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第11話 初対面の挨拶は丁寧にすべし

第一印象は大事


 ――時は少し遡る。



「死ねませんわっ!!」


 ルクシアは自分の声で覚醒した。叫び声で目が覚めるとは、精神的に追い込まれていた三十路前後以来である。

 息をつき、目の前の景色を確かめる。


 真っ白な天井に走る木製の梁。

 実家を思わせるシンプルなシャンデリア。


 ひとまず、ここは室内のようだとホッとする。


「だっ、大丈夫ですか!?」


 ドアに体当たりするように入ってきたのは細身の少女だった。黒いロングスカートに白いエプロンのメイド姿。背中には鮮やかな青い翅がある。


 ルクシアは起き上がって声のした方を見た。身体のあちこちが痛い。必然的に顔が歪む。


「あ、あのっ……私っ……」


 ルクシアと目が合った少女はオロオロと口ごもる。


「だっ、旦那様をお呼びしたきます!!」


 一文字噛んでしまった少女は顔を真っ赤にさせて部屋を飛び出して行った。そんな少女を見送り、ルクシアはふにふにと自分の頬をつまんだ。


「寝起きで怖い顔になっていたのかしら?」


 顔つきは父に似て温和なほうだと思っている。

 悪く言えば威厳のない顔つきなため年下の騎士(男性)に舐められたこと、星の数。

 下剋上を狙った年下の騎士を地に沈めたこと、数知れず。


 ふと、その手が止まった。


 少女は旦那様を連れてくると言った。寝起きのまま人に会うなど、たとえ親しくとも言語道断。

 最低限度の身支度を整えるのがマナーというもの。騎士とはいえ淑女の嗜みというもの。


 せめて顔を洗わねば。そう思った矢先に身体を傷みが、いやいや、痛みが襲う。思うように動けない。「旦那様」には申し訳ないが、このまま会うしかなさそうだ。


(わたくしは、あの後どうなったのでしょう……?)


 思い出そうとしても、温かなフォレストバイソンの背中までしか記憶にない。


 部下たちは、従魔たちは無事なのか。


 彼女を貴族の令嬢とは扱わない、頼もしい部下たちの顔が浮かぶ。


(きっとジェラルドが皆を安全なところに連れていってくれたはず)


 ルクシアは大丈夫、と静かに頷く。


 そこへ控えめにドアがノックされた。


「はい、どうぞ」


 ルクシアが返事をすると、先程の少女と長身の青年が入ってきた。


 青年は白い髪に青い目を携えており、見た目は三十歳前後に見える。だが、肩より少し上で整えられた髪の毛から覗く耳は細くとがっており、彼が長寿のエルフ族であることが伺える。実年齢は人間が思うよりずっと上だろう。


 その手には黄色い毛玉が抱えられていた。毛玉はもぞもぞと動き、ぴょいと青年の手から飛び出す。着地点はルクシアがいるベッドだ。


 黄色い毛玉の正体はシンディだった。


 シンディは太く短めの足を忙しなく動かしてルクシアに寄り添う。


《御主人、良かったの。目が覚めなくて怖かったの》


 震える声でシンディはルクシアに顔をうずめる。ルクシアも優しくシンディの頭を撫でた。


「心配かけてごめんなさい。あなたも無事で良かったですわ」


 シンディはルクシアを見上げてニコッと目を細めた。


 青年はベッドの横にある椅子に腰掛けた。


「意識もはっきりしているみたいで良かった。僕はフィオルナンド・ハーツ・フォスター。この屋敷の主だ」


 穏やかな見た目に反しない、柔らかな声だ。中性的と表現してもいい。


 ルクシアは背筋を正してフィオルナンドを見据える。


「わたくしはオルディアーノ伯爵の娘で、帝国騎士団第五師団にて中隊長を務めております、ルクシア・オルディアーノと申します。この度は我々を保護していただき、ありがとう存じます」


 ルクシアは深々と頭を下げた。


「シンディとシリウスから話は聞いたよ。僕の治癒魔法が間に合って良かった。しばらくはこの屋敷で養生していくといい」

「! シリウスも無事で?」


 フィオルナンドの言葉にルクシアはパッと顔を上げる。彼は微笑んで頷いた。ルクシアの顔に安堵が広がる。


《シリウスはちょっと周りを見てくるって、一昨日から出かけてるの》


 シンディがルクシアの袖を軽く引っ張りながら教えてくれた。


「そうだ。彼女も紹介しておくよ」


 フィオルナンドは振り返り、青い翅のメイドの少女を手招きする。少女は緊張気味に駆け寄った。


「彼女はモナ。この通り蝶の蟲人族だよ。屋敷の中の仕事をしてもらっているんだ」

「あのっ……先ほどは、失礼しましたっ……!」


 モナは顔を真っ赤にさせて勢いよく頭を下げた。ルクシアは小首をかしげる。


「あら? わたくしは何も謝られることをされた覚えはありませんわ。むしろ、こちらがお世話になるんですもの。よろしくお願い致します、モネさん」


 ルクシアが頭を下げると、モナはアワアワと彼女と主人を交互に見やる。フィオルナンドは小さく笑った。


「モナ、彼女はプライドだけが一人前の御令嬢ではないようだ。大丈夫だよ」

「は、はいぃぃ……」


 モナは消え入りそうな声で返事をする。


 ルクシアもクスッと微笑んだ。が、すぐに顔をしかめる。身体の痛みは突然走る。


 それに気づいたフィオルナンドはルクシアの肩に手をかざした。ふわりと温かい光がルクシアを包む。


「ごめん。身体への負担を考えて、治癒魔法を強く掛けなかったんだ。僕は医者ではないからね」


 フィオルナンドはどこか申し訳なさそうだ。


「お気遣いありがとう存じます」

「……堅苦しい言葉遣いはしなくていいよ。僕も爵位は持っているけど、家の中まで堅苦しい会話はしたくないから」


 畏まった口調のルクシアにフィオルナンドは苦笑いを浮かべた。肩がこるような会話は好きではないらしい。


 ルクシアは小さく頷いて「仰せのままに」と仰々しく返す。


 わざとらしいそれにフィオルナンドは思わず吹き出した。


「キミ、なかなかいい性格しているね」

「そのくらいでなければ、騎士団の中隊長なんて務められませんわ。さて、あの上官クズをどうやって消すか。今から考えねば」


 ルクシアはひまわり色の瞳をスッと細めた。


 後にフィオルナンドは語る。ルクシアの瞳の奥に深い闇が見えた、と。


 しかし、今は安静にしなければならない。


 フィオルナンドから部屋で休んでいるように言われ、ルクシアはシンディと共にベッドに横になる。ルクシアが目覚めてホッとしたのか、シンディは枕もとでスピスピと寝息を立て始めた。彼女の寝息を聞きながらルクシアも目を閉じる。


 その日はストンと落ちるように眠りに就けた。




 翌日、シリウスが帰ってきた。正確には昨晩のうちに屋敷へ到着したのだが、ルクシアとシンディがぐっすり眠っていたので自分も休んだらしい。


 シリウスからメラルの町の現状について聞いたルクシアの額にピキッと青筋が浮かぶ。


「どうやって抹殺しましょうか」


 顔は笑顔だが引きつっている。昨日まで昏睡状態だったとは思えない発言だ。


 御主人の物騒な発言にはもう慣れたシンディは気にすることなく、


《抹殺じゃ足りないの! 森に吊るしてやるの!》


 と、物騒な発言を上乗せしてくる。二本の足を振り上げてご立腹だ。他の足も地団太を踏んでいる。


《落ち着け。今はまだ行動する時じゃない》


 シリウスは怒り渦巻く女性陣をたしなめる。ただ、腸が煮えくり返る思いなのは彼も同じ。

 彼にはあの上官クズから娘がノワールウルフを欲しがっているという理由だけで捕まえられそうになった過去がある。今回も従魔契約者のルクシアを亡き者にして、シリウスを手に入れようとしたことは明白だ。


 従魔契約は彼らが思い描く服従の契約ではないことを知らないようだ。


《騎士団も異動だなんだでゴタゴタしている。今帰っても、スムーズに事を運べないだろう》


 ため息交じりにシリウスが続けた。その言葉にルクシアもシンディも口を閉ざす。


《……でも、酷いの! 勝手に御主人を死んだことにして、皆をバラバラにしちゃうなんて!》


 シンディはぷんぷんと怒りだす。今は動かないほうがいいとわかっていても、やはり腹が立つ。


 彼女はシリウスと違って中隊の仲間たちとは仲が良かった。宿舎の壁を歩いていても気持ち悪いと叩かれることはないし、糸を使って文字を書いてコミュニケーションも取れたし、何より野獣の自分を一個人のシンディとして認識してくれた。

 蜘蛛の姿を気味悪く思う人間がたくさんいることを知っている彼女はとても嬉しかった。


 触るとふさふさの体毛に魅了された隊員は後を絶たないとか絶ったとか。


 そんなオルディアーノ中隊の入隊条件の一つがシンディを気味が悪いと蔑まないこと。面接の際は必ず同席し、質問までするシンディを見る目をルクシアは観察していた。


 ちなみに、これはルクシアのお見合いの時もしていたので、蜘蛛はもちろん虫も触れない貴族の坊ちゃんたちは条件に該当するはずもない。ルクシアの婚約者がいない要因の一つになっていた。

 ルクシア曰く、ボルトスパイダーは他の蜘蛛族よりデフォルメされた姿なのに蔑むとは何事か。


《みんな、大丈夫かな……?》


 シンディは声を沈ませた。


「大丈夫ですわ。わたくしがいなくなった程度で揺らぐ軟弱者は我が隊にはいません」


 ルクシアはシンディの頭を優しく撫でた。シンディも小さく頷く。


 その様子を見ていたシリウスは一息ついて口を開いた。


《しかし、ギャリックはお前以外では扱えないと思うぞ》


 シリウスの言葉にシンディも同意する。


《ギャリックくんは御主人以外の下で働かないと思うの。たぶんエミリアちゃんもそうなの》

「あの二人は……そうでしょうねぇ。ジェラルドの胃に穴が開かなければいいのですが」


 ルクシアは苦笑いを浮かべて答えた。


 他隊から狂犬と言わしめる青年と、ヒーラーのはずが前線でバトルアックスを振り回すアグレッシブガールの姿が目に浮かぶ。

 その後ろで胃を押さえる副官もいる。


《ジェラルドくんの胃袋は鋼鉄なの。大丈夫なの》


 シンディは笑う。物理的な意味なのか、精神的な意味なのかは判断しづらい。


「まあ、ジェラルドや冷静な面子がなんとかしてくださるでしょう。心配なのはお義姉さまですわ。きっと心配しておられます」

《……すまない。さすがにオルディアーノ領まで行く余裕がなかった》


 不安げなルクシアにシリウスが謝った。


 オルディアーノ中隊が拠点にしていたメラルの町は、ルクシアの実家から少し遠い。国全体から見ると同じ地方だが、距離がある。メラルの町からフィオルナンドの屋敷までもかなり離れている。

 シリウス単体での移動だったからこそ、三日でメラルの町と往復できた。ルクシアも一緒だったらさらに時間はかかっていたはずだ。


「いいえ、よくここまで調べてきてくださいました。しばらくは死んだことにしておきましょう」


 ルクシアはイタズラをしている子供のように笑った。シリウスは頷いたが、表情は険しい。


《ただ、町に被害が出ないといいが、な。あの上官クズ、お前ら全員を追い出して自分が成り代わるつもりだぞ》

「そうですわね。万が一の避難経路は毎年確認していたとはいえ、実際に使ったことはありませんでしたから」


 ルクシアも心配そうに答えた。


 避難訓練はしていたが、実際に野獣が侵入したことはない。

 結界魔法陣は焦らずに使えるか。慌てず避難はできるか。懸念が消えることはない。


 シンディは慣れた町に思いを馳せる。


《ダニエルおじさんのお店で呑めなくなるのは嫌なの》

《他に心配することがあるだろう》

《それ以外に何を心配するの!》


 呆れるシリウスにシンディは心外だと言わんばかりに返す。

 呑兵衛シンディは酒場が心配のようだ。


「町も心配ですが、お母様がわたくしたちが帰るより先にあの上官クズを始末していたらどうしましょう。やり返せませんわ」


 やはり早く帰るべきか。


 ルクシアが思案する隣で従魔たちは実家の両親を思い浮かべる。色々と強い。

 兄も規格外に強い。

 標準なのは兄嫁くらいだ。否、兄嫁も標準よりちょっと強いと思う。

 甥と姪はそんな家族に囲まれているためか、妙に逞しい。


 方々に思考を巡らせていたシリウスが大きなため息をついた。


《まあ、とにかく今はルクシアの回復が最優先だ。まだ調子は戻らないんだろう?》

「ええ。恥ずかしながら、いろいろ痛いですわ」


 ルクシアは答えながら腕をさする。寄り添うシンディも心配そうに足を添えた。シリウスは包帯が巻かれた腕に鼻を寄せる。


 すると、軽やかにドアがノックされた。ルクシアが返事をする。


 ドアが招き入れたのは老執事だった。色素が抜けた髪は綺麗にオールバックでまとめられ、黒いスーツを着こなす姿は年齢を感じさせない。会釈にも品がある。メイドのモナとは真逆のベテランだ。

 人間よりも耳がとがっているが、フィオルナンドとも形が少し違う。


 ルクシアの記憶が確かならば、竜族が人間サイズに変身した姿だ。 


(竜族が、エルフ族の執事を……?)


 ルクシアは目を丸くした。

 どちらも人間族と比べれば遥かに長寿な種族。争っているとは聞かないが、エルフ族に仕える竜族は聞いたこともない。


 顔を上げた老執事と目が合う。


 その瞬間、ルクシアを言い知れぬ圧が襲った。今まで感じたことのない威圧感。クラウスと似て非なる気配。


 ルクシアの表情に警戒の色が表れる。


 それを見た老執事は口元に小さく弧を描いた。



 つづく

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