたちが攻防を繰り広げていた網から炎が立ち上っている。網の上のお肉は炎の中だ。炭火の火が網に付着した油に燃え移ったようだ。
コボルトたちは右往左往している。エミリアだけは炎の中のお肉に狙いを定めていた。
ラルフは悩んでいることが馬鹿らしくなってきた。
「とにかく、今は戻って態勢を整えることが先決だ。しっかり食って明日に備えろ」
ルクシアはラルフの言葉に気を持ち直し、ゆっくり頷いた。
「そうですよ。今は食べましょう!」
アルバートも新しいお肉を網に並べながら笑いかけた。何とも気が利く男である。アルバートがいてくれるおかげで、この網は平和が保たれている。
焼き鳥パーティで賑わうフォスター家の庭が静まったのは、日付が変わるちょっと前だった。
翌日、ザイゲルが移動用に準備したのは小型のドラゴンだった。小型と言っても、その背中は人が三人乗っても余裕がある。
ザイゲルが言うには、親とはぐれた子供のドラゴンを保護したら野生では生きていけなくなって引き取ったとのこと。大きさも小型なのでフィオルナンドから敷地内で飼ってもいいという許しが出た。
「お屋敷の裏にこんな子がいたなんて」
ルクシアは驚きながらドラゴンを見上げる。ドラゴンも初めて見る人間に興味津々だ。顔を近づけて匂いを嗅いでいる。ルクシアはそれを嫌がることなく、鼻先を撫でた。
中隊の面々も腰が引けながらも興味はあるようで、物珍しげに見上げていた。
乗る予定の民間人の二人は顔が青ざめている。野獣を見慣れていない彼らにすれば当然の反応だ。
「一日で帝都まで着きます?」
ルクシアがドラゴンを撫でながらザイゲルに声をかけた。昨日、ザイゲルが明日行くというのでクラウスには「明日行く」と言ってしまったが、帝都までかなりの距離がある。馬だと十五日は見なければならない。
「十時間もあれば着くでしょう」
サラッとザイゲルは言ってのけた。見た目より速いスピードで飛ぶのかもしれない。
三人を乗せたドラゴンは大きな翼を広げて空へ舞い上がった。
屋敷の者たちは手を振ってそれを見送る。一緒に見送ったギャリックはふと思った。
「あれで行ったら、帝都で攻撃されんじゃねーか?」
「ザイゲル様はクラウスお兄様並みにお強いです。心配無用でしょう」
ルクシアは小さくなる影を見ながら答えた。
その言葉に、オルディアーノ中隊は固まった。丁寧に対応してもらい、物腰柔らかな老執事だとばかり思っていたらしい。規格外人類並みに強いとは誰も思わなかった。
「気がつきませんでしたの?」
ルクシアは逆に驚いていた。
「爺さんにしちゃ隙がねーとは思ったけど……」
「ただの爺さんじゃないとは思ったが……」
辛うじてそう言えたのはギャリックとラルフくらいだ。
他の者は何とも思っていなかったようで、シンディと同じく知らんぷりしている。自分もそう思っていましたけど、なにか? くらいの態度でいるのも時には大事だ。
しかし、ギャリックの予想通り、帝都上空まで着いた彼らに砲門が向けられてしまった。帝都リスタへドラゴンが来るなど前代未聞だ。
町だけなく、城の中も大騒ぎだ。城に勤める騎士たちはパニックになりながらもドラゴンを撃ち落とそうとする。中には野獣との戦闘が未経験の騎士もいる。怯えて逃げ出す者もいた。
砲弾が飛んできてもザイゲルは微塵も動じなかった。防御魔法を展開し、砲撃を防ぐ。ザイゲルにしてみればこの程度の攻撃などないに等しい。
砲撃も空しく、ドラゴンは悠々と城の前庭に着地した。それでも砲撃は止まない。
どうしたものかとザイゲルが思案していると、自分の前に防御魔法が張られるのを感じた。
「はいはーい。皆さん、落ち着いて」
砲門とザイゲルたちの間にふわりと舞い降りたのは、第五師団長クラウス・ファーレンハイトであった。
つづく




