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第13話 出来ないことは出来ないって言っていいと思うの

言っておかないとどんどん仕事増やされる


 ルクシアを日差しから遮る大きな何かは黄色の鋭い双眸で彼女を見下ろしていた。大きな羽ばたきを一つして、ズンッと庭に着地する。


 瞳と同じく黄色の鋭い嘴。ギラリと光を放つ爪がある四つ足。背中の大きな翼。グリフォンだ。


 初めて見るグリフォンにルクシアは目を輝かせる。


《デューイさん!》


 シンディが声を上げた。このグリフォンがデューイらしい。


 なるほど、確かにデューイ"さん"だ。縦も大きいが横も大きい。顔もふくよかだ。謎の貫禄がある。


「ルクシア嬢、こちらがデューイです」


 ザイゲルに紹介され、ルクシアはハッとする。初めてのグリフォンに浮かれている場合ではない。


「この度は助けていただき、ありがとう存じます」


 ルクシアの丁寧な挨拶にデューイは首を横に振った。


《僕は人間じゃないから丁寧な言葉なんて要らないよ。それより、もう出歩いていいの?》


 シンディがデューイの言葉をルクシアに通訳する。それを聞いたルクシアは小さく苦笑いをした。言うことがフィオルナンドと同じだ。


《御主人は今リハビリ中なの》

《良かった。そこまで元気になったんだね》


 シンディが答えるとデューイはホッとした様子で答えた。

 と、そこへもう一つ大きな影が飛んできた。


《ちょっとあなた! まだ三周残ってるわよ!》


 飛んできたのはもう一頭のグリフォンだ。デューイより二回りは小柄で、瞳は赤い。

 デューイはギクッと身体を硬直させ、恐る恐る小柄なグリフォンを振り返る。


《い、いや、ちょっと休憩を……》

《何ぬるいこと言ってるの!》


 小柄なグリフォンは嘴でツンツンとデューイをつつく。なかなかの鋭い突き。痛そうだ。


《じゃ、じゃあまた後で!》


 デューイは言うなり空へ羽ばたいた。小柄なグリフォンも後を追う。

 二人のやり取りをシンディが再び通訳した。


「ザイゲル様、あの小柄な方は?」

「デューイの番のアルトです。旦那様が所有されている山に住んでいます。デューイはあの通り体重過多なので、領地を一日五周するよう旦那様に言われているのです」


 ルクシアが尋ねると、ザイゲルが苦笑いを浮かべて答えた。確かにデューイはアルトと比べるとかなりぽっちゃり体型だ。


 領地を五周とは、いくらグリフォンでも大変ではなかろうか。いや、それくらいしないとグリフォンは痩せないのか。と、ルクシアが思考を巡らせる。


 従魔のダイエットなど考えたこともなかった。


「デューイはなぜあの体型になったのです?」


 ルクシアが純粋な疑問を口にした。食べねば太ることもできない。


「ドーナツが好物でして、食べていたらあのように。アルトは本来グリフォンが食べるものではないからと怒っているのですが、やめられないようです」


 ザイゲルの答えに、ルクシアは納得した。ふと、自分の従魔たちを思い起こす。本来の食べ物ではないはずの人間の食べ物をいっぱい食べている。

 それでも二人に体調不良はないし、肥満体型になった様子もない。

 デューイとは食べる量が違うのか、それとも体質が異なるのか、はたまた消費カロリーが多いのか。


 じぃーとルクシアが二人を見つめる。彼女が何を言おうとしているのか。従魔たちにはわかったようだ。


《私たちは平気なの》

《ちゃんと動いているからな》


 どうやら消費カロリーの問題らしい。


「ザイゲル様~」


 モナがパタパタと翅を忙しなく動かしながら飛んできた。あれこれと身振り手振りを交えて何かを訴えている。ザイゲルはふむと頷く。


「ルクシア嬢、私は外しますが、ごゆっくり散策なさってください」

「わかりました。ここまでありがとうございました」


 ルクシアが頷くと、ザイゲルとモナは急いで屋敷へと戻っていった。


 庭をふらふら歩き、木陰に設置された木のベンチに座る。ふわりと吹く風が気持ちいい。シンディとシリウスも木陰で一息つく。


「お前が例の人間か?」


 野太い声がかけられた。


 声がした方を振り向くと、マクシムを超える巨躯が現れた。

 頭に乗ったバイソンを思わせる角、頭から首筋にかけて伸びる黒い毛並み、濃いグレーの肌、シャツの上からでもわかる筋骨隆々の身体。ミノタウロス族だ。


「例の、かはわかりませんが、人間ですわ」


 ルクシアは臆することなく答えた。するとミノタウロス族は少し驚いたような表情になった。


「ほう、俺を見ても悲鳴を上げない人間がいるとは」

「ミノタウロスに会うのは初めてでありませんから」


 ルクシアはニコッと笑った。


 ルクシアが幼少期を過ごした町は国境沿いにあり、比較的魔獣族の国とも距離が近かった。故に、様々な魔獣族の商人がやってきて魔獣族独自の品物などを見ていた。

 その中にミノタウロスもいた。今、目の前にいる彼のような筋骨隆々の戦士とは違う細身のミノタウロスだったが。


「わたくしは帝国騎士団第五師団の中隊長、ルクシア・オルディアーノですわ」

「俺はミノタウロスのデミスだ。ここの用心棒をしている」


 ルクシアが名乗ると、デミスも答えてくれた。人間を毛嫌いして近づいてきたわけではなさそうだ。


 腕や顔に傷があり、歴戦の戦士であることが伺える。


 ルクシアは空いている自分の隣をポンポンと叩いて座るのを促した。デミスは小さく笑って腰掛ける。隣に来るとその大きさがよくわかった。ルクシアの目線はデミスの肘辺りだ。


「デミス様はどうしてここの用心棒を? 魔獣国からはだいぶ離れていますわよね、ここ」


 魔獣族の国は大陸の南側に位置している。対してこの場所は大陸の北の方だ。


 ルクシアが尋ねると、デミスはハハッと笑い声を上げた。


「様はやめてくれ、むず痒い」


 それからデミスはため息をついた。右手が顔の傷に伸びる。


「族内の権力闘争に巻き込まれてな。死にかけていたところを旦那様に拾われた。国に帰る気にもなれず、ここの用心棒として置かせてもらっている」


 デミスの話を聞いたルクシアもため息をついた。


「どこも同じですわね」

「ああ、どこも同じだよ」


 二人は顔を見合わせ、もう一度ため息をついた。


「お前さんも似たようなもんなのか?」


 今度はデミスが尋ねた。


「ええ。上官の嫌がらせで死んだことにされていますわ」


 ルクシアの答えに、デミスは「おいおい」と顔を引きつらせる。


「人間も穏やかじゃねえな」

「人間のほうが醜い争いをしていると思いますわよ」


 呆れ気味にルクシアが答えた。


「身体の調子がもう少し戻ったら手合わせお願いします。用心棒なんですもの、腕は立つのでしょう?」


 挑戦的な顔でルクシアがデミスを見上げる。デミスは面白そうにフンと笑った。


「ああ、いいぞ。望むところだ」

「ありがとうございます。早く回復してあの上官クズをぶん殴ってさしあげねば」


 やり返す気満々のルクシアにデミスは笑い声を上げた。


「いいな。そういうの嫌いじゃないぜ」


 こうしてルクシアは回復後の稽古相手を確保した。ザイゲルに頼んでもいいが、気を抜くと命を取られかねない気がする。



 翌々日には稽古の許可が下りた。回復の速いルクシアにフィオルナンドも驚いていた。

 ルクシアは早速デミスと稽古を始めた。


 デミスは背丈に見合った大剣を、ルクシアは武具創造で作り出したいつもの剣。


 ルクシアが打ち込む剣をデミスが受け止める。カンカンッと金属がぶつかる音が庭に響く。

 真剣同士の打ち合いに庭師のアルバートは花壇の陰でハラハラしていた。シンディとシリウスは木陰で見物している。念のため、フィオルナンドも同席していた。

 本人たちとしては本気で打ち込んでいるのではないので準備運動のような感じだ。


「それじゃ、今度はこっちから行くぞ」


 デミスは声をかけて、大剣を勢いよく振り上げた。ルクシアはひらりとそれを避ける。ブンッと風が飛んで髪の毛があおられた。

 受け止めるのは危ないと判断し、ルクシアはデミスの剣を受け流すように弾く。何度か切り結ぶと、デミスは間合いを空けて止まった。


「いつもはどんな感じで戦ってるんだ?」

「そうですわね。こんな感じで剣に魔力を纏わせて野獣退治をしていますわ」


 ルクシアはそう言って、剣に魔力を纏わせる。それを見ていたフィオルナンドは怪訝そうにそれを見ていた。


「それ、魔力の消費が激しくない?」


 声をかけられたルクシアはフィオルナンドを振り返る。


「ええ、なので斬る瞬間にしか使っていません」

「キミの場合、魔力を剣にしてしまったほうがいいかもしれないよ」


 フィオルナンドのアドバイスにルクシアは首を傾げた。魔力の剣を作るということだろうか。でもどうやってするのだろう。


「えーと、例えば柄だけを魔法で生成して、刃の部分を魔力で作るって感じかな」


 フィオルナンドも表現を考えながら答えた。ルクシアはふむふむと考え込み、一度手にしていた剣を光の塵へと霧散させる。それからフィオルナンドのアドバイス通り、柄だけを武具創造で造り出す。


「ここから、魔力だけで刃を作る……と」


 ルクシアは集中して柄に魔力を流し込んだ。シュッと柄から魔力の刃が伸びる。刃というより棒の延長のようにも見えた。淡く緑色に輝くそれはまるで――。


「ビー○サーベル!?」

《やめろ、作者の趣味がバレる》

「あら、ビー○サイスのほうが良かったかしら」

《だからやめろ!》


 シリウスから激しいツッコミがあり、ルクシアは生成しかけた鎌の柄をしまう。


 改めてビー○サーベル、もとい、魔力の剣を見つめる。フィオルナンドの言う通り、魔力の流れが複雑でない分、労力が少ない。


「刃の長さも変えられますね」


 ルクシアは言いながら、刃の長さをシュッシュッと変える。短剣くらいの短さにしてみたり、物干し竿のように長くしてみたり。思っていたより自在だ。重さも感じない。


「でも、柄だけだと細いイメージしかできませんわ」


 ルクシアはもう少し幅のある剣をイメージしたいが、この柄からでは難しい。どうしたものかと唸っていると、デミスが声をかけた。


「だったら、鍔の部分まで作ってみるのはどうだ?」


 言いながら自分の剣を指さした。刃と鍔の境目をちょいちょいと示す。


 なるほど、とルクシアは頷いて新しい柄を生成した。モデルはデミスの剣だ。

 柄と鍔だけの剣。そこに魔力を流し込む。イメージ通り、先ほどよりも幅のある魔力剣が出来上がった。今度は長さではなく幅を変えてみる。サーベルのような細身の剣からデミスの剣のような大剣、それ以上の幅にもなった。


「これなら大きな野獣にも対応できそうですわね」


 ルクシアは楽しそうだ。今からでも狩りに行くと言い出しそうな彼女を止めたのはシリウスだった。


《狩りに行くとか言い出すなよ》


 シリウスの言葉に、ルクシアはキュッと口を結ぶ。言うつもりだったようだ。先手を取っておいて良かったとシリウスはため息をつく。


「大剣はロマン……」

《ロマンで狩れたら誰も苦労しない》


 絞り出すような声でルクシアが呟くが、シリウスは手厳しい。うぐ、とルクシアは黙り込む。

 デミスは二人のやり取りを微笑ましく見ていた。ふと、疑問がわく。


「魔法とかは使わないのか?」


 デミスが尋ねると、ルクシアは首を横に振った。


「わたくし、闇魔法と武具創造以外は使えませんの。闇の精霊王と武具の女神からの加護と祝福のおかげで使えるだけですわ」


 彼女の答えに、デミスもフィオルナンドも目を丸くする。


「それ以外は、まったく?」

「はい、まったく。無理に使おうとすると爆発します」


 フィオルナンドが訊くと、ルクシアは頷いて答えた。爆発と聞いてこれまた二人は驚く。何とも珍しい例だ。


「うーん、魔力の量は多いし、流れが悪いわけでもなさそうなのに……」


 フィオルナンドは難しそうな顔をして首を傾げた。魔法を使うのに難がありそうな要素は見つけられない。


 ルクシアは以前ファントムから言われたことを口にする。


「極度の魔法音痴、と言われたことはありますね」


 そうなるのかなあ、とフィオルナンドは疑問半分納得半分に頷く。デミスは驚きのあまり目を丸くしている。


「そんな人間もいるんだな。人間はどんな魔法でも器用に使いこなすもんなんだとばかり」

「わたくしが稀なだけですよ。みんなは使えますわ」


 ルクシアは慌てて訂正した。魔法に関しては自分が特殊なのだと自覚している。


 それからルクシアはデミスは打ち込みを再開した。


 二人が汗をかき始めた頃、正門の方が騒がしくなった。気づいたデミスが手を止め、つられてルクシアも止まる。彼らの位置からは正門がよく見えない。


「フィオルナンド様ぁ~」


 慌てた声が近づいてきた。掛けてきたのは犬の頭部を持った魔獣族、コボルト族だった。


「ハーゲン大隊長の部下だと言い張る人間が中に入れろと騒いでいます」


 息を弾ませたコボルトがフィオルナンドに報告する。


 ハーゲン大隊長と聞いたルクシアの顔が強張った。



 つづく

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