第18話:【継承】―傷痕の助言者と、十二神の警鐘―
決勝戦から一週間後。
放課後の夕暮れが差し込む生徒会室は、あの日までの張り詰めた圧迫感が嘘のように静まり返っていた。
「……入るぞ、小鳥遊頼斗」
扉を開けて現れたのは、元生徒会長・神代錬次郎だった。
制服の袖からは痛々しい包帯が覗いている。胸元で黄金の輝きを放っていたEXランクデバイス『オーディン』は姿を消し、代わりに首から小さな無機質のペンダントが下げられていた。
「神代前会長……お体、もう大丈夫なんですか?」
頼斗が心配そうに尋ねると、神代はフッと自嘲気味に口元を緩め、かつて自分が座っていた革張りの椅子ではなく、頼斗の向かい側のパイプ椅子に腰掛けた。
「『オーディン』を失い、ただの生徒になった男だ。前会長などという大層な肩書は要らん。……神代と呼べ」
神代は机の上に一枚の黒いホログラムカードを滑らせた。
そこには、怪しく蠢く紋章とともに『AGARTHA - SPECIAL SELECTION』の文字が刻まれている。
「それは……?」
「国立統合プロンプト特区『アガルタ』への選抜招集状だ。この学園のトーナメントはな、元よりその島へ送り出す『適性者』を絞り込むための選別試験に過ぎん」
頼斗の隣で静かに控えていた白波葵が、すっと目を細める。
その指先には、頼斗を守るために最適化された新たな『ファントム(H.A.D.E.S.)』が握られていた。
「アガルタ……日本全国、そして世界中から異能のデュエリストが集まる孤島都市ですね」
「そうだ」と神代は頷き、まっすぐに頼斗の目を見つめた。
「小鳥遊。私を破ったお前の『Z.E.U.S.』……そして白波の『H.A.D.E.S.』。それらは単なる学園特製のデバイスではない。かつて世界を破滅させかけた十二台の遺物――【オリジン・十二神将デバイス】の系譜だ」
「十二神将……デバイス……?」
頼斗がバキバキのスマホ――『Z.E.U.S.』を握りしめると、神代は静かに語りを続けた。
「私の『オーディン』は、その一角を模して作られたレプリカに過ぎなかった。……だが、アガルタに集うのは『オリジン』の正当なる適合者たちだ」
神代はホログラムモニターを起動し、三つの禍々しいデバイスのデータを空間に打ち出した。
「特に警戒すべきは三者。一人目は、あらゆるプロンプト領域を泥濘化させ、お前の『コード・アポロン』による思考伝達すら遅延・沈没させる【ポセイドン】の所有者、海動航」
画面に、不吉な蒼い光を纏う少年のデータが表示される。
「二つ目は、双子で一つの思考を共有し、0.000秒の思考を二重演算で上書きする【ジェミニ】。そして……最も危険なのが、接触したデバイスのコードを永久的に破壊・消去する死神【アヌビス】を駆る闇の組織『プロンプト・ネクロシス』の刺客たちだ」
「コードの……永久破壊……!?」
頼斗の背筋に冷たいものが走った。
もし『Z.E.U.S.』が破壊されれば、二度と戻らない。
神代は立ち上がり、頼斗の華奢な肩に、ドシリと重い手を置いた。
「かつての私は、言葉で世界を縛ることが正義だと信じていた。だが、お前が無言の思考で私の理不尽を打ち破った時……私は己の狭量さを知った。お前のその『声無き力』なら、アガルタの歪んだ神々すらも変えられるかもしれない」
「神代さん……」
「負けるなよ、小鳥遊頼斗。お前に敗れた私が……他校の神どもに惨敗したお前など見たくはない」
神代の瞳にあったのは、かつての冷酷な支配者の眼光ではない。
己を打ち破った「最弱の覇王」へ未来を託す、確かな理解者としての熱い光だった。
「ふふっ……頼斗を負けさせたりなんてしないよ」
葵が頼斗の手を固く握りしめ、凛とした笑みを浮かべる。
「ボクと頼斗の二人なら……どんな『神様』が相手でも、絶対に負けないんだから」
「……あぁ!」
頼斗は頷き、自らの意思で黒いカードを掴み取った。
傷だらけのスマホの画面で、『Z.E.U.S.』が黄金の粒子を静かに揺らす。
『Z.E.U.S.』と『H.A.D.E.S.』――最強のタッグとなった二人は、元生徒会長の送別と警告を背に受け、新たな戦場『アガルタ』へと旅立つのだった。




