第8話 一週間で異動とかマジで勘弁してほしい
翌日、全員が集まれる食堂でバルドからの知らせを受け取った。
その内容にオルディアーノ中隊の全員が激怒した。
ルクシアの捜索の禁止。
中隊の解隊。
どちらもバルドでは越権行為だ。
異動人事まで完成させ、一週間後には宿舎と出ろという命令が出た。こういう時だけ仕事が早い。
「どうでもいいことだけ素早い奴だ……!」
ジェラルドは怒りのあまり魔力が漏れて蜃気楼を発生させていた。火の魔法が得意な彼の魔力は熱を帯びる。
ヤバい、副官がキレた。
普段は抑える側のジェラルドが本気で怒っている。
いつもは真っ先に怒るギャリックやマクシムですら止めにかかった。このままでは宿舎が燃えてしまう。
「今は無駄な抵抗はしないほうがいいと思うわ」
ローラも落ち着いて、と皆を促す。表情を見れば不本意なのがわかる。
彼女の言葉に全員が肩を落とした。彼らではバルドの命令を打ち消す術はない。
仕方なく、その命令に従うこととなった。
数日後、宿舎ではオルディアーノ中隊の面々が部屋の整理に追われていた。
通常業務をこなしつつ、部屋の整理をする。なかなか容易ではない。
「あー、捨てんの勿体ねぇなー」
気力のない声で、ギャリックが手にしていた本を見やる。いつ買ったか、読んだかすら記憶が危うい。
ギャリックは手にしていた本を無造作に木箱へ放り込んだ。頭をかきながら部屋の整理を続ける。
物は少ない代わりに乱雑に置きすぎて何がどこにあるか本人も把握していない。通常業務の合間に整理して片付くわけがなく、非番の今日で何とかしようと奮闘している。
「ったく、上は本気でルクシア中隊長が死んだと思ってんのかねぇ」
ギャリックはいつ作ったのかわからないてるてる坊主に「なあ?」と声をかけた。しかし、返事を待たずに木箱へ放った。
普段はのらりくらり、だるだるな体たらくだが、剣の腕は立つ。剣だけでルクシアと打ち合えるのは彼くらいだ。
ルクシア以外の命令には従わないこととその剣の腕前から他の隊からはオルディアーノ中隊の狂犬とまで言われている。
コンコン、とドアが丁寧にノックされた。しかし、ドアは換気のため開け放っており、入室の許可を得るためではなく来訪を告げる合図だった。
ギャリックは振り返ることなく、用件を尋ねる。
「俺、忙しいんだけど? 手短にな」
「てるてる坊主に話しかけてる奴が忙しいようには、見えんがな」
落ち着いた声が返された。
その声を聞いたギャリックはようやく振り向く。何とも面倒くさそうな顔をして。
そんな顔を向けられても来訪者は気にしていない。金髪碧眼の整った顔立ちは涼しげだ。
右手の中指で眼鏡のブリッジを押し上げている。彼も非番なのか、白いシャツにグレーのジャケットとシンプルな私服姿だ。
「ジェラルドか。マジで何の用?」
反対に気だるげなギャリックはため息混じりだ。
「こいつについて、だよ」
ジェラルドは上着の内ポケットから三つ折りにされた紙を取り出した。ギャリックはムッと眉間にシワを寄せる。
「それ、今じゃなきゃダメ?」
「俺も忙しいんだ。手を動かしながら答えろ。辞めてどうするんだ? 中隊長が戻ってきた時にお前たちが居なくなってたら困るだろ」
ジェラルドが取り出したのは退職願だった。出されたのはギャリックの一通だけではない。軽く十名を超えている。
ギャリックはため息をついて、整頓を続けた。捨てるものは木箱へどんどん放り込む。
「誰も探しに行かないんじゃ、帰ってこれるもんも帰ってこれねーだろ?」
手を動かしながらギャリックは続ける。
「あの上官のせいで捜索は一切なし。休み取って探しに行ける距離でもねぇしよ。だったら辞めるしかねーだろうが」
「簡単に辞める選択をするな! 全員が揃って出迎えねば、中隊長が身体を張って俺たちを守った意味がなくなる」
ジェラルドが語気を荒くした。気にも止めずギャリックはくくっと小さく笑う。
「俺が騎士団に入った理由が簡単だからな。辞める理由も簡単だよ。ルクシア・オルディアーノが騎士団にいねぇ。それだけで十分だ、俺にはな」
ジェラルドは浅くため息をついた。目の前にいる男の頑固さを、彼は知っている。引き留めは出来ないだろうと思っていたが、案の定だ。
「……探す当てはあるのか?」
「まずはエルフの国の北方面だな。フォレストバイソンが走っていった方向からするとそっちだろ。そっち方面なら草食の野獣が多いから、シリウスとシンディがいりゃ食い物にも困らねぇ。ひとまず死んでるこたぁねーよ」
ジェラルドはギャリックの返事を聞いてホッと息をつく。思っていたよりも冷静だ。
「つーか、何で中隊長のピンチに精霊王が出てこねーわけ? 結構、過保護じゃね? あの御仁」
ギャリックの疑問にジェラルドは難しい顔をした。
生まれて間もないルクシアに加護を与えたものの、十数年間も自分が闇の精霊王と言い出せなかったヘタレ精霊の顔が浮かぶ。
「それは俺も思っていた。ファントムが中隊長を見殺しにするとは考えられない」
ジェラルドが頷いて考え込んだ。ファントムとはたまに話をするくらいだったが、ルクシアを大事にしていることはわかった。
二人から加護を与えた精霊と人間はいつでも交信ができると聞いていた。それならルクシアのピンチにもすぐに気づけたはずだ。
何故ファントムが来なかったのか。
思案していたジェラルドの手から退職願が抜き取られた。突然の出来事にぎょっとして振り返る。
そこには第五師団長クラウス・ファーレンハイトが立っていた。
「その話は、そこでストップね」
驚きのあまり言葉を失っているジェラルドを他所にクラウスはケラケラ笑う。
「この退職願は僕が預かるよ。君たちにはやってもらいたいことがあるから」
「アンタの下につけ、と?」
ギャリックはジロリとクラウスを睨む。ジェラルドはそれを咎めるが、クラウスは気にしていないようだ。
「一時的に、ね。ルクシアは僕にとっても大事な妹分なんだ。このままにはしておけない。けどあのおっさんが煩くてさぁ。表立って探しに行けないんだよ。やだねー、口だけ大きなおっさんって」
クラウスはやれやれと大袈裟に首を横に振る。
「そ、こ、で!」
ビシッとギャリックを指差したクラウスがにこーっと笑みを浮かべた。ギャリックは口をへの時に曲げて睨み返す。
「退職希望の皆は僕付きになってもらって、ルクシアの捜索をお願いしたいんだよ。あ、ちゃんと費用は出すから」
任せて、と爽やかな笑みを浮かべるクラウス。年不相応のベビーフェイスが輝いている。
ギャリックはじとーっと師団長を睨みつけた。
若くして第五師団長の地位に就き、騎士団一の曲者、規格外人類と様々な呼び名があるこの男。
彼と親しいルクシアからも中隊の者は話を聞いている。闇の精霊王・ファントムですらドン引きレベルの魔法を使う、と。
優秀なことは間違いないだろう。
しかし、腹の内が読めないというのがギャリックの感想だった。ヘラヘラと笑って感情の起伏を他人に悟らせない。相手をするには骨が折れるタイプだ。
「どお? 悪い話じゃないでしょ? ルクシアが帰ってきたら、また中隊を編成してここに置くつもりだし」
クラウスの言葉に、ジェラルドは顔をしかめた。
もちろん、悪い話ではない。むしろ都合が良すぎる話に聞こえてくる。
騎士団としては、オルディアーノ中隊を解隊した。みんなバラバラの部隊に配属される。ギャリックのように辞める選択をした者もいる。一度解隊の手続きをした以上、簡単に元に戻せるとは思えない。
そう思ったのはギャリックも同じだったようだ。
「良い話しすぎて怪しさしかねーよ。アンタの企みを教えろ。頷くのはそれからだ」
オルディアーノ中隊の狂犬は遠慮なく師団長に噛みついた。今度はジェラルドのお咎めはない。
クラウスはニヤッと笑って、部屋のドアを閉める。
「さすがルクシアが拾っただけはあるな。いい根性してるよ」
「そりゃどーも」
ギャリックは胡座をかいた右膝に頬杖をついた。ジェラルドも腕を組んで壁に背を預ける。
二人が聞く体勢に入ったことを確認して、クラウスはわざとらしく咳払いをした。
「僕の目的は、あのおっさんを引きずり下ろすことさ。結構、好き勝手やってくれちゃってて、悪いことも散々してるんだよねぇ。横領とか、職権乱用とか」
「今更っすか?」
「今更ですか?」
クラウスに二人の容赦ないツッコミが突き刺さる。
はっきり言って、それは公然の秘密だ。オルディアーノ中隊もその被害に遭っている。現在進行形で。
「そ! 今更。あれでも伯爵家でしょ? 証拠掴んでも色々揉み消されんの」
クラウスは両手を挙げて説明した。お手上げ、と言いたいのだろう。
「お貴族サマはこれだから……」
「そこは何とかしてくださいよ。侯爵家でしょう」
貴族に対する嫌悪を隠そうとしないギャリックと権力には権力と押すジェラルド。
しかし、そんな二人の言葉なんて師団長は華麗に聞き流す。ルクシア曰く「人の話は聞かないお方」はやはり聞く耳を持たない。
「そんな時にこの騒動! 千載一遇のチャンスとはこのことだよ。今からいーっぱい失態を演じるだろうからボコボコにするのさ」
楽しげに笑う様と言葉の内容が合っていない。妙に自信たっぷり、いや、いつも自信に溢れている彼だが、今回は確信に満ちていた。
その様子を部下たちは訝しげに見やる。
「この辺りってさ、国内でも有数の変異種発生地なんだよね。理由はまだわからないけど。野獣の侵入がなくなったのはルクシアがここの指揮官になってからってことは知ってるだろ?」
クラウスの問いに二人は頷く。町の人たちからはそのことでよく感謝され、良好な関係を結ぶ要因となっている。
「それなのに君たち全員をここから追い出して自分が代わりをしようってんだよ? 出来るわけないじゃん」
ウケるー、とクラウスはケラケラ笑う。侯爵家の跡取りがウケるーと笑うのは如何なものかと苦言を呈する者はここにはいない。
唯一、苦言を呈しそうなジェラルドの顔は真っ青だ。
「あの……ここの後任はヤツの部下では?」
恐る恐るジェラルドが聞き返す。
「気が変わったみたい」
クラウスはケロッと答える。
その一言にジェラルドは目眩を覚えた。
引き継ぎをしなければならないのは副官の彼だ。ルクシアが戻るまで業務を代行しろと言われたほうがまだマシである。
話が通じないあの男と話さねばならぬとはこの上ない苦痛だ。
ギャリックはそんな彼の様子を見て、心の中で十字を切った。
「どうせ話なんて聞かないんだから、引き継ぎ書にまとめて叩きつけちゃっていいと思うよ。必要なことは書いてあるって言えばいい」
クラウスの提案にジェラルドは頷いた。話すより書いたほうがいいとは、普段とは逆だ。
「じゃ、そーいう方向でよろしく! ギャリックたちにはまた連絡するよ」
クラウスはヒラヒラと手を振り、サッと身を翻した。同時にその姿が消える。
その光景を見たギャリックは驚きのあまり眼を見開いている。ジェラルドは驚く余裕もなく盛大なため息をついて頭を抱えた。
「……徹夜だ」
悲壮感たっぷりの呟きに、ギャリックは返す言葉がなかった。
一方、自室だけでなく仕事部屋の整理もしなければならない調査班、工作班はてんてこ舞いだ。
調査班はもはや整理どころではないジルベールの研究書に手を焼いていた。
ジルベールも退職願を出しているため、研究書を全て持ち出す必要がある。なんとか町の倉庫を借りることができた。そこへ放り込む算段だ。
木箱へどんどん書類を放り込んでいく。
紙は束になると見た目より遥かに重い。詰め込んだ木箱の重さは相当だった。
「もっと軽い箱出来ないかな……」
そんなことをぼやきながら調査班は書類を倉庫へ運んだ。
彼らが重い木箱を運べるのもルクシアが教えた魔力操作による身体強化のおかげだ。ただ、こんな時のために身体強化を会得したわけではない。
ぶつけようのない悔しさを感じながら、彼らは異動の準備を進めた。
工作班も罠の仕掛け作りに必要な資材を整理していた。使い道がなさそうな細かいものはこの際なので捨てることにした。
チヨは一瞬で判断してポイポイと要るもの、捨てるものを分けていく。アランも隣でそのサポートをしていた。
「あのさぁ、ちょっと思ったんだけど」
「なんです?」
手を止めることなく、チヨがアランに声をかけた。アランは不思議そうに聞き返す。
「勝手に中隊長を死んだことにしちゃってるけどさ、ご実家が黙ってないんじゃないの?」
チヨの疑問にアランはピタリと固まる。
ルクシアの実家は国境沿いにある地域を治めるオルディアーノ伯爵家。
当主と伯爵夫人は騎士団に所属していた猛者であり、ルクシアの兄は国内最高峰の従魔師。
ひと家族で一師団レベルの戦力があると云われている。
「黙っちゃいないでしょうね。そこまでハーゲン大隊長が考えていたかは知らないっすけど」
アランは再び手を動かしながら答えた。
そのオルディアーノ家では、まさに家族会議が始まるところだった。
つづく
うちの会社がおかしいってだいぶ後から知った




