第十六話:【創世】―無言の概念改ざんと、最弱の覇王―
「――『世界よ、我が定義に従え』」
神代の朗々とした声がコロシアム全体に轟いた。
胸元のEXランク『オーディン』から解き放たれた過酷なまでに眩い黄金の光が、リングだけでなく空や観客席、そしてコロシアムの空気そのものを飲み込んでいく。
《空間絶対定義――【天地創造(創世プロンプト)】》
「な……なにが起きているんだ!?」
観客席の生徒たちが悲鳴を上げた。
ホログラムの防御障壁も、リングの床も、空気中の酸素の密度すらも――すべてが神代の言葉一つで「頼斗を消去するための質量」へと書き換えられていく。
頼斗の【第二解放】による未来予測視界が、一瞬で真っ赤な警告音で塗りつぶされた。
[ ERROR: NO EVASIVE PATHWAY ]
[ FUTURE BRANCHES: 0 / 10,000,000 ]
[ ALL SPATIAL PARAMETERS OVERWRITTEN BY ODIN ]
どこへ逃げても、何を消そうとしても、世界のデータそのものが神代の「命令」で満たされている。
予測した未来のすべてが「頼斗の死」へと収束していく絶対的な絶望。
「見事だったぞ、小鳥遊頼斗。だが、世界そのものを我が言語で塗り潰せば、どれほど速い思考も未来予測も意味をなさん。消滅せよ、異物!」
ドォォォォォンッ!!
全方向から迫る黄金の崩壊波。
頼斗の身体が押し潰され、ダボダボの制服が激しく破れ飛ぶ。
「あぁぁぁぁぁっ……!!」
激痛で意識が飛びかける。脳の体温が跳ね上がり、両目と耳から鮮血が流れ落ちた。
(痛い……苦しい……っ! 息が……できない……!)
膝が折れ、両手が床につく。
手のひらの中で、バキバキに割れたスマホがパチパチと悲鳴のような火花を散らしていた。
(もう……ダメなのかな……。ボクはやっぱり、ただのFランクで……ポンコツで……)
その折れかけた意識の底に、医務室で倒れていた葵の顔が、そしてこれまで戦ってきた上級生たちの姿が巡った。
(ううん……違う……! ボクは、誰かに決められたランクなんていらない! 誰かに与えられた言葉なんて要らない!)
頼斗は血の滲む唇を固く噛み締め、震える手でバキバキのスマホを両手で力強く抱え直した。
(神代会長の『言葉』が世界を上書きするなら……ボクは……!)
頼斗は目を閉じた。
呼吸を止め、心音を研ぎ澄まし、脳内のすべての意識、無意識、魂の底にある感情すらも――一つの純粋な「意志」へと昇華させていく。
(言葉なんて……最初から要らない。言葉にするから……遅くなるんだ!)
[ EMERGENCY OVERHEAT DETECTED ]
[ OVERDRIVE: BRAIN SYNCHRONIZATION 500% ]
[ Z.E.U.S. - FINAL STAGE UNLOCKED ]
ビキキキキキッ――!
ヒビ割れた画面の奥、幾重ものノイズを破り、ただ一文字のコードが黄金の極光となって弾け飛んだ。
[ CODE: ZEUS - CONCEPT REWRITE ]
「……なに!?」
神代が目を見開いた。
神代の『オーディン』が支配していた黄金の世界。その中心で、頼斗の身体から完全な『無』の波動が同心円状に広がり始めたのだ。
頼斗の口は、微動だにしない。
一音の発声もない。喉の振動ゼロ、思考の遅延ゼロ。
ただ、血みどろの少年が静かに目を開け、神代をまっすぐに見つめた。
(世界を上書きするんじゃない)
(あなたの『命令』そのものの……存在理由(定義)を『ゼロ』にする)
思考超絶発動(Absolute Zero-delay)。
ズン……ッ!!
一瞬、世界からすべての音が消え去った。
神代の放った絶大なる【創世プロンプト】――全方向からの崩壊波が、頼斗の数センチ手前で、まるで最初からこの世に存在しなかったかのように「概念ごと抹消」された。
「バ……カな……!? 命令そのものが……消えた……!? 詠唱どころか、思考の波形すら捉えられん……!? なんだこれは……何を起こしたのだ、小鳥遊頼斗ぉぉぉッ!?」
神代が初めて余裕を完全に失い、叫び声を上げた。
頼斗は静かに、壊れかけのスマホを神代へと向けた。
涙と血で汚れた少年の顔に浮かんでいたのは、恐怖でも諦めでもない、己の足で立ち上がった覇者の気高さだった。
(これで……終わりだ!)
(消えて――届いて――打ち砕け!!)
[ EXECUTION COMPLETE: 0.000s ]
ドドドドドカァァァァァンッ!!
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
神代の胸元で、学園最強の証であるEXランク『オーディン』が耐え切れずに内側から木端微塵に爆散した。
遅延ゼロ、回避不能、概念貫通の巨大な衝撃波が神代の身体を直撃する。
神代錬次郎の巨体が宙を舞い、コロシアムの壁を突き破って激しく崩れ落ちた。
……静寂。
黄金の光が霧散し、煙が晴れていく。
リングの中央にただ一人立っていたのは、膝を震わせながらも、自分の足でしっかりと地面を踏みしめる小鳥遊頼斗だった。
『勝者――小鳥遊頼斗!! 学年合同トーナメント優勝は、1年C組・小鳥遊頼斗ぉぉぉッ!!』
万雷の歓声と怒号のような拍手が、コロシアムの天井を突き破らんばかりに響き渡るのだった。




