ケリーと葉崎⑤
「ここか」
「お陰様で無事に辿り着けた」
あの倉庫から葉崎と二人で大和ドームへ向かう道中、何度かゾンビに襲われかけた。
だが葉崎はその全てを僕たちを中心に半径五十メートル以内に近づけることすら許さない精度で撃ち倒していった。
あの時の僕はまだゾンビについてほとんど何も知らなかった。
だが、こうして外に出て改めて分かったことがある。
それはゾンビどもの身体能力は本当に侮れないということだ。
漫画や映画のように理性を失ってふらふらと歩き、襲う時だけ少し速くなる……そんなゾンビはまず存在しない。
基本的に僕たち人間を見つけた瞬間には全速力でこちらへ駆けてくる。
人間で言えば、百メートルを五秒台で走るような。 そんな速度で。
奴らの存在を認識した時点で逃げ切るのはほぼ不可能だと思えるほどの身体能力を持っている。
だからこそ、葉崎の射撃能力の高さが際立つ。
普通、どれだけ慣れた人間であっても自身の生命を脅かす敵が突然目の前に現れれば多少なりとも緊張するはずだ。
それもゾンビのように醜悪な見た目をし、なおかつ常識外れの身体能力を持つ非現実的な存在が相手ならな尚更だろう。
しかし葉崎はどのタイミングでゾンビが現れても一切動揺を見せない。まるで呼吸でもするかのように、次々とその頭を一撃で撃ち抜いていく。
恐ろしさ半分、頼もしさ半分。
やはりこの男は敵に回すべきではないと再認識し、改めて付き合い方を選ばなければならないと考えていた。
「中に入るのか?」
「当たり前だ。そのために来たのだからな」
外から見た限りではあの時の大和ドームに人が立て籠もっている様子はなかった。拠点として使われている気配もない。
正面入口のガラスは粉々に砕かれ、窓も所々割れている。
仮に誰かが住んでいたとしても、その有様ではゾンビから身を守るにはあまりにも不用心で備えが稚拙すぎた。
だから僕は、あの時点で大和ドームには誰もいないと断定した。
実際、その後葉崎と二人で内部を隅々まで探索したが、生きた人間はおろかゾンビさえも存在しなかった。
これは僕の仮説だが、多くの生存者は日々の生活を維持する為にできる限り堅牢で食糧が潤沢な施設に身を寄せるはずだ。
例えば大型のショッピングモールやホームセンターなど。
そう考えると、食糧の備蓄が乏しいであろう球場は拠点としては心許ない。
堅牢さだけで言えば城塞にも匹敵するだろうが、食糧がなければ意味がない。
どれだけ安全に立て籠もっても、待ち受けるのは餓死だ。
それが分かっているからこそ、あの時の大和ドームには誰もいなかったのだろう。
そして生きた人間がいなければゾンビも寄ってこない。
大和ドームはいわば空の殻だった。
理由はともあれ、その事実は僕たちにとって非常に都合が良い。
これだけの広さの施設を、自分たちだけで自由に使える場所など他にないのだから。
だから僕はここを拠点として使えると判断すると、次に行うべきは、元いた施設の倉庫から研究機材と食糧を運び込むことだった。
「ここは安全そうだ。ここを僕の研究拠点にする。機材と食糧を運ぶのを手伝ってくれ」
「…………」
僕が葉崎に頼むと、葉崎は何も言わず、ただ一点を見つめていた。
「?」
何があるのかと僕もその方向を見る。
そこには、正面入口から入ってきたであろう白衣姿の男たちが三人、こちらへ向かって歩いてきていた。
「君はケリー・ハイルだね? 私はアレサンドロ・モレッティ。AsklēpiosInc.の者だ」
そして僕たちの前に立つと、男の一人がそう名乗った。
それが、僕とAsklēpiosInc.との縁の始まりだった。




