51 増える魔力と女神の予感
「もう四ヶ月だっけ? 早いわね」
昼休みにいつもの四人でお弁当を食べていたら、ナタリーちゃんがにやにや顔でそう切り出した。言われたベラちゃんはというと、ほんの少し顔をしかめて「そうだねー」とうなずく。たぶんこの表情は、今日はこれからその話題でいじられる、ということを想像したからだろう。
花型に切られたにんじんの煮物をもぐもぐしながら、二人の会話に耳を傾ける。
「順調なの?」
「うーん? まあ、仲は良いよ~。一緒にいて楽しいもん」
開き直ったようににっこり笑うベラちゃんは、よく見ればほんのりと頬を赤くしていた。可愛くて、ついふふっと笑ってしまう。
ベラちゃんがトムさんに告白された、付き合っているっぽい、と聞いたのは夏休み中のことだった。それ以降、教室では付き合っているような素振りをまったく見せていなかったが、お付き合いは順調らしい。
「デートとかはどのくらいの頻度で行ってんの?」
「えーっとぉ……頻度かー……月一くらいかなー?」
「……同じクラスだってことを考えれば、多いのか少ないのか微妙なラインね」
月一くらい、ということは今まで大体四回くらいか。……付き合い始めにしては少ない? うーん、あんまりそういう話をしてこなかったから、基準がいまいちよくわからない。私の感覚では十分だな、という感じがするのだが。
「わたしのことはもういいよー。セレネちゃんは? ナイト君と何かないのー?」
「へっ!?」
いきなり話を振られ、食べていたものが変なところに入った。咳き込む私に、ベラちゃんは「ごめんね」と楽しそうに笑う。……謝りつつ、全然悪いと思っていない顔ですね?
お茶を飲んで落ち着いてから、ようやく言葉を返す。
「な、なんでそこでエリクが出てくるんですか?」
「だって」
ねえ、と顔を見合わせる三人に、顔が熱くなっていくのを感じる。
い、いつ、何が原因でばれたんだ……!? 私の気持ちに気づいている人はそれなりにいるだろうと思ってはいたけど、こうしてはっきりと言われてしまうとめちゃくちゃ恥ずかしい。(うぅ)
と、いうか! これを教室内で話題にされるととても困る!
慌てて周囲に目を走らせ……どうやら話が聞こえたのはぴくぴく耳が動いているテランス君だけみたいだ、とわかってちょっと胸をなで下ろす。近くにいる他の人たちはそれぞれ会話に夢中だった。
テランス君は基本的に一人で昼食を食べているうえに、私たちからそう離れていない位置にいるため、聞こえていても仕方がない。……それにまあ、テランス君ならそういう話を誰かに言いふらしたりは絶対しないだろうし。
「最初から怪しいな~って思ってたんだけどね」
「誕生日のときが決定的だったわよね」
「うん、ルーナさんわかりやすかったよ」
「……す、すみません、教室でそれ以上はちょっと……」
私の気持ちを、姉様とエリクにばれるわけにはいかない。私がエリクのことを大好きなのはばれているだろうが、友達・家族に対する親愛だと思ってもらえているならそれは別にいい。恋愛感情なのだとばれることが問題なのだ。
だから、誰に聞かれているかもわからない所では、エリクの話をしたくなかった。
……いや、ちょっと待って。マリーちゃんたちにばれたってことは、もしかして二人にもばれてしまって、いる?
だ、大丈夫だよね。ほら、マリーちゃんたちとは違って、二人とは昔からの付き合いだし! 仲良くなってからはずっと、私は今みたいな態度だし! 距離が近すぎるからこそばれない、というのはあると思うのだ。……うん。ただの願望じゃありませんように。
怖いが、こればっかりは私から確認するわけにもいかない。訊いて初めてばれてしまうのが一番最悪だ。ばれていませんように、ばれていませんように!
「あー、じゃあ、セレネちゃんの話はまた今度ゆーっくりお話しよっか! シャルル様のお話でもする?」
私の様子を見て、ベラちゃんが話を逸らしてくれる。ゆーっくり、という言い方が怖いが、今ここで話を続けるよりはよっぽどいい。ゆっくり話せるほどの話題も特にはないし。
以前は三人の狐の話題に複雑な顔をするしかなかったが、今はもう、普通の心境で聞ける。むしろ、この三人にはそういうふうに見えてるんだなぁ、と楽しむ余裕さえあった。
今日はどんな話が出てくるのかな、と思ったところで、マリーちゃんが「あ、っと」とそうっと小さく手を上げた。
「これ、別に言うことでもないかなーとも思うんだけど、やっぱり君たちには言っておいたほうがいいかな、とも思って」
気まずそうに言うマリーちゃんに、私たちはそろって首をかしげる。マリーちゃんがこうやって濁すような言い方をするのは珍しかった。
「えっとね……あたし、シャルル様のファンクラブやめようと思うんだ」
マリーちゃんがそう言い切った瞬間、ベラちゃんの「えええええええ!?」という声と、ナタリーちゃんの「はああああああ!?」という声が教室に響き渡った。嫌な予感がして耳をぺたっと可能な限り下げていたが、それでもなおぐわんぐわんする大きさだった。き、きつい……。ベラちゃんも猫の獣人で耳はいいはずなんだけど、大丈夫なんだろうか……。
当然教室中の視線が集まり、マリーちゃんが慌てて「なんでもないから!」と周りの人に言っていた。
視線がほとんど外れてから、ベラちゃんとナタリーちゃんがマリーちゃんに詰め寄る。
「どういうこと、マリーちゃん!」
「まさかシャルル様の魅力がわからなくなったってことじゃないわよね!?」
反省したのか、語気は荒いものの声は潜めてくれていた。私はまださっきのダメージが残っていたので、机に伏せながら耳だけ澄ますことにする。
「そ、それはないから! 嫌いになったわけじゃないし、今でも世界で一番美しい人だと思ってる!」
ちょっと拍子抜けしたようにベラちゃんたちが椅子に座り直す気配がした。
……ファンクラブ、なぁ。そういえばこの三人だけの、非公式なファンクラブがあったんだっけ。活動としては狐について語り合うだけだったような気がするが、それがこの三人の通常運転だったからあまり意識したことがなかった。
でも考えてみれば、最初の頃に比べて狐の話題は減ったような気がする。私が狐を苦手だということを気にしてくれていたのだろうけど……。私がいないところでは、よく狐の話をしていたのかもしれない。
「確かにマリーちゃん、最近あんまりシャルル様の話題出さなくなったような……? わたしたちの中で一番シャルル様のこと話してたの、マリーちゃんだったのに」
「……言われてみればそうね。どうしたの? シャルル様と何かあったとか?」
深刻そうな声音。そこまで深刻な問題だろうか、とは思わない。この三人が狐のことを大好きだというのは周知の事実であり(ファンクラブの存在を知っている人は少ないだろうが)、こんなことを聞いたら誰だってびっくりするだろう。私が二人よりも冷静なのは、大声のダメージが大きいせいでびっくりするタイミングを完全に逃したせいだ。
ようやくダメージが抜けてきたので、顔を上げて三人の表情を見る。ベラちゃんたちは想像どおりの深刻そうな顔、マリーちゃんはさっきと同じような気まずそうな顔。
「シャルル様と何かあった、ってわけじゃないけど……」
「……ふむふむ、何かあった、っていうのは否定しないんだねー?」
「あ、いや、でも! ごめん、訳は訊かないで!」
「それは、今限定じゃなくてこれからもずっとってこと?」
「いつかは言う、かもしれない……」
うつむくマリーちゃんを、二人はじいっと見つめる。こ、これは喧嘩に発展してしまったりする……? 私が止めるべきなんだろうか。でも、喧嘩の仲裁とかどうやったらいいんだろう。
「……うーん、まあ、しょうがないねー」
「ええ。ウチらはこれからもシャルル様の話はするけど、それはいいんでしょ?」
「……うん。私がただ、ちょっとそういうのから距離置きたいだけだから」
私がおろおろとしているうちに、さくっと決着がついたらしい。三人の間でしかわからない何かがあった、とか? もう少し長引きそうな問題だと思ったのだが。
とはいえ、早く終わったのならそれはそれですごくいいことだ。ほっとして、食事を再開する。昼休みももうそれほど時間は残っていないから、ちょっと急がなくてはいけない。
「あ、ごめんね、ルーナさん! 私たちだけのときに話せばよかった……」
私の様子に気づいて、マリーちゃんがはっとしたように謝ってくる。
「いえ、大丈夫ですよ。なんていうか、三人の喧嘩? のようなものが見れて、少し嬉しかったというか、新鮮だったというか……もちろん、三人が仲良しのほうが嬉しいですけど、こういうのもたまにはいいかなぁ、なんて思ってしまいました」
友達の新しい面が知られて嬉しい、というのは直接的すぎて、さすがに言うのは恥ずかしいのでやめておいた。
笑顔で首を振ってから、「あ、でも」と少し気になったことを尋ねる。
「会長関連のことで誰かにいじめられて、とかではないんですよね……?」
もしそうだとしたら、気づいてあげられなかったのが悔しい。毎日一緒にいたのだから、マリーちゃんが密かにいじめられていたのだとしても、気づくことはできたはずだ。
だが、私の心配は杞憂に終わったらしかった。きょとんとしたマリーちゃんが、数秒の後ぷっと吹き出す。
「はは、ないない、大丈夫だよ。そっかー、そんな心配させちゃったか。ごめんね、ルーナさん。これは単に私の問題だから、気にしなくて平気だよ」
「な、ならいいんですが……」
なぜ私は笑われているんだろうか。
首をかしげると、ベラちゃんとナタリーちゃんまでくすくす笑い始めてしまった。
「え、なんですか!?」
「ルーナさんと一緒にいると癒されるなぁって話だよ」
「……姉様とだったらわかりますけど」
私に癒し要素は……と否定しかけて、いや、あるか、と考え直す。姉様のような可愛らしい性格ではないにしても、兎の獣人だし、この耳は見てるだけでアニマルセラピー的な効果があるのかもしれない。
なるほど、と出した結論に納得していると、三人から生暖かい視線が向けられる。……何も言っていないんですが。
「とにかく、心配しなくていいからね。さ、ご飯食べちゃおう。次の授業移動だしね」
「そうそうー、あ、セレネちゃん、このにんじんあげる!」
「あ、ありがとうございます……?」
「ウチもあげるわ」
「私もにんじん系何か入れてくればよかった……」
戸惑いながら、ナタリーちゃんにもお礼を言う。
どうしてこんな流れに……? とまた首をかしげて、私はもらったにんじんを口に運んだ。
* * *
今日は満月だ。
三人で庭園に行くと、いつもの椅子に座って待っていたルナ様が「遅い」と腕を腰に当てて立ち上がる。申し訳ありません、と口にする前に、ルナ様は真剣な顔で私に詰め寄ってきた。がしっと肩を掴まれて、思わず及び腰になってしまう。
「な、なんでしょうか?」
間近でじーっと見つめてくるルナ様にそう尋ねると、数秒後にようやく解放される。ほっとしたのも束の間、ルナ様は思い切りため息をついた。
「……やっぱり気のせいじゃなかったのね」
力なく首を振るルナ様に、「え?」と目を瞬く。同時に不安に襲われた。……気のせいじゃない、ってなんのことだろう。ルナ様のご様子からして、いいことでないのは確かだ。
そういえば先月確かに、ルナ様は「気のせいね、きっと」とおっしゃっていた。そのときから何かの前兆があった、ということだろうか。
まさか今更、私が元々はこの世界の人じゃないってばれた……? いや、もうそろそろこの世界に生まれて十六年が経つのだ。生まれたときから私を知っているルナ様が、今更になってその事実を知るとは思えない。
だとすれば、とぐるぐる考える私を、ルナ様が鋭い目つきで見つめる。
「セレネ。あんたの魔力、増えてきてるわ」
「……どういうことですか?」
そう悪いことではないように思えて拍子抜けしそうになったが、まだ気は抜かない。ルナ様がこんな表情をされているのには、何か理由があるはずなのだから。
「言葉どおりよ。前に、全部の魔力を解放するまであと三年かかるって言ったでしょ? あのときより確実に増えてる。もしこのままのペースで増えるようなら、最終的にディアナを超えるわ」
「姉様を!? ……それ、は……悪いことなのでしょうか?」
驚きはしたものの、私にとってはいいことのように思えた。姉様を魔力量で超えられるということは、姉様のお役に立てる機会が増えるかもしれないということだ。そうなのだとしたら、嬉しい、のだけど。
おずおずと問いかけた私に、ルナ様は「わからないわ」と答える。
「でも、明らかに異常ではあるの。抑える前のディアナは異常なくらいに魔力量が多かったけど、今頃になってそれを超える魔力量って……あんた、最近体に違和感あったりしない?」
「特に思い当たることはありませんが……」
「そう。ならまだよかったわ」
「セレネは大丈夫なんですか!?」
今まで静かに聞いていた姉様が、必死な顔でルナ様を見る。
「今はまだ大丈夫だけど、この先も大丈夫だとは限らないわね。抑えていた魔力を解放し始めてから、もともとセレネの……っていうか、あんたたちの魔力は不安定になってるのよ。そこに、予想外の増大ときた。それもかなりのね。危険な状態なのは明白だわ」
そんな、と青ざめる姉様。その後ろでは、エリクも難しそうな顔をしていた。
……危険な状態、か。魔力不足と違い、魔力過多がどうなるのかはよくわからないが、最悪死ぬ可能性もあるのかもしれない。
つまりは、器のようなものに入っていた魔力を、ルナ様が今までぎゅうっと抑えていて、その力を少しずつ少しずつ緩めていたけど、量がいきなり増え始めたせいで器そのものが壊れそう……とか。そういう感じの状況、なんだろうか。……それだと、壊れた後の魔力はどうなる? これ、私が死ぬ死なない以上の問題なのかもしれない。そう思うと、ぞわりと寒気が走った。
不安な顔をする私たちに、ルナ様は不敵に笑ってみせる。
「ま、安心しなさい。あたしを誰だと思ってるの? これくらいどうにかできなくて、何が女神って話よ。この頃のごたごたはすっかり解決したし、全力でセレネのサポートにあたる。下手したらこの世界の危機なわけだし、誰も文句は言わないでしょ。ああもちろん、ディアナのほうだって気は抜かないわよ」
や、やっぱり世界の危機だったんですね……!? 話が大きくなりすぎて実感がわかないが、ルナ様がこうも自信たっぷりにおっしゃるということは、何とかできるということだろう。
隣にやってきた姉様が、心配そうに私の手を握った。温かくて柔らかい、握られているだけで安心する手。……思っていた以上に、いきなり言われた事実に恐怖していたらしい。今やっと、体の力がふっと抜けた。
ありがとうございます、と姉様に微笑んで、視線をルナ様に戻す。
「それでまず、今日は先月よりも多く解放するわ。あのときは大分つらそうだったから、本当は今日は控えめにしたかったんだけど……悪いわね。まあ、そろそろ耐性もついてきただろうし、たぶん大丈夫だと思うわ。もし駄目だとしても、数日体調崩す程度よ」
「姉様の誕生日に体調を崩すなんて嫌なんですが!?」
姉様の誕生日は明後日だ。プレゼントはもう買ってあるとはいえ、当日に万全の体調で祝えないなんて嫌すぎる。嫌だと言っている場合ではないのはわかっているが、つい文句を言ってしまってはっと口をつぐむ。
「も、申し訳ありません……」
「……悪いけど、あんたに拒否権はないわ。――どうにも嫌な予感がするのよ。上手くは言えないんだけど」
眉根を寄せてつぶやくルナ様に、また不安になる。
……さっきルナ様は、世界の危機かもしれない、とおっしゃった。けれどたぶん、今の『嫌な予感』とはそれとは違うのだろう。
「女神の予感って当たるのよねぇ。いい予感も悪い予感も」
気づけば隣にはエリクも来ていて、姉様とは反対の手を握られた。
……うん。私が不安がっていると、ますます二人に心配かけちゃう、よね。
目を瞑って、深呼吸をして。二人の手をぎゅ、と握らせてもらってから、目を開ける。
「それから、明日からほんの少しずつ、毎日魔力を解放していくわ」
「毎日、ですか?」
「ええ。ただし、あたしは満月の夜にしかここには来られない。この距離だったら解放する量も細かく調整できるんだけど……さすがにあんな離れた場所じゃ、ほんのちょっとだけ解放するのが精一杯だわ。だから毎日、あんたが寝てる間にちょっとずつね」
……毎日、魔力量が増えるのか。かなりきついだろうが、泣き言は言っていられない。受け入れるしかないし、耐えるしかないのだ。
二人に心配させないためにも、怯むことなくルナ様を見つめ返す。
「明日から覚悟しなさい。まあまずは、今日を乗り越えることが大事だけど、ね」
力強くうなずいた私に、ルナ様はふっと笑って……そして、少し表情を曇らせた。まだ何か気がかりなことがあるんだろうか。
ルナ様は何も言わず、ただ私を手招きした。姉様たちとの手を離して近寄れば、こつん、といつものように合わせられる額。けれどいつもとは違い、ルナ様はふわりと私を抱きしめた。
「ル、ルナ様?」
「無理して意識を保とうとしないように。心の準備はいい?」
え、そ、そこまでなんですね……!?
ごくりと唾を飲み、「はい」と答えて体を硬くする。今回はどれくらいきついだろうか。……できれば本当に、明後日の姉様のお誕生日には、万全の体調で臨みたいのだけど。
耳元にルナ様の唇が寄せられる。
「――」
そして。
いつものそれが聞こえた瞬間、私の意識は途絶えた。




