ケリーと葉崎④
僕が倉庫へ戻ると、葉崎は相変わらず椅子に深く腰掛け、煙草の灰を床に落としていた。外の静けさが、つい先ほどまでの銃声の激しさを嘘のようにかき消しているのが印象に残っている。
「確認してきた」
僕はなるべく平静を装って言う。
「十三体。全部、眉間だ」
葉崎はわずかに口角を上げた。
「こんな状況でわざわざ数えてきたのか。他にもゾンビがいたらどうするつもりだった?」
「状況確認は大事だ。それに僕はお前に命を預けた。なら、“終わった”というお前の言葉を信じて、外にゾンビがいないと判断するのは当然だろう」
そう言いながら、僕は彼の手元の狙撃銃へ視線を滑らせた。銃身はまだわずかに熱を帯びているのか、空気が揺らいで見える。
「弾は?」
「残りは気にするな。必要な分はある」
短く言い切るその態度に、虚勢や誇張は感じられない。ただ事実を述べているだけだ。恐らく腰の小型ケースに弾が入っているのだろう。
「……ならいい」
それ以上は追及せず、僕は話題を変えた。
「さっきの連中、動きが妙だった。一直線にここへ向かってきた。匂いか音か、それとも別の何かか」
「どうでもいい。来るなら撃つだけだ」
葉崎は煙を吐きながら、興味なさそうに言う。
「それで済めば楽だがな」
僕はわざと肩をすくめた。
「弾が無限にあるわけでもないし、敵が常に撃てる場所にいるとも限らない」
葉崎は一瞬だけこちらを見た。その目は先ほどと同じ、獲物を測るような冷たい光を帯びている。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「場所を変えるべきだ」
僕は迷いなく言った。
「ここは一度ゾンビ共に見つかっている。さっきのが偶然でなければ、また来る可能性が高い」
「……」
「次も同じ規模とは限らない。むしろ増えると考えるべきだ」
しばしの沈黙。外では風が瓦礫を転がす音だけが響いている。
やがて葉崎は、吸いかけの煙草を床に落とし、靴で踏み消した。
「で? 行き先は」
その一言で、僕の中で何かが確定した。この男は単独でも動けるが、あえて僕を切り捨てない。つまり今は利害が一致している。
「北東に“大和ドーム”という球場がある」
僕はゆっくり言葉を選ぶ。
「何もない場所だが、広い。守りを固めれば、ここより強固な拠点になる。まだ荒らされていなければ電源も生きているかもしれないし、設備を運び出せればゾンビの研究もできる」
「大和ドーム……ね」
葉崎はわずかに眉を動かした。
「お前のその研究とやらはそこでなら万全にできるのか?」
「出来るとも言えるし、出来ないとも言える。環境を見ないことには判断しづらいな。だが少なくとも、この付近では一番可能性が高い」
あえて曖昧に答える。
腹の中を簡単には探られないように。
「それに、ここよりは長く籠もれる」
「そこがすでにゾンビの巣窟だった場合、全滅する可能性は?」
「ゼロじゃない。だが……」
僕は一歩近づき、葉崎を真っ直ぐ見た。
「お前が一緒なら、どうとでもなるだろう?」
葉崎は一瞬黙り、小さく笑った。
「買いかぶりすぎだ」
「事実を言っているだけだ」
再び短い沈黙。だが今度は、わずかに空気が和らいでいた。
「……いいだろう」
葉崎は立ち上がり、狙撃銃を肩に担ぐ。
「そこに行こう」
「助かる」
「ただし」
彼は僕の横を通り過ぎながら低く言った。
「飯は好きなだけ食わせろ。水もだ」
僕は思わず笑みを浮かべる。
「当然だ。それだけの要求をするだけの実力が、お前にはある」
そう答えながら、僕は内心で別のことを考えていた。この男をどこまで利用できるか。この男を味方でいさせ続けられるかで、僕の未来は大きく変わる。
期待と不安を胸に、必要最低限の荷物を持って倉庫の外へ出ると、冷たい風が頬を打った。
大和ドームまで、ほんの数キロ。平時なら大した距離ではないが、今は違う。どこから死が現れるか分からない。
それでも……
僕の隣には葉崎がいる。
あの男なら、何があってもどうにかするだろう。
そんな確信にも似た感覚を抱きながら、僕は葉崎と二人で大和ドームへと向かった。




