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第15話 大体のことは力技でなんとかなる

エクセルでチラシ作る時はほぼ力技


 泣きじゃくる女性陣をルクシアがなだめる。緊張がほぐれたせいでなかなか涙は止まらない。


 その一方で、遺体に真っ先に気付いたのはラルフだった。馬を降り、遺体の状態を確認する。ラルフの行動で遺体に気付いた面々は馬を降りて近づいた。


「さっきと同じだな。酷ェもんだ」


 ラルフは近づいてきた仲間たちに告げた。皆、一様に顔をしかめている。女性陣もそれに気づいたのか、遺体の状態を見て息を飲む。


「さっき、というと他にもご遺体が?」


 ルクシアが尋ねるとエミリアが頷いた。


「はい、民間人らしき男の人が野獣にやられていました」

「少なくとも二人が犠牲になったということですね」


 ルクシアは悲しげな顔で呟いた。保護した二人にはあれ以上話を聞くことは出来なかったので、何人乗せられていたのか定かではない。


「中隊長、どうして民間人がこんなところにいたんでしょう?」


 エミリアの質問に、ルクシアは盛大なため息をついた。


「ハーゲン大隊の者が、高額報酬を謳って民間人を集め、野獣の囮にしていたようです」


 一斉に驚きの声が上がった。


「民間人を囮って、いったい何人使ったんだよ」

「信じられない……」


 皆、考えられない、と戸惑いを隠せないでいた。それも仕方ない。誰もこんなことを思いつく、いや、思いついても実行する者がいるとは思い難い。


 デミスは黙ってオルディアーノ中隊を眺めていた。女性陣の様子からしても、ルクシアが慕われていたことがわかる。服もそこまで汚れておらず、元気なところを見ると、ハーゲン大隊よりも遠征に慣れていることが伺えた。疲弊の仕方が違う。


 ふと、オルディアーノ中隊の一人がデミスに気が付いた。


「え、え!? ミノタウロス!?」


 その驚きの声に一同は一斉にデミスを注目する。

 怯えられてしまうだろうか、と身構えたデミスの予想は杞憂に終わった。


「すっげぇー! 本物だ!」

「でけー!」

「初めて会った! 弟に自慢してやろ!」


 男性陣はキャッキャッと巨体なデミスに興奮する。対する女性陣はスンッと表情を失う。


 怯えられるとばかり思っていたデミスは助けを求めるようにルクシアを見た。ルクシアはハッとして止めにかかる。


「ちょっと皆さん! 初対面の方に失礼でしょう!」


 初対面からグイグイ行く男性陣にルクシアの叱責が飛ぶ。続いてゴンゴンとラルフが拳骨を食らわせた。痛かったのか、叩かれた者は頭を押さえたりうずくまったりしている。


「悪いな。うちの若いのが失礼した」


 ラルフは拳を握ったまま、デミスに詫びる。

 気にしていない、と言うようにデミスは首を横に振った。ただ、殴らなくても良かったのに、とは思った。


「なんだか、このままお屋敷に連れて行くのが不安になってきましたわ」


 ルクシアが困った顔をする。

 フィオルナンドの屋敷には魔獣族がたくさんいる。メラルの町にはほとんど魔獣族が訪れなかったので、ルクシア以外の者は魔獣族を見たことがない。物珍しさにはしゃがれても困る。


 小柄で見た目が可愛らしいコボルト辺りが餌食になりそうだ。実際に屋敷にいる彼らは穏やかで気が優しい。

 モナの可愛らしい顔立ちと美しい翅に魅了される者もいるかもしれない。


 そこまで節操なしだとは思いたくないが、一抹の不安が残る。


「大丈夫じゃないか?」


 と、言って男性陣を睨んだのはラルフだ。厳しい視線を向けられ、彼らはピシッと背筋を正す。


「お屋敷って、どこのお屋敷なんですか?」


 ひとりの女性隊員が首をかしげる。


「エルフの国の貴族で、フォスター家のお屋敷に保護されていたんです。こちらのミノタウロスのデミスはそこで用心棒をしておられます」


 ルクシアはついでにデミスの紹介もする。


 ふと、一同の間を大きな影が横切った。

 ルクシアとデミスはデューイだろうかと顔を上げる。しかし、シルエットがグリフォンとは全く異なる。味方ではない。野獣だ。


 そう思った瞬間、黒い影はこちらに急降下してきた。


「げっ! 野獣だ!」


 誰かが声を上げた。


「これだけ人間がうろちょろしてたらちょうどいい餌だろうな」


 ギャリックも迫る影を見上げながら呟いた。この広大なサバンナでは人間など餌に過ぎない。


「ちょうどいい。お肉にしちゃいましょう」


 ポンッとルクシアは手を叩いた。餌がどっちなのかわからない。相変わらず野獣≒食材の思考である。ルクシアは腰に差していた柄だけの剣を取り出す。

 見たことのない形状にギャリックは首をかしげる。


「柄しかねーんだけど」

「見ててください。シリウス、足止めを」


 ルクシアはシリウスに指示を出した。シリウスは降下してくる野獣の影に両前足を突き立てた。


 闇魔法「影縫い」


 野獣の羽ばたきがピタリと止まる。浮力を失った巨体は自由落下へと変わった。

 ルクシアは魔力を流し込み、刃を形成する。それ大きく背中まで振りかぶった。


「いっけぇぇぇ!」


 ブンッと音がする速さで剣を振る。と、同時に淡い緑の刃がぐんと伸びた。上空まで伸びた刃は野獣の首へ叩きこまれる。スパッと首と胴が両断された。


「あ、斬れた」と、エミリアが声を上げた。


 首と胴が分かれたまま落下する。


 まだ落下する。


 だんだん大きくなってきた。


 危ないと思ったシリウスはサッとルクシアの影に避難する。


「ちょ、でかいでかい!」

「逃げろ!」


 その声に落下地点と思わしき場所から各々離れる。


 ドスンッと盛大な音を立てて首と胴が落下した。地震かと思うほどの揺れが発生する。切り口から飛び散った血が降り注いだ。


 血の雨が降った後には沈黙が下りる。


 羽をバタつかせて暴れる野獣の胴体だったが、数秒後、脱力して静かになった。


 一同の間を風が駆け抜ける。


「……上空で斬るとこうなりますのね。勉強になりましたわ」


 ルクシアが小さく笑った。薄茶色の髪の毛から血が滴る。


「悦に入ってんじゃねーよ。どうすんだコレ」


 ギャリックは自身も含め血まみれの服を指した。彼の金髪からも血が滴っている。


「うえ、血生臭い」

「ベトベト……」


 大量の血を見ただけでは動じないが、さすがに浴びたとなると話が違ってくる。服は生臭く、手はべたべたになった。

 その中でも一人だけ綺麗な者がいた。


「ちょっと! なんでラルフだけ綺麗なの!」


 エミリアが声を上げた。全員の目がラルフに向けられる。彼の白いシャツは白いままだ。彼の足元にいたシンディも無事だ。


「ただ防御魔法使っただけだ」


 当然のようにラルフが言う。


「ずるい!」

「こっちにも掛けてよ!」


 あちこちから抗議の声が上がった。ラルフが後方支援型なのは知っている。ちょっとは援護くらいしてくれてもいいんじゃないか。文句が上がるのも無理はない。


「自分の身くらい手前ェで守れ」


 もっともな言葉を返された。全員、野獣と最前線で戦う騎士。そのくらいはしろと圧がかかる。

 それ以上言い返すことができず、エミリアたちは黙り込んだ。


「クソ! なんでこの世界に"クリーン"とかの魔法がねーんだ」


 ギャリックが忌々しげに呟く。


「そういう世界設定だからです。"服を綺麗にする魔法"なんて都合のいいものありません。"クリーン"は箒が出てくるだけですわ」

「どこの世界の"クリーン"だよ」

「ピンクの悪魔が存在する世界です」


 と、いうわけで血まみれの服は洗うしか選択肢がない。


「もう~! こうなったらお風呂にしよ! お風呂!」


 エミリアがやけくそ気味に提案した。身体も服も洗えて一石二鳥である。

 しかし、ここはサバンナのど真ん中。どうやって風呂に入るのかとデミスは首を傾げた。


 オルディアーノ中隊は詰んできた荷物からテキパキとテントを取り出し、二組立てていく。四方だけを布で囲ったシンプルな天幕だ。

 その中に土魔法で綺麗な長方形の湯舟を作り、水魔法でお湯を注ぐ。すのこも敷けば簡易的なお風呂の完成だ。


 手際の良さとその発想にデミスは驚いた顔をした。


「旦那も入ろうぜ。ちと狭いかもしんねーけど」


 ギャリックがデミスに声をかける。


「本当に人間は器用だな。まさか魔法で風呂を作ってしまうとは。ありがたく使わせてもらおう」


 デミスももちろん血まみれだ。誘いを断ることなく天幕の中へ入っていく。

 エミリアがビシッとラルフを指さした。


「ラルフは服の乾燥係ね!」

「なんで俺が――」

「わたくしがやりましょうか?」

「いい、俺がやる」


 渋ったラルフだったが、ルクシアの一言で即座に引き受けた。ルクシアが服の乾燥なんて複雑な魔法を使ったら、服が消し炭になってしまう。


 最初に服を洗い、ラルフに渡して身体を洗い流す。女性陣は人数が少なかったので皆でお風呂に入れたが、男性陣は交代で湯舟に浸かった。

 その間、ラルフは結界魔法と風の魔法、火の魔法などを駆使して乾燥機を作る。皆の服が結界の中でぐるんぐるん回った。


「しかし、ハーピーイーグルを一撃で倒すとは。とんでもない人間がいたものだ」


 デミスが身体を洗い流しながら言った。湯舟に浸かりながらギャリックが尋ねる。


「さっきの鳥か? デカかったけど、やっぱ強ぇの?」

「強いぞ。あの大きさでスピードもある。地上から魔法を撃ってもなかなか当たらん」


 デミスの解説に中隊の面々は考えた。きっとルクシアお得意のバズーカ砲も避けられていただろう。となると、やはり直接攻撃で叩いたほうが確実だ。上空にいる相手に刃が届けばの話だが。


「中隊長、割と物理で解決するから……」


 今までのルクシアの所業を思い出す。魔法で止めをさしたことなど一度もない。魔力量にものを言わせた力技で片づける。


「そのようだな」


 デミスは苦笑いで答えた。彼も思うところはあるらしい。


「おい。乾いたぞ」


 ぶっきらぼうな声が天幕の外から聞こえてきた。続いてポイポイと服が放り込まれる。湯舟の外にいた者は慌ててそれを受け取った。ひとまず、籠の中に皆の服を入れる。


 それぞれが着替えて天幕を片づけると、残ったのはハーピーイーグルの亡骸だけだった。

 どう見ても、でかい。斬られた首から尻尾までラルフ(180㎝オーバー)三人分はある。


「とにかく、屋敷に運ぶか。皆でやれば下処理も早く終わるだろう」


 デミスはそう言って、首のないハーピーイーグルの下に潜り込んだ。すると、その巨体がゆっくりと持ち上がる。

 人間離れした力に中隊から歓声が上がった。中隊からも何人か潜り込んで支えるのを手伝った。


 掛け声をかけながら屋敷へと戻る。


 その前に、とルクシアは切り離した頭についていた飾り羽を一枚むしり取った。戦利品にするつもりのようだ。一メートルはありそうな飾り羽だ。色は地味だが飾っておく分にはちょうどいい。


 屋敷にたどり着くと、出迎えたアルバートが首のない鳥に腰を抜かした。

 血まみれの一同が帰ってきたら卒倒していたかもしれない。やはり血を洗い流してきて正解だったようだ。


 屋敷の料理人が出てきて、その大きさに開いた口が塞がらない。


「みんなー、手伝ってー!」


 料理人が声をかけると、屋敷の者たちがぞろぞろ集まってきた。羽をむしるよう指示を受け、皆でハーピーイーグルの羽をむしる。



 むしりむしりむしりむしり――。


 むしりむしりむしりむしり――。



 無言のまま作業は続く。



 むしりむしりむしりむしり――。


 むしりむしりむしりむし――。



 作業が終わってパタリと倒れこむ者が続出した。コボルトたちは仰向けに倒れてピクリともしない。


「手、痛い……」

「大きい獲物も考え物ね」


 中隊の面々もヘトヘトだ。

 料理人は「あとは任せて!」と自慢の包丁を手にハーピーイーグルを捌き始めた。


「あ! 師団長に連絡しなきゃ!」


 エミリアがガバッと起き上がった。他の者も「あ」と声を上げた。

 再会した途端、ハーピーイーグルに襲われたため、すっかり忘れていた。


 エミリアは荷物から連絡用タブレット型端末を取り出し、クラウスへ繋げる。


「師団長、出るかな?」

「今は無理でも後から連絡してくれますわ」


 忙しいだろうなと思うエミリアに、ルクシアが答えた。クラウスはすぐに出なくても必ず後で連絡をくれる。

 ちょっと待っていると、画面が明るくなった。クラウスの顔が映っている。


「お待たせ~。調子どお?」


 ひらひらと手を振りながらクラウスが声をかける。相変わらずノリが軽い。


「師団長! 中隊長と合流しました」

「クラウスお兄様、ご心配おかけしました」


 エミリアとルクシアが並んで映るのを見て、クラウスはホッとした顔になった。


「良かった。元気そうで安心したよ。今、どこ?」

「エルフの国のフォスター伯爵家で保護していただいています」


 ルクシアの答えにクラウスは驚いた顔になる。


「ホントに? 今度お礼にいかなきゃ」


 ルクシアは再会の会話もそこそこに、ハーゲン大隊の所業をクラウスに報告した。それを聞いたクラウスはさすがに頭を抱えている。


「ちょっとちょっと、下手すりゃ国際問題だよ。何てことしてくれてんのさ」


 勝手に他所のお家に入ってはいけません。子供でも親から教えられて理解していることだ。


「その件で、明日ザイゲルという執事が帝都へ向かいますので、陛下へ取り次いでくださいませんか?」

「マジかー。わかった。そっちは僕が何とかする」


 ルクシアが頼むと、クラウスはうなだれながらも了解の意を伝える。


「メラルの町は、その後どうです?」


 不安そうにルクシアが尋ねた。不安要素がありすぎる。


「案の定、何度も野獣を侵入させてるみたいだよ。でも町の人に被害は出てないって。マクシムが町に残ってくれてるから、ちょっとは安心できるでしょ?」


 クラウスの答えにルクシアは案の定だとため息をつく。実戦経験がない彼らにメラルの町を守れるわけがない。 

 マクシムが居てくれるのは唯一の救いか。


「ですが、それではマクシムの負担が……」

「そのマクシムから伝言」


 ルクシアの言葉を遮るようにクラウスが言った。ルクシアは次の言葉を待つ。クラウスは小さく笑った。


「マクシムから『趣味に没頭できる時間ができて楽しいから心配いらない』だってさ。ルクシアは自分の負担を心配するだろうからって、伝言預かってたよ」


 それを聞いたルクシアの表情が柔らかくなった。やはり、自分の部下は逞しい。


「みんなー、今日はハーピーイーグルの焼き鳥パーティだよー!」


 遠くから料理人の声が聞こえてきた。エミリアは「焼き鳥!?」と振り返る。


「え、なに? 焼き鳥パーティ? いいな、僕も参加し――」


 クラウスが全部を言い切る前にルクシアは通信を切った。


「……いいんですか? 切っちゃって」

「要件は済みました。いつも振り回されてるお返しです」


 エミリアの問いに、ルクシアはフンと鼻を鳴らして答えた。それにクラウスなら本当に来かねない。

 ご飯にしましょうとエミリアを促して、二人は食事の席へ足を運んだ。



 通信を切られたクラウスが「焼き鳥!」と叫んでいたことは、彼の部下しか知らない。



 つづく

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