第二話:【エラーログ】―神の痕跡と生徒会の視線―
「……判定を出せ! 早くしろ!」
第3デュエルリングの静寂を破ったのは、観客席からの罵声でも歓声でもなく、倒れ伏す鬼塚のイグニスが上げた残響音だった。
審判教員――神楽坂の手が、微かに震えていた。
彼の手元にある審判用管理端末。その液晶画面には、本来であればバトルの始まりから決着までのすべてのデータ――プロンプトの発動時間、文字列、消費メモリ、属性パラメータの変化――が時系列でズラリと記録されるはずだった。
しかし、画面の中央に浮かんでいるのは、赤く点滅するエラーコードのみ。
[ SYSTEM ERROR: NO PROMPT LOG ]
[ RECORDED TIME: 0.000s ]
[ CAUSE: UNKNOWN OVERRIDE ]
(ログが……存在しない……? 詠唱も、コードの展開も、処理の猶予すらなく……物理干渉のみが発生したというのか!?)
神楽坂は冷や汗を拭い、目の前でへたり込んでいる小柄な新入生――小鳥遊頼斗を凝視した。
ダボダボの制服の袖で涙を拭い、バキバキに割れたスマホを両手で頼りなく抱きしめている。どこからどう見ても、適性検査で『Fランク』を叩き出した、声の小さな怯えた少年に過ぎない。
(バグか? 端末の物理的破損による事故か……? だが、Cランクの鬼塚が一瞬で吹き飛ばされた事実は変わらん)
神楽坂は固い表情のまま、無理やり声を絞り出した。
「……勝者、小鳥遊頼斗! 試合終了!」
リングを覆っていたホログラム障壁が消え去る。
静まり返るギャラリーの隙間を縫うように、一人の少女が一直線に駆け寄ってきた。
「頼斗!!」
白波葵だ。
彼女は倒れ込んだ頼斗の前に膝をつくと、一切の躊躇なく頼斗の小さな体を強く抱きしめた。
「よかった……無事だったんだね、頼斗! 怖かったでしょう、痛かったでしょう……!」
「あ、葵ちゃん……ううん、ボク、なんかよく分からなくて……」
「いいの、もう何も言わなくていいよ」
頼斗の肩に顔をうずめる葵。
その優しく背中をさする手の内側で――葵の瞳が、チラリと壁際に倒れている鬼塚に向けられた。
(……頼斗を傷つけたゴミ)
葵の瞳から光が完全に消え、底知れぬ冷酷さが宿る。
葵の腰に下がった漆黒のAランク端末『ファントム』が、主の感情に同期するように微かに『ジ、ジ……』と怪しいノイズを吐いた。
(今回は頼斗が『何か』を起こして助かったみたいだけど……次からは、ボクが全部排除してあげる。頼斗の手を汚させるわけにはいかないものね)
「さ、帰ろう頼斗。ボクが美味しいものでも作ってあげるからね」
「うん……あ、ありがと、葵ちゃん……」
葵に手を取られ、庇われるように歩き出す頼斗。
その二人の後ろ姿を、離れた校舎の3階テラスから見下ろす二つの影があった。
聖プロンプト学園・生徒会室。
洗練されたモダンな室内で、大型のホログラムモニターに先ほどの第3リングの映像がスロー再生されていた。
「――ほう。『ログ無し(ノープロンプト)』か」
革張りのソファに深く腰掛け、優雅に紅茶のカップを傾ける男。
生徒会副会長であり、2年生の頂点に君臨するAランクランカー、皇 鳳介だ。
「神楽坂教員から提出された端末ログの解析結果も同様です。発動の兆候ゼロ。プロンプトのテキスト変換データゼロ。にもかかわらず、相手の属性攻撃を打ち消し、直後に空間爆破を発生させています」
モニターの傍らに立つのは、生徒会書記の黒部 リオン(くろべ りオン)。
彼女の手元で、頼斗のデータがホログラムとして展開される。
「小鳥遊頼斗。1年C組。適性検査はFランク。使用端末は貸与時の事故で破損したP-Phone……通称ジャンク品です」
「Fランクのジャンク持ちが、Cランクのイグニスを一瞬で粉砕した、か。……フッ、愉快だな」
鳳介は薄い唇を吊り上げ、画面の中で怯える頼斗の姿を細めた目で見つめた。
「学園のAIシステム(システム・プロンプト)の根幹を揺るがす不確定要素だ。もしこれが偶然ではなく、未知のハッキングやイレギュラーなAIによるものだとしたら……放置するわけにはいかんな」
「監視対象に指定しますか?」
「いや、監視だけでは手ぬるい。試すんだよ」
鳳介はカップをソーサーに置くと、冷徹な笑みを深めた。
「中学生になって数ヶ月、デュエルの楽しさに酔いしれている連中はごまんといる。……『Fランクの奇跡』を確かめたがる威勢のいい2年生を、何人かあの少年にぶつけてやれ」
「承知いたしました」
「小鳥遊頼斗……君のそのバキバキの端末の中に、一体何が潜んでいるのかな?」
学園上層部の冷ややかな思惑が動き出したことなど知る由もなく、頼斗は葵に手を引かれながら、まだ手の中で静まり返っている『ジウス』の画面を、不安そうに見つめるのだった。




