第20話:【異邦】―ネオンの眩暈と、迷宮街アガルタ―
「うわぁ……何これ、すごい……!」
フェリーを下り、連絡橋を渡った頼斗は、思わず声を漏らした。
国立統合プロンプト特区『アガルタ』。
目の前に広がっていたのは、日本のどの都市とも異なる異国情緒に満ちたサイバーパンクな都市風景だった。
九龍城砦を彷彿とさせる密集した高層建築群。その壁面を埋め尽くすのは、無数の言語で表示されるホログラム看板と、空中に浮かぶ色鮮やかなネオンのプロンプト装飾だ。
歩道には世界各地から集まった多様なデュエリストたちが交錯し、擦れ違うたびに彼らの端末から発せられる微弱なAI波形が、空気そのものをビリビリと震わせている。
「気をつけてね、頼斗。この街は街路のあちこちに『野良プロンプト(干渉領域)』が仕掛けられてるみたいだから」
葵は隣で頼斗の腕をきゅっと抱きかかえながら、周囲に鋭い視線を走らせていた。
制服の上から羽織ったパーカーのポケットの中で、新たな『ファントム(H.A.D.E.S.)』が小さく警告音を鳴らしている。
「うん……AIと街が、完全に融合してるんだね」
頼斗が感嘆しながら見上げると、ビルとビルの間を透過するホログラムの龍が優雅に泳ぎ去っていく。
聖プロンプト学園が「実験場」だとするなら、このアガルタは「AI都市の完成形」にして、無法地帯と最先端技術が混ざり合った巨大な迷宮だった。
「さあ、まずは神代さんが手配してくれた新拠点に行こう。確か……中央区の旧市街地(旧アガルタ街)にある雑居ビルだよね」
二人は賑やかなメインストリートを抜け、徐々に街の奥深く――迷路のように入り組んだ路地裏へと足を踏み入れていった。
露店からは見たこともない異国の料理の香辛料の匂いが漂い、頭上を通るモノレールの駆動音が重低音で響く。
「あ、頼斗! 見て、あのお店!」
葵が嬉しそうに指さしたのは、色鮮やかな焼き菓子を売る露店だった。
狂気の呪縛から解き放たれた葵は、路地裏の珍しい光景に目を輝かせ、子供のように頼斗の手を引っ張る。
「はいはい、葵ちゃん。拠点に着いて荷物を置いたら、後で買おうね」
「約束だよ? ボク、あの紫色のパフェみたいなやつが食べたいな」
ふふっと笑い合いながら歩く二人。
だが、目的地である「旧市街の雑居ビル」に近づくにつれ、周囲の人口密度は急激に減り、ネオンの光も暗く湿り気を帯びてきた。
「……ここだね」
辿り着いたのは、築数十年は経っていそうな、壁面に蔦が絡まる古い雑居ビル。
神代から渡されたホログラムカードをエントランスの暗証端末にかざすと、重々しい電子音とともに扉が開いた。
[ ACCESS GRANTED: WELCOME TO BASE 04 ]
最上階のリノベーションされた一室に入ると、そこには最新のAI解析モニターと、二人が寛げる広々としたリビングスペースが広がっていた。窓からは、アガルタの不夜城のような夜景が一望できる。
「すごい……神代さん、こんな立派な部屋を用意してくれてたんだ」
「ふふっ、元会長さんも案外気が利くね」
頼斗は荷物を降ろし、窓辺に寄って眼下に広がる輝く街並みを見下ろした。
手の中の『Z.E.U.S.』が、アガルタの街が放つ膨大なデータ波形に反応し、黄金の光を微かに脈動させている。
(この街のどこかに……【ポセイドン】や【ジェミニ】……そして『プロンプト・ネクロシス』がいる……)
「頼斗、何を考えてるの?」
葵が温かいお茶を二つ淹れ、頼斗の隣に並んだ。
「ううん……これからの戦いのこと。でもね、不思議と怖くはないんだ。葵ちゃんが隣にいてくれるから」
「ボクもだよ、頼斗。二人でアガルタの頂点、取っちゃおうね」
夜景の光を背に、二人は静かに微笑み合った。
異国の風が吹く迷宮都市アガルタで、頼斗と葵の新たな日常と、果てしない激闘の日々が幕を開けようとしていた。




