第五話:【泥濘】―三十分の絶対領域と、神速の閃光―
「Fランクの怪物を炙り出すには、相応の『罠』が必要でね」
放課後の第一特別リング。周囲を鉄格子状のホログラム障壁が厳重に囲んでいた。
頼斗の目の前に立ちはだかるのは、2年生トップランカーの一角――神条 錬牙。2年生ランク第3位、使用端末は重装甲型のB+ランク『ヴァルカン』。
「生徒会から『十五分から三十分の長期戦に持ち込め』と命じられてな。お前の『瞬間発動』には種があるはずだ。プロンプトの隙を突く不意打ち……なら、最初から無敵の城に籠もればどうなる?」
『申請受諾。両者端末接続確認――学内公式デュエル、承認(APPROVED)。制限時間30分』
審判教員の声とともに、神条の頭上に巨大な防御プロンプトが多重展開された。
《プロンプト認識――【金剛神域】発動》
ガキンッ! と重厚な音が響き、神条の全身が層を成した超高密度のホログラム装甲に包まれる。
攻撃を一切行わず、ただ三十分間の時間切れによる『残存パラメータ判定勝利』を狙う、完璧な泥沼の耐久戦術。
「ハハハ! これで俺の防御強度は学園随一だ! お前の正体不明の奇襲も、この『絶対不可侵』を突破できなきゃ判定でお前の負けだ!」
(判定負け……っ!)
頼斗は両手でバキバキのスマホを固く握りしめた。
相手は攻撃してこない。ただ圧倒的な防御壁の奥で嘲笑っている。
『Z.E.U.S.』の思考直結(Zero-delay)は圧倒的だが、頼斗自身は「何を出力すればこの巨大な城を崩せるのか」という戦闘経験が圧倒的に不足していた。
時間の経過を示すカウントダウンが容赦なく削られていく。
[ REMAINING TIME: 24:15 ]
[ REMAINING TIME: 18:30 ]
(どうしよう……! 相手の装甲が厚すぎて、消すイメージが湧かない……! 思考が曖昧だと、『Z.E.U.S.』でも出力がブレちゃう……!)
「どうしたFランク! 制限時間はあと十分だぞ! 声も出さずに震えてるだけか!?」
焦りで頼斗の額から冷や汗が流れる。
三十分という制限時間が、じわじわと首を絞める投げ縄のように頼斗の精神を削っていく。
[ REMAINING TIME: 05:00 ]
残り時間、わずか五分。
観客席の生徒たちから「なーんだ、やっぱり時間稼がれたら何もできないじゃん」「Fランクのハッタリか」と落胆の声が漏れ始める。
だが、極限の焦燥の中で、頼斗の思考は逆に冷たく研ぎ澄まされていった。
(イメージが湧かないなら……『城を壊す』んじゃない)
(あの装甲の……『分子の隙間』を、ただ通すんだ)
頼斗は目を閉じた。
相手の巨大な装甲、高密度のプロンプトエネルギー。そのすべてが『Z.E.U.S.』の解析視界の中で、ただの数値へと還元されていく。
ビキッ――。
スマホのヒビ割れた画面から、漆黒と赤のデジタルノイズが溢れ出した。
[ SYSTEM: Z.E.U.S. FULL OVERRIDE ]
[ TARGET: AEGIS DEFENSE - ATOMIC PENETRATION ]
[ Direct Brain Synchronized: 120% ]
「な、なんだ……!? 端末のノイズが……!?」
神条が怯えたように後ずさる。
頼斗はゆっくりと目を開けた。そこには、泣き虫な中1男子の面影はない。
思考発動(Zero-delay)。
言葉はいらない。プロンプトの詠唱も、構成時間もゼロ。
(透過して――中心を叩け)
[ EXECUTION COMPLETE: 0.000s ]
ドッ……!!!!
空間が、歪んだ。
頼斗の指先から放たれたのは、破壊の力ではない。神条の『金剛神域』を構成するプロンプトの隙間を、完全に「すり抜ける」干渉波動。
「なっ……!? 装甲が……威力を殺してない……!? 貫通して――」
神条が叫ぶ猶予すら与えられなかった。
絶対の防御を誇る重装甲の内側、神条の胸元で直接ショックウェーブが炸裂する。
ズドォォォンッ!!
「がハッ……!?」
外側のバリアは一切傷つかないまま、内部の神条だけが激しい衝撃を受けて崩れ落ちた。
ホログラムの城が霧のように霧散し、神条は白目を剥いてリングに伏した。
[ REMAINING TIME: 02:15 ]
[ WINNER: YORITO TAKANASHI ]
「……はぁ、はぁっ……!」
頼斗は膝から崩れ落ち、荒い息を吐いた。
三十分の耐久戦を、残り二分で『概念の貫通』という次元違いの思考出力で粉砕してみせたのだ。
静まり返るリング。
審判教員は震える手で端末を握りしめ、二度目の [ NO PROMPT LOG ] を見つめて絶句していた。
「頼斗ぉっ!」
障壁が消えた瞬間、可憐な影が飛び込んできた。
白波葵だ。彼女は頼斗の小さな体を強く抱きしめ、その首筋に顔をうずめる。
「すごかったよ、頼斗……! 本当に、本当にかっこよかった……!」
歓喜の声を上げる葵。
だが――頼斗の背中に回された葵の指先が、怒りで白く強張っているのを頼斗は知る由もなかった。
(頼斗をこんなに疲弊させて……三十分も苦しめた『上層部』……絶対に許さない)
葵のポケットの中で、Aランク端末『ファントム』の画面が禍々しく赤黒く光る。
頼斗が『Z.E.U.S.』の力を魅せるたびに、葵の内に潜む『H.A.D.E.S.』の歪んだ支配欲が、着実にその産声を上げていた。




