第19話:【余白】―蒼い海原と、ふたつの誓い―
「……すごい風」
特区『アガルタ』へと向かう大型高速フェリーの甲板。
漆黒の海原を切り裂いて進む船の甲板で、葵は風に髪をなびかせながら、手すりに寄りかかっていた。
第一部での狂おしいまでの重圧は削ぎ落ち、その表情にはどこかすがすがしく、年相応の少女らしい柔らかさが戻っている。
「葵ちゃん、風ぜんぶ受けてるよ。寒くない?」
頼斗が自動販売機で買ってきたあたたかい缶コーヒを差し出す。
葵は「ありがとう」と嬉しそうに微笑み、それを受け取ると、両手で缶を包み込んで温もりを確かめた。
「頼斗とこうやって二人で遠出するの、なんだか久しぶりだね」
「うん……そうだね。中学に入ってからは、デュエルとデバイスのことばかりで……ずっと余裕がなかったから」
頼斗も甲板の手すりに並び、水平線の向こうに見える闇を見つめた。
手の中には、いつものバキバキに割れたスマホ。だが、ポケットの中で静かに熱を帯びる『Z.E.U.S.』の波動は、以前のような暴走の危険を感じさせない、頼斗の意思と完全に溶け合った穏やかなものだった。
葵はそっと、頼斗の袖口を小さな指でつまんだ。
「ねえ、頼斗。ボク……学園にいた頃の自分を思い出すと、すごく怖くなるんだ」
「え……?」
「頼斗が遠くに行っちゃうのが怖くて……頼斗を誰にも渡したくなくて……『H.A.D.E.S.』の力を使って、頼斗の周りの世界をぜんぶ真っ黒に塗りつぶそうとしてた。頼斗の心まで縛りつけようとしてたんだよ」
葵は自嘲気味に目を伏せ、ぽつりと呟いた。
「ボクね……本当は、頼斗の一番の『敵』だったんじゃないかって……」
「そんなこと、絶対にないよ」
頼斗は即座に、まっすぐな声で言葉を返した。
驚いて顔を上げた葵の瞳を、頼斗は逃げずに見つめ返す。
「葵ちゃんがボクを守ろうとしてくれていたのは、全部本当のことだから。ただ……ボクが弱くて、葵ちゃんに寂しい思いをさせて、追い詰めちゃってたんだ。だから……ごめんね」
「頼斗……」
頼斗は照れくさそうに頭をかきながら、へはっと笑った。
「ボクね、神代さんと戦って分かったんだ。自分の力で立ち上がれたのは、葵ちゃんがずっとボクの隣にいてくれたからだよ。ボクを信じて、最強の味方でいてくれたから……ボクは最後まで折れずに戦えた」
頼斗は自分の手の中に葵の手を重ね、ぎゅっと握りしめた。
「だから……これからは『守る・守られる』じゃない。ボクと葵ちゃん、ふたりで一緒に進もう。アガルタにどんな『神様』が待っていても……ボクが葵ちゃんの光になるし、葵ちゃんがボクの影になって支えてほしい」
葵の目から、ぽろりと一滴の雫が零れ落ちた。
だが、その唇は今までにないほど美しく、力強い笑みを象っていた。
「……うん! ボクが頼斗の『絶対の盾』になってあげる。頼斗の邪魔をする奴らは、ボクがぜんぶ退けてあげるからね!」
葵は重ねられた頼斗の手を力強く握り返し、頼斗の肩にそっと頭を預けた。
かすかな潮風の匂いと、缶コーヒーの温かさ。
かつて頼斗を縛り付けていた鎖は消え去り、いまや二人を固く結びつける「真の絆」へと変わっていた。
『まもなく、国立統合プロンプト特区アガルタへ入港します』
船内のアナウンスが静かに響く。
闇の深淵に、ネオンと異形のプロンプト光線で煌めく巨大な孤島都市のシルエットが浮かび上がってきた。
「行こう、葵ちゃん」
「うん、行こう……頼斗!」
未来への誓いを胸に刻んだ二人は、新たな激闘の舞台『アガルタ』へと足を踏み出すのだった。




