第14話:【絶望】―冥王の檻と、主神の鉄槌―
「全学年合同トーナメント準決勝第2試合――白波葵 vs 神代錬次郎!」
万雷の歓声がピタリと止んだ。
リング中央に立つ二人から解き放たれるプレッシャーが、コロシアム全体の空気をミリミリと圧迫していたからだ。
『試合開始!』
審判のアナウンスが響いた瞬間、葵の手の中にある漆黒の端末『ファントム』が怪しく明滅した。
[ SYSTEM: H.A.D.E.S. FULL OPEN ]
[ DOMAIN: HYPNOTIC MENTAL PRISON ]
「頼斗の邪魔をするゴミは……消えて」
きぃぃぃん――!
重低音のノイズとともに、コロシアムのリング全体がどくんどくんと脈打つような紫黒色の絶対催眠領域に呑み込まれた。
観客席の生徒たちが「息が……苦しい……!」と次々に胸を押さえて倒れ込む。
領域内のあらゆる存在の脳波を強制的に支配し、思考を奪い、精神を破滅させる『H.A.D.E.S.』の真の解放。
神代の視界が黒く歪み、脳裏に無数の不気味な囁き声が巻き起こる。
(声が出ない……? 言葉が……思い出せない……?)
神代の脳から「言語を構築する回路」そのものが、葵の領域によって急速に蝕まれ、塗りつぶされていく。
「ふふっ……さようなら、生徒会長。その偉そうな口も、二度と開けないようにしてあげる」
葵が不気味に微笑み、神代の思考を完全に壊し切ろうと領域の出力を最大まで跳ね上げた、その時――
神代の胸元に鎮座するEXランク『オーディン』が、眩いばかりの黄金の閃光を放った。
[ OVERRIDE: ABSOLUTE LANGUAGE ]
神代の瞳に、揺るぎない絶対の覇気が蘇る。
精神を侵食する黒い霧を押し返し、神代は血の滲むような冷徹さで、歪んだ世界へ向けて「一言」を言い放った。
「――『浄化』」
ドォォォンッ!!
神代の言葉が放たれた瞬間、コロシアムを覆い尽くしていた紫黒の催眠領域が、まるでガラスが割れるような音を立てて一瞬で粉々に破砕された。
「なっ……!? ボクの『H.A.D.E.S.』の催眠領域が……言葉一つで消された……!?」
葵が初めて目を見開いて狼狽する。
「増長するな、1年」
神代は一歩踏み出した。その足音だけで、リングの床が激しく亀裂を刻む。
「お前の『H.A.D.E.S.』による催眠など、脳の電気信号を弄る程度の浅知恵。事象そのものの優先度を最上位で書き換える私の【絶対言語】の前には、戯れ言にすらならん」
神代が冷酷に『オーディン』を葵へと向けた。
「――『膝を折れ』」
ズガァァァンッ!!
「くっ……あぁぁぁぁっ!?」
見えない巨人の拳で叩きつけられたかのような絶大な重力干渉。
葵の強固なAランク防御障壁は瞬時に砕け散り、彼女の小さな身体がリングの床へ激しく叩きつけられた。
「あ……カハッ……!」
吐血し、床に伏す葵。
だが、葵は血を流しながらも、恐怖ではなく執着と狂気に満ちた目で神代を睨みつけた。
「頼斗……頼斗のところへ……行くんだから……! ボクが……頼斗を守るんだからぁぁッ!!」
葵の手の中で、『H.A.D.E.S.』が壊れたように暴走を始める。
しかし、神代は一切の感情を排した目で、冷徹に引導を渡した。
「――『眠れ』」
パァンッ――。
「……あ……頼……と……」
葵の瞳から光が完全に消え去り、彼女の身体から力が抜けた。
漆黒の端末『ファントム』が手から滑り落ち、カラコロと虚しい音を立てて転がる。
『勝者――神代錬次郎! 決勝進出決定!』
静まり返る場内。
観覧エリアでその光景を見ていた頼斗は、手すりを打ち砕かんばかりの力で握りしめていた。
「葵ちゃん……っ!!」
『H.A.D.E.S.』の絶対支配すらも「たった一言」で粉砕してみせた学園の主神・神代錬次郎。
葵が倒れ、ついに決勝戦の舞台で頼斗と神代が直接対峙する、最後の運命の刻が訪れようとしていた。




