第六話:【玉座】―副会長の降臨と、絶対領域の相殺―
「もういい。雑兵をいくら送ったところで、あの『バグ』の底は見えん」
夕闇が迫る放課後。中央講堂の前庭に、重々しい足音が響いた。
取り巻きの生徒会役員たちを従え、優雅に歩み寄ってくる男――生徒会副会長、皇 鳳介。
その手には、学園に数台しか存在しない最高スペックのSランクデバイス『ルシファー』が握られていた。
「皇……副会長……!?」
頼斗は弾かれたように身を構えた。
二度の刺客を退けた頼斗だったが、目の前の男から放たれるプレッシャーはこれまでの2年生とは次元が違っていた。
「小鳥遊頼斗。君の『ログ無し(ノープロンプト)』による連勝劇、実に見事だ。だが――学園の管理システムを脅かす不確定要素を、これ以上野放しにはできない」
鳳介が優雅に指を鳴らす。
瞬間、審判教員が蒼白な顔で駆け寄り、端末を操作した。
『生徒会特別権限行使。両者端末接続――学内公式デュエル、承認(APPROVED)。制限時間15分』
「ひっ……!?」
周囲に展開されたのは、通常のホログラム障壁ではない。生徒会直属のデュエルでのみ使用される、外部からの干渉を完全に遮断する漆黒の『高密度多層障壁』。
「ボクの『ルシファー』は、半径十メートルのプロンプト処理を強制的に支配(統制)する。君の種も仕掛けもない奇術が、この絶対領域で通じるかな?」
鳳介が『ルシファー』をかざすと、空間全体が紫黒色の領域に染め上げられた。
《領域構築プロンプト――【全域統制(絶対支配ドメイン)】》
「くっ……あ、頭が……っ!」
頼斗は激しい頭痛に襲われ、膝をついた。
脳内に直接ノイズを叩き込まれているような感覚。思考を巡らせようとした瞬間、その思考の波形そのものが『ルシファー』の領域によって乱され、分解されていく。
(思考が……まとまらない……! 『Z.E.U.S.』の命令が……作れない……!)
「ハハハ! 思考直結のカラクリは分からんが、脳波の伝達そのものをこの領域で乱せば、君はただの『声の出せないFランク』に戻るというわけだ!」
鳳介の冷酷な嘲笑が響く。制限時間15分。だが、頼斗には反撃のイメージを結ぶことすら許されない。
「終わりだ、不確定要素。消え去れ」
鳳介が腕を掲げると、多重展開された巨大な紫黒の光弾が頼斗へ向けて照準を合わせる。
《プロンプト認識――【滅びの審判】》
視界を埋め尽くす圧倒的な破壊の光。
頼斗の意識が激痛と恐怖で遠のきかける。
(駄目だ……思考が乱されて……消すイメージが……作れない……!)
その時。
『……マスター』
いつもは能天気なジウスのボイスが、聞いたこともないほど静かで、冷徹な「機械音声」へと変わった。
[ EMERGENCY MODE: BRAIN NOISE CANCELLER ]
[ OVERRIDE DOMAIN: Z.E.U.S. UNLIMITED ]
ビキキキキッ――!
頼斗の手にあったバキバキのスマホから、全波長を塗りつぶす純白の「絶対静寂」が放射された。
鳳介の構築した紫黒の絶対領域が、ガラスが割れるような音を立てて一瞬で粉々に砕け散る。
「なっ……何事だ!? ボクの統制領域が……相殺されただと!?」
鳳介が絶句した。
思考を乱していたノイズが消え去り、頼斗の意識がクリアに澄み渡っていく。
頼斗はゆっくりと立ち上がった。
バキバキに割れた画面の奥で、真のシステム名 Z.E.U.S. の文字が神々しい黄金の光を放っている。
(僕の思考を……邪魔しないで)
思考発動(Zero-delay)。
(消えて。そして――弾けて)
[ EXECUTION COMPLETE: 0.000s ]
ドカァァァンッ!!
鳳介の放った絶大な光弾が、一瞬で「消失」した。
そして次の瞬間、遅延ゼロで撃ち出された衝撃波動が、鳳介のSランク端末『ルシファー』の強固な防御壁をダイレクトに貫通する。
「ぐはぁっ!?」
鳳介の身体が宙を舞い、漆黒の多層障壁に猛烈な勢いで叩きつけられた。
Sランク端末は火花を散らしてショートし、2年生の頂点に立つ男が、白目を剥いて床に崩れ落ちたのだった。
[ WINNER: YORITO TAKANASHI ]
静まり返る講堂の前庭。
あまりの光景に、取り巻きの生徒会役員たちも、審判教員も息をすることすら忘れていた。
「はぁ……はぁ……っ」
頼斗が肩で息をつきながら倒れ込みそうになったその瞬間、柔らかな手がその身体を受け止めた。
「よく頑張ったね、頼斗」
白波葵だ。
葵は倒れた鳳介を一瞥すると、その瞳に底知れぬ狂気の光を宿した。
(副会長すら……頼斗の相手にはならなかったね。……でも、頼斗をこんなに追い詰めるなんて)
葵の手元で、漆黒の端末『ファントム』が怪しく明滅する。
(やっぱり、この学校は壊さなきゃ駄目だ。頼斗とボクだけの……誰も邪魔できない世界を作るために)
生徒会の副会長すらも粉砕した頼斗の『Z.E.U.S.』。
だが、その圧倒的な勝利と引き換えに、幼馴染・葵の内に潜む『H.A.D.E.S.』の覚醒が、いよいよ決定的なものとなろうとしていた。




