↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/64

第45話 遺跡の半分が吹き飛ぶぞ

 隠し通路の先は、地下へと続く螺旋階段になっていた。

 岩盤を直接削り出したような石段には薄く苔が張りつき、壁際に設けられた鉄製の手すりは赤錆に覆われている。


 どれほど長いあいだ人の手が入っていなかったのだろう。踏み込むたび、積もった埃がかすかに舞い上がった。


 ジークを先頭に、ミオ、ソアラの順で階段を下りていく。


 足音だけが、こつ、こつ、と螺旋状の空間へ反響していた。


 ──


 かなりの深さまで下りたところで、ようやく階段が終わる。

 その先には、これまでよりも幅の広い石造りの通路が伸びていた。


「…………」


 ソアラが無意識に息を呑む。


 空気が違う。


 長い年月、外界から完全に切り離されていたせいだろう。淀んだ冷気が肌へまとわりつき、呼吸をするたび肺の奥まで重たくなるような感覚があった。


 床には埃が薄く積もっている。


 そこに、人の足跡は一つもない。


 間違いなく──未踏の領域だった。


「こ、この通路の先って……何があるんだろうね?」


 沈黙に耐えかねたのか、ソアラが少し硬い声で口を開いた。


「さあな」


 ジークは振り返りもせず答える。


「未踏破の道なのだから、分かるわけがないだろう」


「そ、それはそうなんだけどさ!」


 ソアラが慌てて言い返す。


「こういう時って、何か会話してた方が緊張紛れるかなーって!」


「そうか」


 ジークは淡々と頷く。


「ならば不要だ。緊張など微塵もしていない」


「……まあ、そうだと思ったけど!」


 ソアラは頬を膨らませた。


「私が緊張してるのよ!」


「そうか」


「もういいです」


 話しかける相手を完全に間違えた。


 そう悟ったソアラは小さく息を吐くと、今度は隣を歩くミオへそっと身を寄せた。


「ねぇ、ミミちゃん」


「なに?」


「ジスさんって……いつもあんな感じなの?」


 小声で尋ねる。


 ミオは少し考えるように首を傾げてから、


「うん」


 こくりと頷いた。


「ふつー」


「ふ、ふつー……」


「いつも、あんなかんじ」


「そっかぁ……」


 ソアラは遠い目をした。


 ならば今後も慣れるしかないらしい。


 そんな他愛のない会話を交わしながらも、三人の足は止まらなかった。


 一歩。

 また一歩。


 誰も踏み入れたことのない石床へ、新たな足跡が刻まれていく。


 数百年──あるいはそれ以上。

 長い眠りについていたこの場所へ初めて刻まれる、人の足跡。


 それだけを考えれば、歴史的な瞬間なのかもしれない。


 もっとも。


 その先頭を歩いている本人には、そんな感慨など欠片もなさそうだったが。


 ◇ ◇ ◇


 しばらく進むと、通路はやがて大きな広間へと繋がった。

 天井はこれまで以上に高く、暗闇の中へ溶け込んでいる。


 壁際には崩れた石像がいくつも転がり、中央には円形の台座らしきものが残されていた。

 かつては何らかの祭事か、儀式に使われていた場所なのだろう。


 ジークは広間を一通り見渡したあと、足を止めた。


「……今日はこの辺りにしておくか」


「え?」


「ここで野営する」


「り、了解」


 ソアラは素直に頷いた。


「まさか泊まりになるとは思ってなかったけど……念のため装備持ってきててよかったわ」


 慣れた手つきで背負っていた荷物を下ろす。


 冒険者としての実力は本人曰く「下の中」らしいが、こうした野営の準備には慣れているらしい。

 床の状態を確かめ、比較的平らな場所へ敷布を広げる。

 簡単な調理器具を取り出し、小さな火を起こすための準備を整えていく。


 雨風の心配がない遺跡の中なら、それだけでも十分だった。


「ご飯、ちょっと待ってね」


 ソアラは鍋に干し肉と野菜を放り込みながら声をかける。


「うん」


 返事はあったものの──


 いつの間にか、ミオの姿が見えなくなっていた。


「……あれ?」


 ソアラが辺りを見回す。


「ミミちゃん?」


 すると、しばらくして。


「ジスさま」


 広間の入口付近から、ぱたぱたと小さな足音が聞こえてきた。


「できた」


 戻ってきたミオが、どこか誇らしげに胸を張る。


「ほう」


 寝床を確認していたジークが立ち上がった。


「何をしていた?」


「向こうに何かあった?」


 ソアラも気になって、鍋をかき混ぜる手を止める。


「トラップ」


「トラップ?」


「うん」


 ミオは嬉しそうに頷いた。


「ミミがしかけた。まものとか、わるいひとが来たら──」


 両手を大きく広げる。


「どーんって、爆発する!」


「へぇ」


 得意げなミオに案内され、二人は広間の入口へ向かった。


 床には、いつの間に描いたのか、一つの魔法陣が出来上がっていた。


「…………」


 ソアラが目を瞬かせる。


 円は微妙に歪んでいる。

 内部に描かれた幾何学模様も、ところどころ線が曲がっており、濃淡にもかなりばらつきがある。


 正直に言えば──。


 かなり頼りない。


(ふふ……)


 ソアラは思わず微笑んだ。


(ジスさんの真似して、お手伝いしたかったのかな)


 少し不格好ではあるが、それがまた子供らしくて可愛らしい。


 おそらく本人としては、一生懸命に仲間を守ろうとして作ったのだろう。


「ミミちゃん、すご──」


「おい」


 低い声が響いた。


「……え?」


 ソアラの笑顔が止まる。


 ジークは魔法陣を見下ろしたまま、眉間に深く皺を寄せていた。


「これを、このまま起動させるつもりだったのか?」


「うん」


 ミオが元気よく頷く。


 ジークは深く息を吐いた。


「このまま作動させれば、遺跡が半分ほど吹き飛ぶぞ」


「…………え?」


 ソアラの口から、間の抜けた声が漏れた。


「?」


 一方のミオは、きょとんと目を瞬かせている。


「そんなに?」


「そんなにだ」


 ジークはしゃがみ込み、魔法陣の一角を指差した。


「まずここ。お前自身の魔力が、そのまま起爆媒体へ流れ込む構造になっている」


「うん」


「前にも言っただろう。第七起動回路を、圧縮式起点符へ直接繋ぐな」


「あ……」


「それからこっち」


 今度は別の箇所へ指を滑らせる。


「転送触媒層と圧層共振符が隣接している。誤爆するときの典型的な組み方だ」


「…………」


「ここもだ。回路が一周する前に分岐しているから、起動した瞬間に魔力の逃げ場がなくなる」


 ジークの指先が紋様へ触れるたび、


 ──ヴン。

 ──ヴヴン。


 魔法陣の一部が、不穏な光を放つ。


「……ほら」


「うぅ……」


 ミオの耳が、フードの中でしゅんと垂れた。


「わ、わかった」


「本当に分かったのか?」


「うん」


「なら、どこを直す」


「えっと……」


 ミオは真剣な表情で魔法陣を見つめる。


「だいなな……を、つながない」


「それだけじゃない」


「きょうしん……も、となりにしない」


「そうだ」


「あと……」


 小さな指を顎へ当て、必死に思い出そうとしている。

 どうやら本人なりに、本気で魔法を学んでいるらしい。


「…………」


 そんな二人のやり取りを、ソアラは少し離れた場所から、呆然と眺めていた。


(…………)


 さっき。


 遺跡が半分吹き飛ぶ、と言った。


(……冗談、よね?)


 きっと大袈裟に言っているだけだ。


 子供に危険な魔法を使わせないため、わざと怖い言い方をしているのだろう。


 そう思うことにした。


「……よし」


 ソアラは何も見なかったことにして、夕食の鍋へ戻る。


 木べらを握り、ことこと煮える中身をかき混ぜる。


「今日のご飯はー……」


 声が若干震えた。

 その背後では、


「違う。そこを削ると今度は爆発が上方向に集中する」


「じゃあ、こっち?」


「それだと天井が消し飛ぶぞ」


「むずかしい……」


 とんでもない会話が続いている。


「…………」


 ソアラは鍋を見つめた。


 木べらを握る手が、僅かに震えていた。


(やっぱり私……)


 ごくり、と唾を飲み込む。


(誘う相手、間違えたかなぁ……)


 今さらながら。

 そんな疑念が、猛烈な勢いで膨らみ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。