第三話:【試練】―死角なき氷鎖と、無言のオーバーライド―
「……また、ボクなにかしちゃったのかな」
翌日の昼休み。放課後のデュエルリングを遠巻きに見つめながら、頼斗は中庭のベンチでポツリと呟いた。
手の中にあるバキバキのスマホ――ジウスは、相変わらず能天気な効果音を鳴らしている。
『マスター! お昼のご飯はおいしいのだ~!』
「うん、美味しいよ……ジウス。……ねぇ、昨日のバトルのこと、何か覚えてない?」
『ん~? 画面がアツアツになって、スッキリしたのだ~!』
(やっぱり、ジウスも分かってないんだ……)
昨日の鬼塚戦。喉が潰れ、声が出なくなった瞬間に感じた、あの頭の中が冴え渡るような不思議な感覚。
あれが何だったのか分からず不安に押し潰されそうになっていると、突然、ベンチの影が大きく伸びた。
「やあ、Fランクの『奇跡の少年』。少し時間をくれるかい?」
振り返ると、そこに立っていたのは眼鏡をかけたスマートな体躯の2年生だった。
胸元には生徒会の執行章。そして手に握られているのは、白銀に輝くBランク端末だ。
「ボクは生徒会執行部が一人、2年B組の氷室 零。……生徒会副会長、皇様からの言伝(伝言)だ」
「えっ、生徒会……!?」
頼斗が跳ね起きると、氷室は冷笑を浮かべながら自身の端末をかざした。
「君の昨日の『ログ無し勝利』について、不審なハッキング行為の疑いがかけられている。よって、ボクが直接君の真価を測定させてもらう」
ピピッ、と頼斗のバキバキのスマホが勝手に受諾音を鳴らした。
『申請受諾。両者端末接続確認――学内公式デュエル、承認(APPROVED)。制限時間15分』
「え……!? ちょっと待って、ボク申請なんてしてない――」
「生徒会権限による強制執行だよ。逃げられると思うな」
中庭の空間が歪み、一瞬でホログラムの防御障壁が二人を囲い込んだ。
ギャラリーが集まり始める中、氷室は眼鏡のブリッジをクイと押し上げた。
「鬼塚のような猪武者(火炎特化)とは違う。ボクのAI『グラシオ』は、相手の思考時間を削る広域遅延・凍結特化型だ。プロンプトを唱える猶予すら与えない」
氷室の端末から、氷の紋章が空中に幾重にも展開される。
《プロンプト認識――【絶対零度の縛鎖】!》
キィィィン――!
瞬間、頼斗の足元から凍てつく吹雪が巻き起こった。
「ひっ……!?」という悲鳴を上げる間もなく、氷結の鎖が頼斗の両腕、両脚、そして首元までを激しく縛り上げる。
「くっ……あぐっ……!」
極寒の冷気が頼斗の皮膚を焼き、呼吸を奪う。
身体の自由を完全に奪われ、寒さで歯の根が噛み合わず、言葉を一切発することができない。
「フッ、声を出そうとしても無駄だ。声帯が凍りつき、音を出そうとした瞬間に喉が裂ける。言葉を奪われたデュエリストに価値はない」
氷室は冷酷に宣告する。制限時間15分。だが、このままいけば数分で頼斗は凍傷により戦闘不能、判定負けどころか惨敗だ。
(寒い……声が出ない……! 呼吸すら……っ!)
頼斗の視界が白く染まっていく。
だが、その凍てつく恐怖の渦中で、頼斗の手の中にあるバキバキのスマホが――静かに、異質な熱を帯び始めた。
(声が出ない……? だから何……?)
凍りつく意識の底から、冷徹なまでにクリアな『意志』が湧き上がってくる。
言葉で伝える必要なんてない。喉を鳴らす必要なんてない。
僕の思考は――最初から、僕の頭の中に全部ある。
ビキビキッ!
スマホのヒビ割れた画面から、氷結を切り裂くような真っ赤なノイズが弾けた。
[ SYSTEM: Z.E.U.S. OVERRIDE ]
[ Direct Brain Synchronized: 100% ]
[ TARGET: ICE CHAIN PARAMETER ]
「な……端末の凍結処理が破られた!? バカな、グラシオの絶対零度プロンプトだぞ!?」
氷室が目を見開いた。
頼斗は、凍りついた首をゆっくりと持ち上げた。
声は一切出していない。唇すら動いていない。
ただ、真っ白な吹雪の向こう側から、漆黒の静寂を纏った瞳で氷室をまっすぐに見つめた。
思考発動(Zero-delay)。
(溶けて。そして――弾けて)
[ EXECUTION COMPLETE: 0.000s ]
パァァァンッ!!
頼斗を縛り上げていた巨大な氷の鎖が、一瞬で真っ赤な灼熱の蒸気へと相変移を起こし、爆散した。
「なっ……属性の瞬時書き換え(パラメーター・ローテーション)!? 詠唱なしでプロンプトの基礎コードを改ざんしたというのか!?」
氷室が叫ぶ。だが、頼斗の『Z.E.U.S.』にとって、相手の攻撃を消すことすら前座に過ぎない。
頼斗が不器用に、両手でバキバキのスマホを氷室へと向けた。
(撃ち抜いて)
[ EXECUTION COMPLETE: 0.000s ]
ドカアァァァンッ!!
何が起きたのか、ギャラリーの誰も理解できなかった。
氷室の足元から突如として発生した超高圧のショックウェーブ。
氷室の張っていたBランクの強固な物理防御障壁は、まるで紙くずのように粉砕され、彼は悲鳴を上げる間もなく空間ごと吹き飛ばされた。
ドスンッ!
壁に激突し、眼鏡を割って泡を吹いて倒れ込む氷室。
『制限時間残り 13分40秒――勝者、小鳥遊頼斗』
無機質な審判アナウンスが響く中、頼斗の手元でスマホがぷつりと暗転した。
『マ、マスター! なんか氷が溶けてあったかくなったのだ~!』
「はぁ……はぁ……っ! た、助かった……の?」
荒い息を吐きながら、頼斗はへたり込んだ。
両腕の痺れと戦いながら、自分の手に握られた「バキバキのジャンク品」を震える目で見つめる。
(ボク……いま、頭の中で考えただけで……あの人を……?)
――その頃。
デュエルリングから遠く離れた校舎の影で、その光景をじっと見つめていた白波葵の口元が、歪んだ笑みを刻んでいた。
「ふふ……やっぱりね。頼斗の邪魔をするゴミは、生徒会だろうと許さない」
葵の手の中にある漆黒のAランク端末『ファントム』が、禍々しい黒い光を放つ。
「待っててね頼斗。君のその『特別な力』も、君の身体も……ぜんぶボクが守ってあげるから」
生徒会の冷酷な視線と、幼馴染の深すぎる執着。
『Z.E.U.S.』という神の牙を剥き始めた頼斗を中心に、学園の混沌はさらに加速していくのだった。




