第45話 遺跡の半分が吹き飛ぶぞ
隠し通路の先は、地下へと続く螺旋階段になっていた。
岩盤を直接削り出したような石段には薄く苔が張りつき、壁際に設けられた鉄製の手すりは赤錆に覆われている。
どれほど長いあいだ人の手が入っていなかったのだろう。踏み込むたび、積もった埃がかすかに舞い上がった。
ジークを先頭に、ミオ、ソアラの順で階段を下りていく。
足音だけが、こつ、こつ、と螺旋状の空間へ反響していた。
──
かなりの深さまで下りたところで、ようやく階段が終わる。
その先には、これまでよりも幅の広い石造りの通路が伸びていた。
「…………」
ソアラが無意識に息を呑む。
空気が違う。
長い年月、外界から完全に切り離されていたせいだろう。淀んだ冷気が肌へまとわりつき、呼吸をするたび肺の奥まで重たくなるような感覚があった。
床には埃が薄く積もっている。
そこに、人の足跡は一つもない。
間違いなく──未踏の領域だった。
「こ、この通路の先って……何があるんだろうね?」
沈黙に耐えかねたのか、ソアラが少し硬い声で口を開いた。
「さあな」
ジークは振り返りもせず答える。
「未踏破の道なのだから、分かるわけがないだろう」
「そ、それはそうなんだけどさ!」
ソアラが慌てて言い返す。
「こういう時って、何か会話してた方が緊張紛れるかなーって!」
「そうか」
ジークは淡々と頷く。
「ならば不要だ。緊張など微塵もしていない」
「……まあ、そうだと思ったけど!」
ソアラは頬を膨らませた。
「私が緊張してるのよ!」
「そうか」
「もういいです」
話しかける相手を完全に間違えた。
そう悟ったソアラは小さく息を吐くと、今度は隣を歩くミオへそっと身を寄せた。
「ねぇ、ミミちゃん」
「なに?」
「ジスさんって……いつもあんな感じなの?」
小声で尋ねる。
ミオは少し考えるように首を傾げてから、
「うん」
こくりと頷いた。
「ふつー」
「ふ、ふつー……」
「いつも、あんなかんじ」
「そっかぁ……」
ソアラは遠い目をした。
ならば今後も慣れるしかないらしい。
そんな他愛のない会話を交わしながらも、三人の足は止まらなかった。
一歩。
また一歩。
誰も踏み入れたことのない石床へ、新たな足跡が刻まれていく。
数百年──あるいはそれ以上。
長い眠りについていたこの場所へ初めて刻まれる、人の足跡。
それだけを考えれば、歴史的な瞬間なのかもしれない。
もっとも。
その先頭を歩いている本人には、そんな感慨など欠片もなさそうだったが。
◇ ◇ ◇
しばらく進むと、通路はやがて大きな広間へと繋がった。
天井はこれまで以上に高く、暗闇の中へ溶け込んでいる。
壁際には崩れた石像がいくつも転がり、中央には円形の台座らしきものが残されていた。
かつては何らかの祭事か、儀式に使われていた場所なのだろう。
ジークは広間を一通り見渡したあと、足を止めた。
「……今日はこの辺りにしておくか」
「え?」
「ここで野営する」
「り、了解」
ソアラは素直に頷いた。
「まさか泊まりになるとは思ってなかったけど……念のため装備持ってきててよかったわ」
慣れた手つきで背負っていた荷物を下ろす。
冒険者としての実力は本人曰く「下の中」らしいが、こうした野営の準備には慣れているらしい。
床の状態を確かめ、比較的平らな場所へ敷布を広げる。
簡単な調理器具を取り出し、小さな火を起こすための準備を整えていく。
雨風の心配がない遺跡の中なら、それだけでも十分だった。
「ご飯、ちょっと待ってね」
ソアラは鍋に干し肉と野菜を放り込みながら声をかける。
「うん」
返事はあったものの──
いつの間にか、ミオの姿が見えなくなっていた。
「……あれ?」
ソアラが辺りを見回す。
「ミミちゃん?」
すると、しばらくして。
「ジスさま」
広間の入口付近から、ぱたぱたと小さな足音が聞こえてきた。
「できた」
戻ってきたミオが、どこか誇らしげに胸を張る。
「ほう」
寝床を確認していたジークが立ち上がった。
「何をしていた?」
「向こうに何かあった?」
ソアラも気になって、鍋をかき混ぜる手を止める。
「トラップ」
「トラップ?」
「うん」
ミオは嬉しそうに頷いた。
「ミミがしかけた。まものとか、わるいひとが来たら──」
両手を大きく広げる。
「どーんって、爆発する!」
「へぇ」
得意げなミオに案内され、二人は広間の入口へ向かった。
床には、いつの間に描いたのか、一つの魔法陣が出来上がっていた。
「…………」
ソアラが目を瞬かせる。
円は微妙に歪んでいる。
内部に描かれた幾何学模様も、ところどころ線が曲がっており、濃淡にもかなりばらつきがある。
正直に言えば──。
かなり頼りない。
(ふふ……)
ソアラは思わず微笑んだ。
(ジスさんの真似して、お手伝いしたかったのかな)
少し不格好ではあるが、それがまた子供らしくて可愛らしい。
おそらく本人としては、一生懸命に仲間を守ろうとして作ったのだろう。
「ミミちゃん、すご──」
「おい」
低い声が響いた。
「……え?」
ソアラの笑顔が止まる。
ジークは魔法陣を見下ろしたまま、眉間に深く皺を寄せていた。
「これを、このまま起動させるつもりだったのか?」
「うん」
ミオが元気よく頷く。
ジークは深く息を吐いた。
「このまま作動させれば、遺跡が半分ほど吹き飛ぶぞ」
「…………え?」
ソアラの口から、間の抜けた声が漏れた。
「?」
一方のミオは、きょとんと目を瞬かせている。
「そんなに?」
「そんなにだ」
ジークはしゃがみ込み、魔法陣の一角を指差した。
「まずここ。お前自身の魔力が、そのまま起爆媒体へ流れ込む構造になっている」
「うん」
「前にも言っただろう。第七起動回路を、圧縮式起点符へ直接繋ぐな」
「あ……」
「それからこっち」
今度は別の箇所へ指を滑らせる。
「転送触媒層と圧層共振符が隣接している。誤爆するときの典型的な組み方だ」
「…………」
「ここもだ。回路が一周する前に分岐しているから、起動した瞬間に魔力の逃げ場がなくなる」
ジークの指先が紋様へ触れるたび、
──ヴン。
──ヴヴン。
魔法陣の一部が、不穏な光を放つ。
「……ほら」
「うぅ……」
ミオの耳が、フードの中でしゅんと垂れた。
「わ、わかった」
「本当に分かったのか?」
「うん」
「なら、どこを直す」
「えっと……」
ミオは真剣な表情で魔法陣を見つめる。
「だいなな……を、つながない」
「それだけじゃない」
「きょうしん……も、となりにしない」
「そうだ」
「あと……」
小さな指を顎へ当て、必死に思い出そうとしている。
どうやら本人なりに、本気で魔法を学んでいるらしい。
「…………」
そんな二人のやり取りを、ソアラは少し離れた場所から、呆然と眺めていた。
(…………)
さっき。
遺跡が半分吹き飛ぶ、と言った。
(……冗談、よね?)
きっと大袈裟に言っているだけだ。
子供に危険な魔法を使わせないため、わざと怖い言い方をしているのだろう。
そう思うことにした。
「……よし」
ソアラは何も見なかったことにして、夕食の鍋へ戻る。
木べらを握り、ことこと煮える中身をかき混ぜる。
「今日のご飯はー……」
声が若干震えた。
その背後では、
「違う。そこを削ると今度は爆発が上方向に集中する」
「じゃあ、こっち?」
「それだと天井が消し飛ぶぞ」
「むずかしい……」
とんでもない会話が続いている。
「…………」
ソアラは鍋を見つめた。
木べらを握る手が、僅かに震えていた。
(やっぱり私……)
ごくり、と唾を飲み込む。
(誘う相手、間違えたかなぁ……)
今さらながら。
そんな疑念が、猛烈な勢いで膨らみ始めていた。




