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第9話 ボールペンは頻繁に迷子になる


 ここは帝国の国境沿いのオルディアーノ領にあるオルディアーノ伯爵邸。


 堅固な石造りのお屋敷では家族会議が行われていた。

 場所はリビング。普段は寛ぐこのスペースが、今は張り詰めた空気に満ち溢れている。


 同席する側近たちの額には冷や汗が浮かんでいた。


「ではお父様、ひとまず私はルクシアの荷物を取りにメラルまで行って参ります」


 ブラウンの髪を低い位置で束ねた男性が当主に了解を伺う。彼と同じ色の髪に白髪が混じった当主はひとつ頷いた。


「アーサー、全部持ってくるんだぞ。一つでも欠けていたらなんと言われるか」

「一つや二つ、物が失くなっていたところで気付かんでしょう、あの子は」


 ため息をつく当主に、ルクシアの兄・アーサーは呆れた声で返した。彼の知る妹は、ぶっちゃけそれほど物欲がない。気付きはすれども、気に留めないのだ。


 どっかいっちゃった。まあ、そのうち出てくるでしょ。


 というスタンスである。そして、忘れた頃に出てくるまでが一連の流れだ。


 二人のやり取りを見ていた夫人は嫁に目を向けた。


「レイラさんも一緒に行ってくださる? 実の兄とはいえ、殿方には見られたくないものもあるでしょうから」


 声は心配そうだが、凛とした佇まいを崩さない。

 兄嫁・レイラは大きく頷いた。


「もちろんです、お義母様。ついでにルクシアちゃんを探してきます!」


 意気込む妻にアーサーは首を横に振った。レイラは黒い瞳をムッと強張らせる。


「だって! ルクシアちゃんが簡単に死ぬわけないじゃない! ケガをして動けないだけよ!」


 レイラは語気を強めた。


 ルクシアは強い。伊達に女性の身で騎士団の中隊長を務めていない。


 個人技は当然のことながら、指揮官としてもそこそこ優秀だ。ルクシア就任以前のメラルの町は年間で十回程度、野獣の侵入を許してしまっていた。それが彼女の就任以降、侵入回数はゼロなのだ。


 その点は評価されており、また気に食わない者には妬ましい。


 アーサーは困ったように一息ついた。


「そこはクラウスに任せておくんだ。私たちが出る幕じゃない」


 レイラは何か言おうと口を開きかけた。


「レイラさん」


 穏やかに夫人・フライヤから名前を呼ばれたレイラは開きかけた口を閉ざす。フライヤはニッコリと笑みを浮かべた。


「ルクシアを心配してくれてありがとう。貴女の言うとおり、あの子は無事よ。だから、私たちは私たちが出来ることをしましょう」

「私たちが出来ること、ですか?」


 不安げにレイラは聞き返す。フライヤはゆっくり頷いた。


「ええ、無茶苦茶な指揮を執って現場を混乱させた挙げ句、部下を危険な目に遭わせた阿呆を、完膚なきにまで叩き潰して差し上げねば」


 ルクシアと同じひまわり色の瞳が、ギラリと輝いた。表情筋は笑っていても、目の奥は殺気立っている。

 帝国騎士団副師団長を務めた女傑の気迫は年齢を重ねても衰えない。


 アーサー以外の者は身を震え上がらせる。


「お母様、我々だけで手を下してはそれこそルクシアに文句を言われますよ」


 にこやかにアーサーは母を止めた。母は大丈夫だと言うように微笑む。


「問題ありません。外堀を埋めておくだけですよ。お金で大隊長の地位を手に入れた無能など、気付きもしないでしょう」

「それではルクシアが戻ってくる前に事を進めましょうか」


 和やかな声色とは真逆の内容に、当主・ルイスは頭を抱えた。


(なんで物騒なのかなぁ、うちの家族って……お嫁に来たのがレイラちゃんで良かっ)

「私に出来ることなら何でもやります!」と、意気込む嫁さん。

(あーっと、こっちもヤル気満々だった。今回の件、相当頭にきてるんだな)


 当主の悩みは尽きないようだ。ちらり、と側近たちに目を向ける。一同はサッと目を反らした。


 一人だけばっちり目を合わせて、笑顔でグッと親指を立てたのは長年の付き合いである執事のゼノスだ。

 明るい茶色のオールバックは笑っている。長い付き合い故に「がんばれ」ではなく、「諦めろ」の意味であることはすぐにわかった。


 ルイスは深くデカイため息をひとつ吐いた。


「穏便にね、穏便に」


 念を押す声には諦めの響きが含まれている。


「心得ておりますわ」

「ご心配には及びません」

「が、頑張ります」


 三者三様に、当主の言葉に頷いた。


「では行こうか」


 アーサーは立ち上がりながら言った。今から行くとは思わず、レイラは「え?」と彼を見上げる。


「今から?」

「今から」


 妻の問いにアーサーはにっこり笑って答えた。行くと言い出したら行く人だ。レイラは予定もないし、いいか、と従う。


「気を付けてね」


 フライヤが微笑んで二人を見送った。


 庭に出たアーサーは庭師に大きめの木箱を貰い、従魔であるフレースベルグの足に括り付けた。これに荷物を入れるつもりらしい。フレースベルグは不思議そうな顔をしているが、嫌がる素振りはない。


 国内で唯一、アーサーが従魔にしている巨大な鳥、フレースベルグ。青みがかった灰色の羽を持つ猛禽類の姿をした野獣だ。屋敷の三階の窓を覗けるくらいの大きさで、鋭い眼差しと嘴は見る者に威圧感を与える。

 ルクシアにも懐いており、背中に乗せて何度か空の散歩もしたことがあった。


 アーサーは長距離の移動に専らこのフレースベルグを使う。国内では有名な野獣であり、彼の実力を示す象徴となっていた。


「いいかいシャルル。これからメラルの町に行ってほしいんだ」


 アーサーがフレースベルグのシャルルに声をかける。


 シャルルはルクシアがいるメラルの町と聞いて嬉しそうに声を上げた。彼もルクシアに会いたいようだ。


「でもルクシアはいない。行方不明なんだよ」


 アーサーの言葉を聞いてシャルルはショックを受けたように目を見開く。今度は悲しげな声を出した。どうして?と言いたそうに顔をアーサーに近づける。アーサーはその頬を撫でた。


「大丈夫、ルクシアはきっと無事だ」


 だから行こうとシャルルを促す。


 シャルルは背中にアーサーとレイラが乗ると、バサッと翼を広げた。大きな羽ばたきは庭の草木を激しく揺らす。屋敷の窓もガタガタと激しい音を立てた。

 木が根こそぎ倒れそうな風を伴い、シャルルは空へ舞い上がった。


 あっという間に雲と同じ高さまで上昇する。


 アーサーは風よけのために結界魔法を張った。その間にもシャルルはどんどん加速する。

 馬だったら数日かかる道のりも、シャルルの翼ならすぐに飛んでいける。その速さも移動に彼を選ぶ理由だった。



 一時間ほど飛んだところで、メラルの町上空に差し掛かった。


 シャルルは着陸できそうな場所を探して旋回する。いつも使っている騎士団の運動場が空いているのを確認し、そこへ降下した。


 強烈な風を起こしつつ、ズンッと着陸する。砂埃が舞い上がった。


 アーサーはレイラを抱えてシャルルの背から降りる。地面に降ろされたレイラは大きな伸びをした。アーサーも腰を反らして体をほぐす。


「さて、ルクシアの部屋はどこだったかな」


 アーサーは言いながら宿舎を見上げた。新しいとは言えないが、綺麗に手入れをされた宿舎が二人を出迎える。


「アーサー様!」


 声をかけられたアーサーは声の主を探す。慌てて宿舎から出てきたのはジェラルドだった。心なしか疲れた顔をしている。


「やあ、ジェラルド。ルクシアの荷物を引き取りに来たよ。皆、自分の引っ越しで手一杯だろう?」

「あ、ありがとうございます。助かりました」


 アーサーの言葉に、ジェラルドは頭を下げた。


 事実、隊の誰もが自分の身の周りを整理するだけで手いっぱいだった。最終手段として、クラウス第五師団長に何とかしてくれと頼もうかと思っていたくらいだ。


「あ? 中隊長の部屋のもんなら全部『入れた』ぞ」


 そこに思わぬ声がかかった。医師のラルフだ。うっすら隈が消えない顔を窓から覗かせている。

 アーサーと目が合うと、挨拶をするように片手を挙げた。


「面倒だったからそのまま突っ込んだ。家具類も私物なんだろ?」

「そうだが、突っ込んだって……収納魔法でか?」


 ジェラルドはいぶかし気に聞き返したが、ラルフはそれ以外に何がある、と言いたげだ。


 ラルフの収納魔法は隊の中でも優秀だ。出し入れの速度が速く、許容量も多い。

 酔うとコントロールが狂うところが難点だが、気にする程のことではない。

 むしろ、コントロールの乱れにより大事なコレクションがこぼれ落ちて困るのは彼である。


「さすがルクシアが選んだ部下だ。優秀だね」


 微笑む兄はどこか誇らしげだ。


「申し訳ありません。御足労いただいたのに」

「気にしないで! 謝られるようなことじゃないわ」


 申し訳なさそうなジェラルドに、レイラは慌てて首を横に振った。隣でアーサーも頷いている。


「荷物もそうだけど、今後の君たちの予定を聞きたかったんだ。クラウスから連絡はなかったのかい?」


 アーサーの問いにジェラルドは少し考える素振りを見せた。それから二人を宿舎の中へ促す。


 入る際、ラルフに目配せして「お前も来い」と合図する。ジェラルドはアーサーたちを小さいほうの応接室へ通した。


「ラルフ」


 ジェラルドが声をかけると、ラルフは結界魔法を展開させた。一瞬だけ足元に円形の魔法陣が浮かび上がる。


 内緒話をするとき専用の人の出入りと盗聴を防止する結界だ。


「随分と手の込んだことをしたね」


 アーサーがソファに座りながらジェラルドに鋭い視線を送った。人当たりの良い優等生の面影はない。


「うっかり上官クズ側に聞かれたくないので」


 ジェラルドは眼鏡のブリッジを押し上げながら答えた。こちらも優等生の仮面はゴミ箱に捨てたらしい。


 何の躊躇もなく上官をクズと言い切る彼に、レイラは呆気にとられている。彼女の様子に気付いたのはラルフだった。


「おい、奥様が呆れてるぞ」


 口を慎めと言わんばかりの声色だが、口の悪さは五十歩百歩である。ジェラルドは視線で「お前に言われたくない」と伝える。


「あ、大丈夫。ここでもクズ呼ばわりしていいんだなって思っただけだから。ホント『信用』とはかけ離れた奴よね」


 レイラは嫌悪の色を隠そうとしない。

 彼女の穏やかさを知るジェラルドはその怒りの具合を瞬時に悟った。


「それで、クラウスはなんて?」


 アーサーはジェラルドに尋ねた。


「はい。退職希望者を師団長付きにして、中隊長の捜索に当たらせるとのことです。俺をはじめ、残る者は他の隊へ異動になります。総入れ替えになるので町が心配ではありますが、仕方ありません」


 ジェラルドの顔は険しい。野獣の侵入を阻止してきたのはやはりルクシアの実力が大きい。


 野獣と素手で殴り合いをするくらいの度胸がなければこの町は守り切れないだろう。それがバルドにあるとは思えない。


「避難訓練もしているし、町の人は意外と逞しいんじゃないかな?」

「ああ。結界魔法陣も配布しているから、万が一の時も大丈夫だと思うぞ」


 アーサーが小首をかしげて言うと、ラルフが同意した。


 避難訓練を始めた頃は真剣に取り組む人は少なかったが、回数を重ねるごとに真剣に取り組んでくれるようになった。今では町の名物イベントになっている。


 先日、シンディと会ったメラルの町初心者の商人のように、たまたまその日に居合わせた人にはトラウマ級のイベントである。

 裏ではメラルの町はヤバい、という噂も流れていた。


「ルクシアちゃんの捜索は、どこに行くか見当はついているの?」


 レイラは心配そうに尋ねる。


「まずはここから北側、エルフの国の方を探そうかと思っている」


 ラルフが簡潔に答えた。彼もまた退職組として捜索に同行する。


「あっちの方か。エルフの国との境付近は草食の野獣が多いから大きな危険はないと思う」


 アーサーは頭の中に地図を広げながら頷いた。野獣の生息分布は大体頭に入っている。


 この大陸は大きく分けて三つの国があり、それらを隔てるように様々な野獣が生息する荒野やサバンナのような地形が広がっている。別の国に移動するには必ず野獣が生息する地域を通らねばならない。


 国交はあるものの、あまり頻繁ではなく、物流も多くないのが現状だ。


「ラルフも行くのかい?」


 アーサーは意外そうに言った。ラルフは騎士団に残ると思っていた。


「俺もルクシアに雇われた身だからな、騎士団に残る理由はねェ」


 ラルフはフンと鼻で笑った。

 彼同様に、オルディアーノ中隊はルクシア自身がスカウトした者が三分の一くらいいる。平民出身のスカウト組はギャリックをはじめほとんどが退職願を出した。


「それじゃ、妹をよろしく頼むよ」


 アーサーは優しく微笑んだ。先ほどの鋭い視線はなく、妹を心配する兄の眼差しだった――のも一瞬だった。


「私たちはあの上官クズを蹴落とす準備をしておくからね」


 今度は晴れやかな笑顔でキッパリ言い切った。レイラも任せてと言わんばかりに大きく頷く。


 バルドは一番敵に回してはいけない家族を敵に回してしまった。


 ジェラルドとラルフはオルディアーノ家の恐ろしさの片鱗を感じ取ったのだった。



 つづく

ボールペンは何回保護されたかわからない

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