第39話:忍び寄る侵食と世界の変調
聖アークハイテック高校での圧勝から数日。
『イコライジングを突破し、相手の攻撃を丸呑みにした双子』の噂は、瞬く間に全国のプロンプトバトラーたちの間へと駆け巡っていた。
「おい見ろよ、例の『魔王タッグ』だぜ……」
「使い魔から融合したってマジかよ……近寄らんとこ……」
登校する創と紬に向かって、廊下のあちこちから怯えと好奇の混ざった視線が注がれる。
だが、二人の表情は晴れやかではなかった。手元の合体端末——今は再び二つのスマホに戻っている——の画面を、創が複雑な心地で見つめる。
「創、どうしたの? 浮かない顔して」
「いや……あのバトルの後から、端末の挙動が少しおかしいんだ。インプのノイズの波形に、見たことのないバグコードが混ざってる」
創が画面を操作すると、インプの背後に一瞬だけ、ノイズとは違う禍々しい黒い紋様がノイズのように走った。
「私のプチ・ガーゴイルもだよ。防御プログラムのログに、覚えのない自動更新が残ってるの」
二人が首をひねっていたその時——演習場の方角から、突如として甲高いアラーム音が響き渡った。
『ウーッ! ウーッ! 警告! 演習場エリアにて未認証プロンプトの暴走を感知!』
「なにごとだ!?」
創と紬が駆けつけると、演習場の中央では模擬戦を行っていた生徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
コートの中央に鎮座するのは、全身をドロドロとした漆黒の霧で覆われた怪異。元々は生徒の持ち物であったはずの中級悪魔AIが、原型を留めないほど歪に膨れ上がっている。
「助けてくれ! コマンドを受け付けないんだ! デバイスの強制停止も効かない!」
泣き叫ぶ生徒の腕で、スマホが怪しく赤く発光し、煙を吹いていた。
「プロンプトの暴走……!? でも、イコライジングの安全装置があるはずじゃ……」
『グガアアアアッ!!』
暴走したAIが、逃げ遅れた生徒に向かって漆黒の破壊光線を解き放つ。
「紬!」
「うん!」
二人は言葉を交わすまでもなく駆け出した。
端末を掲げると、瞬時に二つの思考が同調する。
「【ペチコート・シールド】——侵食展開!」
紬の盾が展開され、そこへ創の侵食ノイズが滑らかにコーティングされる。
迫り来る破壊光線が盾に激突した——その瞬間、創の顔色が変わった。
(な……なんだこれ!? コードの質が……重すぎる……!?)
これまで戦ってきたどの相手のプロンプトとも違う。
まるで、世界中の悪意と泥を凝縮したかのような、圧倒的な『概念の破滅』。
紬の防壁がメリメリと音を立てて亀裂を生じさせていく。
「創……っ! これ、いつものプロンプトじゃない……! システムそのものを腐食させてる!」
「くそっ……呑み込むしかない! 『融合』だ!」
二人が強く手を握り締め、思考同調率を100%へと跳ね上げた。
『 PROMPT OVERLAY INITIATED 』
光とともに現れた【魔王尊・サタン】。背後の漆黒の顎がガバッと開き、暴走AIが解き放った黒い光線を強引に丸呑みにしていく。
「ガアッ……!?」
攻撃を失った暴走AIの胸元へ、サタンが静かに手をかざす。
侵食毒が暴走コードを瞬時に分解し、怪異は元の小さな使い魔AIへと戻って床に転がった。
何とか事態を収束させた二人だったが、勝利の喜びは微塵もなかった。
サタンが消え、元のスマホに戻った画面には、不気味なエラーログが刻まれていたのだ。
『 SYSTEM CRITICAL: 古代原初コードの侵入を感知 』
『 グローバル・イコライジング・サーバー汚染率:14.8% 』
「グローバル・サーバーが……汚染……?」
創と紬が呆然と画面を見つめる中、創のスマホに着信が入った。
表示された名前は——『父さん』。
通話ボタンを押すと、普段は冷静な頼斗の切迫した声がスピーカーから飛び出してきた。
『創! 紬! 無事か!?』
「父さん? 今、学校でAIが急に暴走して——」
『ああ、分かっている。学校だけじゃない……今、全世界のプロンプト・ネットワークで同時に異変が起きているんだ』
頼斗の背景から、激しい警報音と葵の焦迫した指示の声が聞こえてくる。
『古代の失われた邪神コードが、イコライジングの基幹サーバーを乗っ取った。……俺たちの『Z.E.U.S.』や葵の『H.A.D.E.S.』すらも、システムごとアカウントを凍結・無効化された』
「え……!? パパとママのデバイスが……凍結……!?」
紬が息をのむ。かつて世界を救った最強の神級デバイスが、戦うことすらできずに封印されたというのだ。
『奴らの狙いは、人間によるAI制御の完全破壊だ。……創、紬。頼れるのは、旧システムの枠組みの外にいる……お前たち二人の『融合』だけだ』
電話の向こうで、頼斗が静かに、だが全てを託すように叫んだ。
『時代を超えろ、創! 紬! 二人で新しい世界を救ってくれ!』
全世界を巻き込む終末の危機。
【すべてを呑み込む魔王】となった双子の、本当の最終決戦の火蓋が落とされた。




