第14話 やっちゃいけないことは確認しとけ
後からすごく怒られる
ルクシアの強張る顔を見たフィオルナンドは少しだけ考える素振りを見せる。
「ルクシア、ここに隠れていて。デミスは付き合ってもらってもいいかな」
デミスは頷いて剣を鞘に戻す。ルクシアは不安そうにしながらシンディとシリウスの隣に腰を下ろした。こうしていれば、正門からは見えない。シンディはピトッとルクシアにくっついた。
「大丈夫。敷地の中には入れないよ」
フィオルナンドは微笑んだ。デミスを連れ立って正門を目指す。トコトコとコボルトも続いた。フィオルナンドも背は高いが、デミスはそれ以上ある。並んでみると、やはりミノタウロスのデミスは大きかった。
正門では入れろ入れないのやり取りが繰り広げられていた。ハーゲン大隊の者は剣まで抜いている。全員で五人だ。長旅だったようで、羽織っているマントも薄汚れていた。
「だから入れろと言っている! 俺たちはハーゲン大隊の騎士だぞ!」
喚きながら剣を振り上げる。
「それは我々に対する敵対行為と思っていいのかな?」
静かな怒りを湛えた声でフィオルナンドが言った。主が来た、と対応していたコボルトはホッとする。
ハーゲン大隊はフィオルナンドをつま先から頭の先までジロジロと見やる。失礼極まりない視線にフィオルナンドは顔をしかめた。
「帝国とは不可侵条約を交わしていたはずだが、君たちがそれを破るならそれ相応の対処はさせてもらう」
今度は不機嫌を露わにした口調だった。隣ではデミスがムスッとした顔で佇んでいる。小さいコボルトではなく、大きな相手が来て怯んだようだ。ハーゲン大隊は狼狽える。
それでも引くことはプライドが許さなかった。
「うるさい! いいから入れろ。俺たちは疲れているんだ!」
つまり、疲れているから屋敷に入れて休ませろと言いたいのか。
身勝手な要求にフィオルナンドは呆れた顔をする。ルクシアから話は聞いていたが、何とも横柄な態度だ。ここを帝国と同じように思っているのだろうか。フィオルナンドにその要求を呑む義務はない。
「断る。屋敷の者に手を上げるかもしれない人間を入れるわけにはいかない」
「貴様……何様のつもりだ!」
ハーゲン大隊が食ってかっかるが、フィオルナンドは青い瞳をスッと細めた。
「君たちこそ、ここをどこだと思っているんだ? ここは人間の国じゃない」
フィオルナンドの迫力に押され、ハーゲン大隊は後ずさる。
「あ、後でどうなっても知らないからな!」
よくある捨て台詞を置いてハーゲン大隊は去っていった。
コボルトたちは安堵の息をつき、フィオルナンドとデミスは呆れのため息をつく。
「ルクシアが苦労するのがわかりますね」
「ああ。話していて疲れる」
遠くからその様子を見ていたルクシアたちはふぅと息をついた。気づくはずもないのだが、ちょっとしたかくれんぼだった。
シンディいはこそっとルクシアに声をかける。
《御主人を探しに来たのかな?》
「恐らくそうでしょう。まあ、ここまで来れたことは褒めてあげますわ」
ルクシアは頷いた。バルドは彼女の死を確認させるために直轄の部下を送り出したのだろう。実戦経験のない彼らが荒野を横断してきた根性だけは認められる。
だが、彼らがどうやって多くの野獣が生息する地域を抜けて来たのか。今のルクシアがそれを知る術はない。
事が起こったのはその夜だった。
月明かりが雲にかげる夜。屋敷の塀の外をうろつく人影があった。
ハーゲン大隊の五人だ。どこか入れる場所はないか探しているようだ。結局良い場所が見つからず、適当な場所で肩車をして侵入を試みる。
背丈を超える塀を折り重なるように足場を組んで一人がようやく潜り込んだ。他の者が登れるように塀の上からロープを垂らす。最初に登った者は敷地内に降りてロープの端を植木に固定した。
「おい、いいぞ!」
潜めた声で合図を送る。壁の向こうから次々と仲間が登ってきた。
全員が敷地内に入ったところで、月が雲の陰から現れた。広い庭が月明かりに照らされる。
そこに浮かび上がったのは一人の影。
「夜分に何の御用でしょうか?」
声の主はザイゲルだ。深い紫色の瞳が侵入者たちを捉える。侵入者たちはビクッと身を震わせた。
「他国の貴族の屋敷に無断で侵入するとは、礼儀がなっていないにも程がありますよ」
ザイゲルの声は冷たかった。次の瞬間、彼の影が伸びた。影は地面から浮き上がり、侵入者たちを締め上げる。突然の恐怖に顔が歪んだ。
悲鳴が上がるが構いはしない。そのままズルズルと影の中へ引きずり込んでいく。侵入者たちは拘束から逃れようともがくが、何の意味もない。
沈んでいく彼らを、ザイゲルは冷ややかな眼差しで見下ろした。
その様子を窓から窺っていたルクシアは息をついた。
「わたくしたちの出番はなかったようですね」
《ザイゲルも闇魔法の使い手のようだな。魔力量はあちらが上か。敵に回したくない》
シリウスは窓枠にかけていた前足を下ろしながら言った。彼の言う通り、ルクシアも魔法と使った瞬間にザイゲルの魔力量が跳ね上がるのを感じた。
やはり「ちょっと強い老執事」ではなかったらしい。
何も感じなかったシンディはノーコメントである。
「さて、わたくしたちは休ませてもらいましょう。あとは明日です」
ルクシアはそう言って伸びをしながらベッドへ向かった。
翌朝、朝食を済ませると、再びコボルトたちが騒ぎ始めた。侵入者たちの処遇を話し合っていたフィオルナンドとルクシアの元に一頭のコボルトが駆けてくる。
「フィオルナンド様、外の森に人間が二人いるんですが……どうしましょう?」
困った顔でフィオルナンドを見上げた。仲間がいたのか?とフィオルナンドは訝しむ。
「昨日の奴らと同じ服装かい?」
「いいえ。昨日の奴らみたいに怒鳴ったりしなくて、むしろ僕らをすごく怖がっているんです」
困っている原因が昨日とは真逆だった。
フィオルナンドとルクシアは顔を見合わせる。少なくともハーゲン大隊の人間ではなさそうだ。
コボルトに案内され、その人間たちがいる場所へ向かう。
そこには荷馬車に乗せられた民間人らしき男性が二人いた。コボルトが戻ってきたと怯えていたが、ルクシアの顔を見て気の抜けた顔になった。
「お二人ともどうしてここへ?」
ルクシアが尋ねると、一人がガタガタと震えながら答えた。
「……お、俺たちは、いい仕事があるって、報酬もいいから、は、話に乗ったら、この荷台に乗せられて、国の外に連れ出されて、や、や、野獣が出たら、一人ずつ荷台から、ほ、放り、投げ、られ――」
歯がガチガチと音を立て、話すのもままならなくなっていく。
ハーゲン大隊は民間人を高額報酬で釣って野獣の囮として連れて来たようだ。彼らが無傷でここにたどり着けた理由がわかった。
「信じられませんわ……」
あまりにも非人道的な行為にルクシアは頭を抱えた。
国民を守るべき立場の騎士が国民を犠牲にして身の安全を確保しようとは。
フィオルナンドは二人を屋敷へ連れて行った。飲まず食わずだったようでだいぶ衰弱している。それを放っておけるほど無慈悲ではなかった。
コボルトたちに支えられながら屋敷へ向かう。コボルトたちは「もう大丈夫だよ」「頑張って」と声をかけながら二人を支えた。
屋敷にいるコボルトたちは気が優しい。
二人は彼らが同じ言葉を話すことに気づいてからは野獣ではなく魔獣族なのだと認識を改めた。途中、よろめきながらもなんとか屋敷の庭に到着する。
二人は水を差し出されると勢いよく飲んだ。
「彼らは証人として連れて行きましょう」
水を持ってきたザイゲルがフィオルナンドにそう進言した。フィオルナンドもそうしようと思っていたのか、黙って頷く。
「こんなのが騎士団にいたかと思うと、頭が痛いですわ」
ルクシアは大きなため息をついた。
他国の貴族の屋敷に無断で侵入し、民間人を囮にする。
騎士としてあるまじき蛮行である。
ルクシアですら嫌悪と怒りが収まらないのだ。騎士道を大切にする母が聞いたら激怒することは間違いない。
フィオルナンドはルクシアを見下ろした。
「帝国に抗議文を送るよ。僕の屋敷への侵入と民間人を危険にさらしたことの二点でね」
「あら、わたくしのことも書いて良いのですけど」
ルクシアは茶目っ気を含んだ声色で答える。フィオルナンドは肩を落とした。
「そんなことしたら面倒ごとに巻き込まれるでしょ。ヤダよ、そんなの」
彼としても、他所の国の面倒ごとには巻き込まれたくないらしい。それはそうだ。
ルクシアは「あらあら」と微笑んだ。
「彼らは明日、私が帝都へ連れていきます。ルクシア嬢も一緒に来ますか?」
ザイゲルが尋ねた。ルクシアは少し考え、首を横に振る。
「いえ、シリウスもいますし、もう少し事態を見守ってから帰りますわ。お二方をよろしくお願いします」
「かしこまりました」
ザイゲルが丁寧にお辞儀をする。
フィオルナンドは文書をしたためるといって執務室へ向かった。
残されたルクシアはコボルトと会話をしている民間人に目を向けた。
二人とも武装はなく、袖から覗く腕も鍛えているそれとは違う。本当にごく普通の一般人のようだ。
商人でもない限り、国外へ行こうという発想がまず出ない。旅行も国内が基本だ。貴族ですら別の国へ旅行に行こうとは思わない。
それなのにいきなり国外へ連れ出されて、さぞ恐ろしかっただろう。
すると、コボルトたちは親切心からかこれも食べて、あれも食べて、と食べ物を勧めてきた。勧められた二人は困った顔をする。
「皆さん、人間の胃袋はそんなに丈夫ではないのです。ましてこの方たちは何日もまともな食事をしていません。いきなりそんなに食べたらお腹がびっくりして痛めてしまいますわ」
ルクシアが慌てて声をかけると、コボルトたちはハッとして謝った。
「ごめんなさい。人間のこと、よく知らなくて……」
「いや、心配してくれてありがとう」
しょんぼりとしたコボルトたちに眼鏡をかけた男性が微笑みかけた。笑みを浮かべる余裕が少し出てきたようだ。
ルクシアが目覚めた日からもぐもぐご飯を食べていたのでコボルトたちが勘違いするのは無理もない。が、本人を含めそれに気づく者はいなかった。
「お二方、こちらの執事のザイゲル様が帝都へ送り届けてくださるそうです。信用できる方ですので、ご安心ください」
ルクシアが二人に言うと、二人はザイゲルに頭を下げた。ザイゲルもスッと会釈をする。
騒ぎを遠巻きに見ていたデミスが歩いてきた。
「ルクシア、今日はどうする?」
稽古をするかと尋ねるデミスにルクシアは首を横に振る。
「犠牲になった方の確認をしたいので、敷地の外に出ようかと」
「なら、俺も行こう」
デミスから心強い申し出があった。ルクシアは嬉しそうに頷く。
早速、フィオルナンドに許可をもらい屋敷の外に出る。
屋敷の前は草地だったが、離れるほど草が少なくなり、ある地点からサバンナのような地形が広がっていた。
ルクシアはこんなところに自分が転がっていたのかと思うとゾッとした。本当に見つけてくれたデューイや守ってくれていたであろうシンディとシリウスに感謝だ。
周囲には野獣の気配がちらほら感じられる。警戒を怠らず、歩みを進める。
今日はシンディは地面を歩き、シリウスも影から出て歩いている。こうしたほうが周囲を警戒できる。
しばらく進むと、鳥の野獣が群がっている場所があった。そこにある何かをついばんでいる。二人の接近に気が付くと一斉に飛び立った。
鳥がつついていた何かに近づく。生臭い匂いが漂ってきた。
そこにあったのは人間の遺体だった。ルクシアは息を飲む。遺体は恐怖で顔が引きつったまま絶命していた。
野獣たちについばまれたようで胸から下がなく、足先が残っている状態だった。眼球は片方が抉られ、肩や顔も噛まれた形跡がある。顔がわかるだけ、まだましかもしれない。
「なんてことを……」
ルクシアは言葉を失った。
この惨状を、彼らは理解していたのだろうか。
野獣に人間が襲われるとはどういうことなのか。野獣に牙をむかれることがどれほどの恐怖なのか。
ふと、シリウスの耳がピクリと動いた。
《何か来る》
低くうなり声を上げ、南の方を警戒する。シリウスの様子に反応し、ルクシアとデミスは剣の柄に手を伸ばした。
小さく見えていた影がどんどん近づいてくる。馬に乗った騎兵だ。
どこの隊か。
ハーゲン大隊ならばこのまま戦闘もありうる。
「中隊長ぉぉぉぉ!!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ハーゲン大隊ではない。自分の隊だった。
馬から飛び降りてルクシアに飛び込んだのはエミリアだ。それに続けとばかりに、女性隊員たちが次々に抱き着いて団子状態になってしまった。
ルクシアはグッと踏ん張って持ちこたえる。ここで倒れるわけにはいかない。中隊長として。
「良かった、良かったぁぁ!」
「中隊長ぉ~」
「うわぁぁんっ!」
ルクシアは泣きじゃくる部下たちの頭を優しく撫でた。男性陣もホッとした様子でそれを眺める。デミスも頬を緩めた。
広いサバンナで、オルディアーノ中隊はようやく再会を果たしたのだった。
つづく




