ケリーと葉崎②
僕は窓を少し開け、外にいる葉崎に、あの倉庫で一番守りが硬い入口の扉へ向かうよう指示を出し、そこに葉崎が来るのを待った。
少ししてから、またガンガンと扉を叩く音が聞こえたので、一応外にいるのが葉崎なのかどうかを口頭で確認し、葉崎を倉庫の中に招き入れた。
葉崎が中に入ると、僕はすぐに扉を閉め、内側から施錠した。
これで外界との接点は再び断たれたことになった。
葉崎は中に入ってから、しばらくその場に立ち尽くし、周囲をゆっくりと見回していた。
その視線の動きに無駄はなく、ただ状況を把握するためだけの効率的な観察だった。
その様子を見て、僕は内心で納得した。
やはりこの男は当たりだと。
「水と食料だったな」
僕がそう言うと、葉崎は小さく頷いた。
「ああ。できれば今すぐ欲しい」
声に焦りはない。
まるで時間に追われていないかのような口ぶりだった。
僕は少しだけ考えた後、近くに備えてあった水と非常食が入った布袋を一つ放り投げた。
葉崎はそれを難なく受け取り、中から食料を取り出し、躊躇なく口にした。
毒を疑う様子はなかった。
今思えば、それもまた妙ではあった。
だが僕にとっては、僕を無条件で信じてくれるその態度は都合が良かった。
「条件がある」
僕は続けて言った。
「ここにいる間、お前は僕の指示に従い、僕の身を守れ。それができるのなら、対価として寝床と食事を分け与えてやる。今与えたのは前払いの一つだ。僕とお前、二人で毎日三食、腹一杯食べたとしても、一ヶ月は十分に食に困らない程度の備えがここにはある。互いにとって、そう悪い話じゃないはずだ」
葉崎は咀嚼を止め、僕の方へ視線を向けた。
ほんの一瞬、沈黙が落ちる。
だが、それだけだった。
「分かった」
あまりにもあっさりと、葉崎は答えた。
拍子抜けするほど簡単な了承だった。
本来なら、もう少し警戒するはずだ。
交渉の余地を探るなり、条件を付けるなり。
だが、あいつはそれをしなかった。
それが不自然だと、頭では理解していた。
それでも僕は、それ以上深く考えるのをやめた。
使えるかどうか。重要なのはそれだけだったからだ。
「ならいい」
僕は短くそう言って、倉庫の奥の部屋を指し示した。
そこは窓はないが、仮眠用のベッドとシンクが備えてある部屋だ。
人一人が住むには十分な部屋だった。
「しばらくここで休め。その後で仕事をしてもらう」
「仕事?」
「簡単な作業だ。力仕事が主になる」
「そうか。分かった」
葉崎はそれ以上追及せず、再び食料に手を付けた。
僕はその様子を眺めながら、次の段取りを頭の中で組み立てていた。
ゾンビ共の捕獲方法、拘束手順、観察の順序。
必要な器具と時間配分。
これでようやく研究を再開できる。
そう思った時だった。
――ガン。
鈍い音が倉庫の外から響いた。
葉崎の手が止まる。
――ガン、ガン。
今度ははっきりと連続して。
僕は視線だけを入口の方へ向けた。
音の種類からして、おそらくゾンビだ。
しかも一体や二体ではない。
だが、問題はない。
あの倉庫施設で僕が行った封鎖は完璧だった。
扉もすべて鋼鉄製で、窓ガラスもすべて強化素材で作られている。そう簡単に破られる構造ではない。
だから僕は外にゾンビがいようが気にしないし、
「気にするな」
同じく葉崎にもそう言った。
「ここは安全だ」
葉崎は少しの間、扉の方を見ていたが、やがて視線を外した。
「……そうか」
短く、それだけを返す。
納得したのか、それとも興味を失ったのか。
どちらでも構わない。
重要なのは、あいつがここにいるという事実だけ。
使える労働力が手に入ったのだ。
深くは考えまい。
僕はそう結論付け、改めて葉崎を観察した。
筋肉の付き方、骨格、動作の癖。
どれも申し分ない。
やはり正解だった。
そう確信した、その時。
葉崎が不意に口を開いた。
「少し……いや、かなり見積もりが甘いな」
「何のことだ?」
葉崎は何もない天井を見上げながら、ぽつりとそう言った。
「奴らは小説や映画の存在なんかじゃない。現実に俺達の前に存在している異常だ。それだと言うのに、あんたは奴らを軽んじ、巣に籠っているだけで絶対的安全を信じている」
葉崎の言葉は、僕のゾンビに対する認識の甘さを指摘しているようだった。
確かに、見積もりが甘いと言えば甘いのかもしれない。
しかし、僕は実際に見ていた。初めてゾンビになったあの人間の様子を。
少なくとも、あれでは人を殺すことはできても、堅牢な建物を物理的に破壊して侵入することなど不可能。
それが僕の結論だった。
だが、それは間違いだとすぐに気づかされる。
スガァァァァァァン!
という鈍く重い音と同時に、倉庫の扉が破壊された。
爆薬でもなければ破壊不可能な扉をどうやって?
ゾンビ共がそんな物を扱える知能が残っているわけがないのに。
そんな疑問の答えはすぐに分かった。
「狂ってる……!」
何のことはない。
扉を破壊した奴は、自らの身体を質量兵器とし、玉砕を承知でそのまま扉に衝突したのだ。
飛び散った血液と肉片からして、70〜80kgはあったのではないだろうか。
そんな重りが、人間の限界を超えた身体能力で叩きつけられたのだとしたら、あの堅牢な扉が破壊されたのも無理はない。
「だから言っただろうが。あんたは俺の後ろに引け。入口が一つだけならどうとでもなる」
葉崎はそう言って背負っていた狙撃銃を構え、これから押し寄せてくるであろうゾンビ共に対して警戒を始めた。




