第一話:【Z.E.U.S.】―無言の神速起動―
「本校――私立聖プロンプト学園において、君たちに求められるのは学力や運動神経ではない。『言語』と『思考』によるAIとの対話力だ」
教頭の冷淡な声が、体育館の静寂に響き渡っていた。
壇下に並ぶ新中学一年生たちの間に、ざわめきと動揺が広がる。
「本日より、君たちにはAI端末が貸与される。そして本校では、教員による『承認(APPROVED)』のもと、日常的な学内デュエルを全面的に認める。時間制限は十五分から三十分。決着がつかぬ場合は審判教員の判定とする――お前たちももう中学生だ。小学生までの『遊びのAI』は、今日この瞬間を以て終わりと思え」
(デュエル……? 日常的にバトルをするなんて、そんなの聞いてないよ……)
制服の袖口を両手で強く握りしめ、小鳥遊頼斗は身を縮こませた。
ダボダボの制服に包まれた小柄な身体は、周りの新入生と比べても一回り小さく、まだ小学生の面影が色濃く残っている。先月までは、みんなで放課後に集まって平和にAIアプリで遊んでいたはずだった。
「……大丈夫だよ、頼斗」
隣から、すっと柔らかい手が伸びてきて頼斗の手を包み込んだ。
幼馴染の白波葵だ。穏やかな笑顔を浮かべる葵の存在に、頼斗はほっと息を吐く。
「ボクがついてるからね。頼斗に嫌な思いはさせないよ」
だが、頼斗たちの安心は長くは続かなかった。
入学式の直後に執り行われた『適性検査(AI同調度測定)』。それが、頼斗を絶望の底へと叩き落とした。
「声量が足りん! 活舌も劣悪だ! ブレイン波の微細なブレを修正できていないぞ!」
頭にヘッドセットを装着された頼斗は、あまりの緊張に声が掠れてしまい、エラー音を何度も鳴らしてしまった。
審判教員は呆れたように息を吐き、端末の画面に冷酷な評価を打ち込む。
『測定不能:RANK F』
「……Fランク。デュエリストとして最低限の喉も作れていないとはな」
周囲の新入生たちから、クスクスというあざ笑う声が漏れた。
続く『デバイス貸与(ランダム抽選)』でも、更なる悲劇が頼斗を襲う。
適性評価に応じて配分される倉庫の配布機。ガシャン、と重い音を立てて吐き出されたのは――
「え……?」
画面全体にクモの巣のような激しいヒビが入り、角が削れたボロボロのスマートフォン(P-Phone)だった。
「せ、先生、これ……画面がバキバキで割れてるんですけど……」
「Fランクに回す正常な予備端末などない。不服ならデュエルで戦績を上げ、自力で買い替えるんだな」
教員に冷たく突き放され、頼斗は泣きそうになりながらバキバキのスマホを抱えた。
液晶の亀裂と浮いた保護シールのせいで、端末裏に刻印された文字は途切れ、かろうじて『J U S』――ジウスとしか読めない。
『マ、マスター! よろしくなのだ~! 今日からよろしくな~!』
割れたスピーカーから響くのは、能天気で頼りないボイス。
(ボクの適性がFランクだから……こんなバキバキでポンコツなAIになっちゃったんだ……)
一方、隣の葵が引き当てたのは、漆黒に輝く最新鋭のスタイリッシュ端末。
測定結果は『RANK A』。周囲から歓声が上がるが、葵は自分の端末など見向きもせず、バキバキのスマホを抱えて震える頼斗を見つめていた。
その瞳の奥で、小さく黒い光が揺らめいたのを、誰も気づいていなかった。
「おいおいおい! 見ろよ、あのFランクのチビ! 画面バキバキのゴミ端末持ってるぜ!」
放課後。第3デュエルリングの周囲には、下校途中の生徒たちが人集りを作っていた。
頼斗の前に立ちはだかっていたのは、2年生の鬼塚錬だ。制服を着崩した大柄な男で、手にはCランクの赤色端末が握られている。
「ほんの1年前までは俺たちもガキだったがなぁ、中学に入ったらバトルが全てなんだよ! 社会勉強として、デュエルの怖さを教えてやるよ!」
「や、やめてよ……ボク、デュエルなんてしたことないのに……!」
頼斗が後ずさりすると、リングの脇に立つ審判教員が冷淡に端末を操作した。
『申請受諾。両者端末接続確認――学内公式デュエル、承認(APPROVED)。制限時間30分』
「ひっ……!?」
ウィーンと音を立ててリングの周囲にホログラムの防御障壁が展開される。退路は断たれた。
「ヒハハ! 灰になりな、チビ!」
鬼塚が腕を掲げると、空中に鮮やかな火炎のホログラムプロンプトが展開された。鬼塚のAI『イグニス』が高速で入力を認識していく。
《プロンプト認識――【紅蓮の咆哮】発動!》
ドガァァァンッ!!
「あぐっ……!?」
直撃こそジウスの微少な物理干渉で逸らしたものの、猛烈な爆風が頼斗の小柄な身体を叩きつけた。リングの壁に叩きつけられ、激しい熱風が頼斗の小さな喉を容赦なく焼き焦がす。
「ケホッ、カハッ……!」
喉が焼けるように熱い。声が出ない。息を吸い込むだけで喉に激痛が走り、言葉を紡ぐことができなくなった。
音声入力を基本とするAIバトルにおいて、声を失うことは完全なる「詰み」を意味していた。
「終わりだぁ! 次で炭にしてやるぜ!」
鬼塚の二打目――巨大な炎のプロンプトが構築され、眩い爆炎が頼斗の目の前まで迫る。制限時間30分など待つまでもなく、数秒後に頼斗は丸焦げになる。
(死ぬ――?)
視界が灼熱の赤に染まる。
恐怖で涙が溢れ出し、頼斗は声にならない悲鳴を上げながら、必死に手に持ったバキバキのスマホを握りしめた。
(ジウス……お願いだから……! あの炎を消して……! 助けて……!!)
――その瞬間。
ビキッ、とスマホの画面が激しく明滅した。
ヒビ割れた画面全体が、真っ赤なデジタルノイズ(ERR_OVERFLOW)に呑み込まれる。
画面上に並んでいた賑やかな音声入力UI、マイクアイコン、プロンプト欄――それら全てが「バシッ」と音を立てて一瞬で全消去された。
ガラスの亀裂の奥、文字化けしたコードが超高速でスクロールし、掠れていたログが書き換わっていく。
[ RANK: F ] → [ RANK: ??? ]
[ SYSTEM: Z.E.U.S. INITIALIZED ]
[ Direct Brain Synchronized ]
「……え?」
迫り来る巨大な爆炎の数センチ手前。頼斗は一言も発していない。口すら開けていない。
喉は潰れたままだ。
ただ、涙目のまま、まっすぐに目の前の炎を見つめた。
思考発動(Zero-delay)。
ズン、と世界の音が消えた。
次の瞬間、頼斗の数センチ前まで迫っていた巨大な火炎が――まるで「最初から存在しなかった」かのように、一瞬で消滅(パラメータゼロ化)した。
「は……? 魔法が、消えた……!? 詠唱もしてないのに!?」
鬼塚が目を剥いて狼狽する。
頼斗はただ、息を整えながら、思考の閃光を弾けさせた。
(消えて)
[ EXECUTION COMPLETE: 0.000s ]
ドカァァァンッ!!
プロンプトの遅延はゼロ。
鬼塚の足元の空間が突如として爆発した。
鬼塚は悲鳴をあげる暇もなく吹き飛ばされ、リングの外側の壁に激突して白目をむいて崩れ落ちた。
「………………」
静寂。
観客の生徒たちも、審判教員すらも凍りついている。
教員の端末にはプロンプトのログ(詠唱履歴)すら残っておらず、ただ [ SYSTEM ERROR: NO PROMPT LOG ] の文字が点滅していた。
直後、暗転したスマホの画面から、いつもの能天気な声が響く。
『マスター! なんか一瞬、画面が熱かったぞ~?』
「……ふぇ? い、いま何が起きたの……?」
ダボダボの袖で涙を拭いながら、頼斗はへたり込んだ。
自身の端末に眠る、神の名のシステム(Z.E.U.S.)の覚醒に、まだ誰も――頼斗自身すらも気づいていなかった。




