第12話 とりあえず知らん顔して座ってろ
知らんことは後から調べとく
ルクシアは目の前にいる老執事を警戒した。会ったことのある竜族とは全く違う気配がする。
彼女が自分を警戒していることに気付いた老執事は小さく笑う。
「さすが第五師団長の秘蔵っ子。お気づきになりましたか」
しわがれた声はどこか嬉しそうだ。
「いえ……貴方がわたくしの知る竜族とは違う、ということだけですわ」
答えるルクシアの声は硬い。老執事は笑みを崩さない。深い紫色の目が細められる。
「それがわかる時点で大したものです。初対面で気付かれたのは旦那様以来ですよ。申し遅れました。私はフォスター家の執事を務めるザイゲルと申します」
ザイゲルと名乗った老執事はもう一度頭を下げる。
シリウスも警戒してルクシアとザイゲルの間に立つ。
「シリウス、ザイゲルさんに敵意はありませんわ」
ルクシアは慌ててシリウスを諌める。ザイゲルは気にしなくていいと言うように首を横に振った。
「シリウスも私の気配を警戒していました。揃って優秀で何よりです」
ザイゲルに何も感じていなかったシンディはとりあえず黙っていることにした。知らん顔して座っているのも世渡りのコツというものだ。
「私のことはちょっと強い老いぼれ執事と思ってください」
「いや、ちょっとどころではなくお強いですわよね?」
ルクシアは思わずツッコミを入れた。
この感覚は覚えがある。規格外に強い、兄の親友にして上官の第五師団長クラウス・ファーレンハイト。彼と同じだ。
ルクシアは直感的にザイゲルとクラウスを会わせてはいけないと感じた。少なくともその場に居合わせたくない。が、逃げ仰せられる自信もない。詰んだ。
兄を生贄にしようか。そう思ったものの、兄も第五師団長と同じレベルで規格外。兄とも会わせるわけにはいかない。詰んだ。
ルクシアは考えることをやめた。
どうシミュレーションしても恐ろしい未来しか見えない。極力、三人が一堂に会する機会を作らいないようにしよう。そうだ、それしかない。
気を取り直してルクシアはザイゲルに尋ねた。
「ところで、何かございましたか?」
「旦那様が、お身体に障らなければ庭の散策でもどうぞ、と」
ザイゲルは優しく微笑みながら答えた。
ルクシアはどうしようかと思案する。
《歩けるなら、少し身体を動かしたらどうだ? 辛くなったら俺の背に乗ればいい》
シリウスが促した。頼もしい限りである。ルクシアは少し嬉しそうに頷いた。
「それでは少しだけ散策させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんでございます。私がご案内致します。部屋の外におりますので、支度が整いましたらお声がけください」
ザイゲルはそう言って部屋を出た。
ルクシアはのそのそと動き出した。動くたびに身体のどこかが鈍い痛みを訴える。例えるならば、全身筋肉痛のような痛さ。地味に嫌だ。
しかし、フィオルナンドのおかげで目覚めた時よりもずっと調子がいい。
さて、とルクシアは悩んだ。外に行こうと思い立ったが、着ていく服がない。今はモナに手伝ってもらって着替えた寝間着を着ている。寝心地良い生地で作られた寝間着だ。さすがにこれで外は歩けない。
《御主人! これを着るの!》
シンディが楽しそうに示した先には、ハンガーにかかった長袖のワンピースがあった。
ケガ人に優しいスポッと被るだけで着られるタイプ。
ボタンもファスナーもないゆったりタイプ。
真っ白でいて光沢のある生地で作られたそれは、ルクシアには見覚えがあった。染色前のシンディの糸だ。
「アレ、もしかしてあなたが?」
《もちろんなの!》
ルクシアが確認すると、シンディは胸を張った。
シンディの種族、ボルトスパイダーが吐く糸はほつれにくく、しなやかで、染色もしやすい。糸としての評価は高く、その分、市場価格も高値がついている。
その糸でシンディが作った服は人間の職人顔負けの品である。従魔を辞めて店を出したらどうだ、と本気で勧める人もいるくらいだ。
店は持てないので、飲み代……いやいや、小遣い稼ぎに卸してはいる。
そんな服を無料で着られるのは主人の特権である。ルクシアはありがたく袖を通した。サイズはもちろんぴったりだ。
「では、参りましょう」
ルクシアは従魔たちに声をかける。シンディがぴょいとシリウスの背中に飛び乗った。三人は揃って部屋を出る。
廊下ではザイゲルが待っていた。
「よくお似合いですよ、ルクシア嬢」
ルクシアの姿を見たザイゲルは穏やかにほほ笑んだ。それから「参りましょう」と三人を促す。
廊下は過度な装飾はなく、ルクシアが居た部屋と同様にシンプルだった。等間隔に並んだダークブラウンの木の柱とその間を埋める白い壁。窓枠も木製でスッキリした造りだ。
年月は感じても劣化は感じさせない。モナの掃除が行き届いているのだろう。床はワックスでピカピカの木目が美しい。
歴史を感じる屋敷にはノスタルジックな空気が流れている。
ルクシアは廊下が美しすぎて、歩いていいのか、カーペットを敷いたほうがいいのでは、と変な方向に汗をかいていた。
階段もダークブラウンの木製だ。脚を乗せるたびに鳴る音も心地よい。
一階まで降りて進むと玄関ホールに出た。今までと同じく白とこげ茶色のコントラストが目に映える。
二階まで吹き抜けの天井は高い。足音の響きが奥行きを増した。天井に下げられたシャンデリアは豪華だ。キラキラしていて眩しい。
(どうやって拭いているんでしょうか?)
高々と掲げられている照明を見たルクシアは、ふと考えた。
騎士団生活が長い反動か。伯爵令嬢らしからぬ事に考えが及んでしまう。
ちなみに正解は「モナが背中の翅で普通に飛んで拭いている」である。
玄関の扉が開かれ、風が吹き込んだ。涼しさを感じる心地よい風だった。
ルクシアの毛先だけが黒い薄茶色の髪がふわりと舞う。心地よさを纏ったまま外へ出た。一瞬、日差しに目を奪われる。
明るさに慣れたルクシアの前に現れたのは広々とした庭だった。乳白色のレンガの道が遠くに見える門から真っ直ぐ続いている。
その両脇には芝生が広がっており、小さな魔獣族らしき影がちらほら見えた。芝生の中に点在する花壇には様々な色の花が咲いていた。
「なんて広々とした美しいお庭」
ルクシアが感嘆の声を上げる。シリウスはちらっと彼女を見上げた。
《実家もおなじようなものだろ?》
「それはそうですけど、こちらのお宅のほうがスッキリした中に品がありますわ。我が家は、ねぇ……」
ルクシアはため息をついた。
ため息の原因は多すぎる兄の従魔たちである。その数の多さが兄を規格外と言わしめる要因の一つだった。小型はともかく、大型の野獣も庭を闊歩しているのだ。
いくら庭師が整備しても、ひとたびじゃれ始めたら大惨事である。本人たちはただ遊んだつもりでも人間には災害級。どことなく、常に荒れていた。
《みんなアレでも加減してるの。お家で遊ぶ時は気を付けてるの》
シンディはあまり怒らないで、と言いたげな顔で弁解した。
従魔たちも気を付けてはいる。怒った主人はもちろん、オルディアーノ家の面々は怒ったら怖いことを知っているからだ。
それでもうっかりした時は、オルディアーノ夫人から拳骨をもらっている。
「お花も綺麗に咲いていますし、葉っぱも生き生きしていますし、庭師の方はお手入れがお上手なのですね」
ルクシアは花壇を見下ろして感心した。
《アルバートくんはとっても優秀な庭師なの》
シンディがシリウスの背中に乗ったまま右足を一本挙げた。ルクシアは初めて聞く名前に首をかしげる。
シリウスは首を巡らた。何かを見つけてルクシアの膝を鼻でつつく。彼女が自分に目を落としたことを確認すると、隣の花壇に首を振った。
ルクシアがそちらに目を向けると、麦わら帽子を被った小柄な後ろ姿が花壇の前にしゃがんでいた。
《アルバートくーん!》
シンディが彼を呼んだ。ただ、アルバートの耳にはシンディの言葉は通じない。キィキィと虫の声が届くだけだ。
それでも彼はシンディが自分を読んでいると気づいたらしい。作業の手を止めて振り返る。シンディがパタパタと足を振っている様子を見て、手を振り返した。それから慌てた様子で立ち上がった。
立った背丈は花壇の花とほぼ同じ。麦わら帽子を押さえながらアルバートはザイゲルに駆け寄る。
「お疲れ様です、ザイゲル様。そちらがシンディの契約者様ですよね?」
アルバートの正体は屋敷ゴブリンだった。薄緑色の肌にとがった耳。身体の線は細く、半袖のTシャツからのぞく腕もあまり筋肉がついているようには見えない。
何より彼は小柄。身長は60㎝前後だろう。しかし、柔らかな顔つきと落ち着いた声は相応の年齢と見受けられる。
「お初にお目にかかります。帝国騎士団第五師団にて中隊長を務めております、ルクシア・オルディアーノと申します」
ルクシアはワンピースの裾を軽く持ち上げて丁寧に頭を下げた。アルバートは慌ててお辞儀をする。
「に、庭師のアルバートです!」
「アルバートがほとんど一人で庭の手入れをしてくれるので、助かっています」
ザイゲルは微笑みながらアルバートの仕事ぶりを話す。
「一人じゃないですよ! みんなから手伝ってもらっていますし……」
アルバートは首が飛びそうな勢いで横に振った。ザイゲルとルクシアは「謙遜を」と微笑むばかりだ。
「それより、おケガは大丈夫なのですか?」
アルバートは心配そうにルクシアを見上げた。
「ええ、フィオルナンド様のおかげでこの通り」
「良かったぁ。デューイが連れて来た時はびっくりしたんですよ」
ルクシアの笑顔を見たアルバートは安堵の表情を浮かべた。
彼の言葉に、ルクシアはハッとした。現状確認を優先したため、ここに来た経緯を知らない。
アルバートの発言からデューイなる人物がこの屋敷まで運んでくれたらしい。フォレストバイソンの群がどこまで走ったのかわからないが、かなりの距離があったはずだ。
「ザイゲル様、わたくしをお屋敷まで運んでくださったのはそのデューイ様ですか?」
ルクシアがザイゲルに問う。
「はい。デューイは旦那様の従魔です。空を散歩していた時にあなた様をお見かけして保護した、と」
「この辺りだと、フレースベルグなんです?」
「いえ、グリフォンです」
デューイの正体を知ったルクシアは驚きの声を上げた。
グリフォンは従魔に向かない種族のひとつと云われている。気性もあるが、何より確認された個体数が少ない。
図鑑の説明文も他の種族より短く、人間族はグリフォンの生態を把握していないのが現状だ。
ジルベールが居たら興奮のあまりとんでもないことになっていただろう。居なくてよかった。
《デューイさんは、なんていうか……デューイ"さん"なのよ》
シンディはどことなく歯切れ悪く呟いた。シリウスも大きく頷く。
言わんとすることがくみ取れず、ルクシアは首を傾げた。
《まあ、会えばわかるのよ》
あまり気にしないで、と言うようにシンディはひらひらと右足を振る。
ルクシアはそれ以上追及しなかった。フィオルナンドの従魔ならば、顔を合わせる機会は今後もありそうだ。
アルバートと別れ、庭を散策していると大きな影が横切った。花壇を眺めていたルクシアが顔を上げる。
なんだろうと不思議に思っていると、大きな羽ばたきが聞こえた。何かが日差しを遮る。ルクシアがすっぽり影に隠れてしまう大きさの何か。
振り向くと、鋭い双眸がルクシアを見下ろしていた。
つづく




