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第10話 自分の常識は他部署では非常識

みんな知らないっていうんだよ、なんで?

 一週間が経ち、オルディアーノ中隊はそれぞれ新しい隊へ異動していった。


 アランはたまたま同期がいる小隊へ配属されることになり、少し安心していた。ここも国境沿いにある小さな町を拠点としている。

 メラルの町と比べれば野獣の生息自体が少ない場所だ。居ても小型の野獣ばかり。


 アランは少しだけつまらなそうに近隣に生息する野獣の図鑑を見ていた。調査班班長のジルベールが書いたそれと比べると解説も少ない。


(どんな野獣だかわからないな)


 アランは思わず唸っていた。


 ジルベールはこれでもかと言わんばかりに詳細な生態を記している。

 姿形だけでなく、生態を知った上でないと罠は仕掛けられない。倒す時もそれを利用することがある。チヨからも『識る』ことは大事なことと教わっていた。


「どうした? 図鑑とにらめっこなんかして」


 ひょいと現れたのは同期のヨハンだった。青い瞳が不思議そうにアランを映している。


「いや、この辺の野獣の確認してたんだけど……思ったより解説が少ないなって」

「そうか? 図鑑なんてこんなもんだろ」


 歯切れ悪くアランが答えると、ヨハンは図鑑を覗き込む。彼にとってはこれが当たり前の図鑑だった。

 アランにとっては挿絵とページが真っ黒になるくらいの字が書き記されているものが図鑑だった。


「それより、訓練の時間だぜ」


 ヨハンはアランを促して運動場へ行く。

 運動場にはルクシアよりいくらか年上の小隊長と本日の訓練メンバーが揃っていた。

 小隊長は深い緑の髪を短く整えた美形だった。ジェラルドがイケメンならこちらの小隊長は美男と表現したくなる。


「今日は近接戦闘の訓練だ。皆、ケガしないように」


 一同は返事を返し、二人一組になって木刀を交える。運動場にカンカンと打ち合う音が鳴り響いた。


 小隊長はその間を歩いて皆の動きを確認する。


 ゴッ!!


「わぁーっ!!」


 鈍い音と共に悲鳴が上がった。悲鳴を上げたのはアランだ。


 小隊長は慌てて声がした方を振り返る。

 そこには頭を押さえて倒れる男性騎士と隣に膝をついてオロオロしているアランがいた。どうやらアランの木刀が頭を直撃してしまったらしい。


 なんだなんだと稽古の手が止まる。


 小隊長は駆け寄って倒れている騎士に声をかけた。


「ディーノ! 大丈夫か?」

「だ、大丈夫、です。速すぎて見えませんでした……」


 ディーノと呼ばれた騎士は頭を押さえながら答えて、ゆっくり起き上がった。


「申し訳ありません!」


 アランはガバッと勢いよく頭を下げた。いやいや、とディーノは首を横に振る。


「ちゃんと避けられなかった俺が悪いよ。こんな実力者がいるなんてオルディアーノ中隊はすごいな」

「え……? 俺、近接では一番弱いですけど」


 褒められたはずだが、喜ぶことなくアランがきょとんとして答えた。


 小隊に沈黙が下りる。


「俺より班長、チヨさんのほうがずっと強いですよ」


 アランはポリポリと頬をかきながら言った。


 小隊は信じられないものを見たような目でアランを見る。アランはどうしたらいいかわからず困惑の色を隠せないでいた。




 その頃、チヨは――。


 コオォォォ……。


 拳法の達人のような呼吸で目の前にうずくまる騎士を睨んでいた。ぎらつく瞳は殺気を湛えている。


「手応えのないやつめ。次」


 周囲を取り囲んでいる騎士たちに声をかけた。だが、名乗り出る者はいない。


 ――お前が行けよ。

 ――ヤダよ、お前が行けよ。


 コソコソと擦り付けあっている。チヨはギンッと声がした方に目を向ける。途端に話し声がしなくなった。


 いつもは陽気なチヨだが、いざ戦うとなれば空気が変わる。工作班という最前線で戦う班長が弱いわけがない。


 油断の代償は己の命。


 それを新しい配属先の若者たちに叩き込んでいた。


 新しい配属先の中隊長から「ちょっと若い連中に喝を入れてあげて」と頼まれたので言われた通りしていたところだ。

 もちろん、チヨとて若いほうなのだが、より若い騎士たちの相手をしていた。皆、華奢で可憐な彼女の見た目に騙されたようだ。


 次々と地面に叩き伏せられ、挑戦者がいなくなってしまった。


「みんな、そんなんじゃ実戦で死ぬよ? 言っておくけど、私で普通だからね」


 殺気立つチヨを見て若人たちは恐れおののく。魔力が溢れる彼女に近づける者はいない。


「これで『普通』ねぇ」


 チヨに指導を依頼した中隊長は引きつった顔で呟いていた。


(ジェラルドさんのご飯が食べたい)


 チヨが険しい顔をして考えるのはご飯のことだった。まだ数日しか経っていないのに、もうジェラルドのご飯が恋しい。




 その頃、ジェラルドは――。


 早速、野獣の討伐に駆り出されていた。野獣の討伐に関して、オルディアーノ中隊は経験豊富だろうと見込まれてのことだ。


 ジェラルドを含め、五人の班で野獣を捜索している。


「この辺りに、アッシュタイガーが現れたんだ」


 馬に乗って移動をしながら年の近い騎士、エドガーが言った。紫がかった黒髪が馬の歩みのたびに揺れる。


 エドガーの言葉を聞いたジェラルドは難しい顔をした。


「アッシュタイガーはもっと国境から離れたところに生息していたはずでは?」

「ああ。それが最近になってこっちまで来てしまったらしい」


 エドガーの顔も厳しい。


 アッシュタイガーはフォレストバイソンよりさらに巨体で俊敏だ。パワーはどっこいどっこい。爪や牙を持っている分、アッシュタイガーのほうが手強いだろう。


 ジルベールが居ればすぐにでもその理由が判明するが、動物博士はこの隊にはいないようだ。

 チヨたち調査班もいれば、足取りを追うことができただろう。この隊にはその手のスペシャリストもいない。


 今はそれを自分一人でやらねばならない。


 ジェラルドはオルディアーノ中隊が恵まれていたのだと改めて思った。


「子育てのためか、縄張り争いに負けた流れ者か」


 周囲を見回しながらジェラルドがぼそりと呟く。


 静かだった草むらに突然、風が駆け抜けた。灰色の影は凄まじい速さで騎士の一人に飛び掛かる。悲鳴の尾をひいて、騎士は馬から引きずり降ろされた。


 騎士の肩に噛みついているのは話題にしていたアッシュタイガーだった。灰色の身体中に引っかき傷があり、片目も失っている。


 縄張り争いに負けた流れ者が正解だったようだ。


 獰猛な唸り声を上げて騎士の肩を噛み砕く。バキリと嫌な音が鳴る。騎士からさらに大きな悲鳴が上がった。


 悲鳴に重なるように銃声が轟いた。馬上からジェラルドが撃ったものだ。手にはハンドガンが握られている。


 弾はアッシュタイガーの頭部に命中した。弾みで牙が騎士の肩から外れ、数歩後退する。命中はしたが、致命傷には至らなかった。アッシュタイガーはよろよろとしながらも地に足を付けている。


「やはり威力が弱いか」


 ジェラルドは舌打ちしながらハンドガンを光の塵に変え、素早く馬を降りる。愛用の短剣を二振り抜きながらアッシュタイガーへ向かった。


 アッシュタイガーはジェラルドを睨んで猫パンチならぬ虎パンチを繰り出した。素早いが単純な軌道のそれを見切れないほどジェラルドは鈍くない。

 パンチを避けつつ懐に入り込み、首と胸を目掛けて剣を突き立てた。身体をひねって傷を抉り斬る。傷口から鮮血が飛び散った。

 アッシュタイガーから悲鳴のような声が上がる。


 ジェラルドは顔に血が飛ぼうとも顔色を変えない。

 剣に魔力を纏わせ、胸にもう一太刀浴びせる。先ほどよりさらに深く肉を断ち、刃は内臓へと達した。


 アッシュタイガーの力が弱くなったのを感じ取り、ジェラルドは間合いを取る。


 ふらついたアッシュタイガーは重い音を立てて地面に伏した。まだ息はあるが、立つ力はもうないようだ。ジェラルドはふぅと息をつく。


「一人では骨が折れるな」


 どこで骨を折ったのか。

 一連のやり取りを、他の騎士たちは呆気に取られて見ていた。自分たちが動く前に全てが終わってしまった。


 銃声を聞きつけた他の班も集まってきた。荷車を持った隊も駆けつけたので、ケガ人をそっと荷台に乗せる。


「ジェラルド、どうした?」


 エドガーが息を引き取ったアッシュタイガーの傍らで剣を抜いたままのジェラルドに声をかけた。


「え、毛皮を取るのではないのですか?」

「それは専門家に任せたほうがいいんじゃないかな」


 二人は顔を見合わせて黙り込む。


 オルディアーノ中隊では自分たちで皮をはぐ作業をしていたので当たり前だと思っていた。たぶん、本来は違う。


 ジェラルドは黙ったまま剣を収めた。


「そう言えば、さっきの銃はどこにしまってたんだ?」


 エドガーが不思議そうに尋ねた。


「これはルクシア中隊長からいただいたもので、武具創造で作られた銃です。俺の意思で出し入れができます。銃弾も俺の魔力から出来ています」


 ジェラルドは光の塵を銃に変え、また光の塵に戻す。エドガーは驚いて感嘆の声をもらした。


「便利だな」

「魔力はそれなりに消費しますよ」


 ジェラルドは苦笑交じりに返した。


 便利は便利だが、一発ごとに魔力が消費される。ただ便利なだけのものはそうそうない。


 ふと、ジェラルドは空を見上げた。雲がぽつぽつと浮かんでいる。


(みんな、元気にやっているだろうか。捜索組も無理していなければいいんだが)


 遠くの空の下にいるであろう仲間たちを思った。




 その頃、捜索組は――。


「おい! それ俺が育てた肉!」

「えー、遅いよー」

「この牛、初めて食うけど美味いな」

「お前ら野菜も食えっつってんだろ!!」


 バーベキューをしていた。


 お昼ご飯用に狩った大きな牛のお肉でパーティ状態だ。


 ちょうどよい木陰の下でワイワイと肉や野菜を焼いている。肉ばかり食べている面々にラルフの怒声が飛ぶ。仕方なしにちょびちょびと野菜も取った。


 ジェラルドが中隊の「オカン」ならラルフは中隊の「オトン」である。


「いやー、ジェラルドさんのおかげで色んな野獣捌けるようになったから良かったわー」


 あっけらかんと笑うのはエミリアだ。美味しいとお肉を頬張る。


 町を出て三日が経った。その間、食事に困ることはなかった。こうやって新鮮なお肉を手に入れて、皆で調理できるからだ。


 ただ、三日経ってもルクシアの痕跡が見つからない。


「中隊長、お肉の匂いにつられて出てこないかな……」

「お前じゃねーんだから出てくるわけないだろ」


 エミリアのつぶやきにギャリックが強めに返す。さっき取られた肉のお返しだろうか。


「匂いといや、なんかさっきから変な臭いしないか?」


 ふと、誰かが声を上げた。


 皆が「ん?」と首をかしげながら鼻を動かす。言われてみれば、焼き肉の香りに混じって妙な臭いがする。少なくても美味しい匂いではない。


「どっちからだ?」


 ギャリックが周囲を見回す。


「風の向きからすると、あっちかな?」


 エミリアは北東の方角を指さした。


 ギャリックとラルフと数人が様子を見に離れる。腰の高さまである雑草をかき分け、バーベキューから離れるとより妙な臭いが強くなった。ギャリックは思わず鼻をつまむ。


 そこから十数歩先に進むと、黒ずんだ地面が現れた。


 異臭はそこから放たれていた。黒ずんだ何かはドロドロした見た目だが、すでに乾いているように見える。


 ラルフは他の者を止め、自分だけ近づいて片膝をつく。右手をかざすと小さな光が現れた。


「なんだ、こいつは……」


 光が消えてからラルフの表情は険しくなった。


「なあ、こいつあの熊の形に似てねーか?」


 ギャリックは隣にいた仲間に声をかけた。シルエットがルクシアを襲っていたハニーベアに似ている気がする。


 仲間たちも黒のシルエットを見て「確かに」と頷く。


 ラルフは黒い地面の中に、立体物を見つけた。黒い液体がかかっていたため、同化して見つけにくいが確かにある。手のひらサイズの八面体の物体に見える。


 黒い地面を踏まないように回り込んでそれを収納魔法で格納した。


「なんだった? それ」

「わからん。帰ったらクラウスに渡そう」


 ギャリックも立体物に気付いていたらしい。しかし、ラルフにも見当がつかなかった。


 危ないもののような気がしたので触れずにクラウスに渡すことにした。



 ラルフの収納魔法の中で、八面体からゆらりと黒い魔力が漏れだした。



 つづく

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