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第44話 こういう時に助け合うものでしょ

 その後の遺跡探索は──拍子抜けするほど順調に進んでいた。


 魔物が現れれば、ジークが指先ひとつで消し飛ばす。

 罠は作動するより先にあっさり見つけ出し解除する。

 入り組んだ通路で迷うこともなければ、行き止まりに突き当たることすらない。


 最初こそ「案内は任せて!」と張り切って先頭を歩いていたソアラだったが、いつの間にやらジークにその座を奪われ、今では最後尾から二人についていくだけになっていた。


(……私、ほんとは要らないわよね)


 そんな疑問が頭をよぎるのも、これで何度目か分からない。


 もっとも。


 本人がそんなことを考えている最中にも、先頭を行くジークは迷いなく次の角を曲がり、その後ろをミオが小さな足で懸命についていく。


 そんな中だった。


「…………」


 ミオが、通路の真ん中でぴたりと立ち止まった。


「ん?」


 少し先まで進んだジークが振り返る。


 ミオはもじもじと指を絡めながら、少しだけ顔を伏せた。


「……ジーク──」


 口にしてから、はっとする。


「ジスさま」


「どうした」


「…………」


 ミオはしばらく黙っていたが、やがて小さな声で、


「……おんぶ」


「……は?」


 ジークの眉が寄った。


「おんぶ……してほしい」


「却下だ」


 即答だった。


「ダンジョン探索中だぞ」


「…………」


 ミオの肩が、しゅんと落ちる。


 よく見れば、いつもぱっちりと開いている瞼も少し重そうだった。


 知らない国へ来て、慣れない街を歩き回り、宿でもギルドでも嫌な思いをした。そのまま休む間もなく森を抜け、今度は薄暗い遺跡の中を歩き続けている。


 疲れていないはずがない。


 それでもミオは、ここまで一度も弱音を吐かなかった。


「…………」


 ジークもそれには気づいたらしい。


 一瞬だけミオの足元へ視線を落としたものの──何も言わず、再び前を向いた。


「行くぞ」


「……うん」


 ミオは小さく頷き、とぼとぼとその背中を追いかける。


 すると。


「あのさ、ミミちゃん」


 後ろから声がした。


「よかったら、私がおんぶしようか?」


「……え?」


 振り返ると、ソアラがその場にしゃがみ込んでいた。


「ほら」


 自分の背中をぽんぽんと叩く。


「乗っていいよ」


「おい」


 ジークが呆れたように振り返った。


「話を聞いていたのか。ここはダンジョンの中だぞ」


「聞いてたわよ」


 ソアラは気にする様子もなく、にっこりと笑う。


「でもいいじゃない。どうせ今のところ、私ほとんど役に立ってないし」


「ほとんどではなく、全くだ」


「うるさいなぁ!」


 むっとして言い返したあと、ソアラはもう一度ミオを見る。


「それにさ。パーティーっていうのは、こういう時に助け合うものでしょ?」


「…………」


 ミオは少し迷った。


 差し出された背中を見る。


 それから、ジークを見る。


「…………」


 ジークはしばらく何も言わなかったが、やがて「好きにしろ」とでもいうように肩をすくめた。


 それを見てミオの表情が、ぱっと明るくなる。


「……いいの?」


「もちろん」


 ソアラが笑う。


「ほら、おいで」


「うん」


 ミオはそっとソアラの背中へ身体を預けた。


「よいしょっと」


 ソアラがその小さな身体を背負って立ち上がる。

 ミオの両腕が首元へ回り、飾りのついたフードが肩越しにちょこんと覗いた。


「軽っ!」


「……かるい? おもくない?」


「軽い軽い。これなら全然平気」


 そんな二人を見て、ジークは僅かに眉を寄せる。


「魔物が出たらどうする気だ」


「大人だけのパーティーだって、仲間が怪我したら背負って歩くでしょ?」


 ソアラは悪戯っぽく笑った。


「そのときは戦える仲間が戦う。役割分担よ。ね?」


「……俺に全部やらせる気か」


「今までだって全部やってるじゃない」


「…………」


「そんな怖い顔しないの」


 言い返す言葉がなかったのか、ジークは小さく鼻を鳴らして前を向いた。


 その様子がおかしくて、ソアラがくすりと笑う。


「……ありがとう、ソアラ」


 背中から小さな声がした。


「ん?」


「ソアラ、やさしい」


 ミオはソアラの肩へ頬を預けながら、もう一度言う。


「だから、ありがとう」


 ソアラは一瞬だけ目を丸くした。

 その目が……一瞬だけ寂しそうに揺れた気がした。


 だが、すぐに柔らかく笑う。


「どういたしまして」


 ◇ ◇ ◇


 三人は再び遺跡の奥へ進んでいった。


 先頭は相変わらずジーク。

 その後ろを、ミオを背負ったソアラが歩く。


 もっとも。


 しばらくすると、ソアラの背中から聞こえていた話し声がなくなった。


「……ミミちゃん?」


 返事がない。


 首だけを少し動かして後ろを窺う。


「……寝てる」


「は?」


 ジークが振り返る。


 ミオはソアラの肩に頬を乗せたまま、すぅすぅと小さな寝息を立てていた。


「ダンジョンの中だぞ」


「誰かさんが全部一瞬で片付けちゃうから、つまらなかったんじゃない?」


「…………」


 ジークは何とも言えない顔をしたあと、そのまま前を向いた。


 肝が据わっているのか。

 それとも、ジークがいる限り何も起こらないと信じきっているのか。


 ともあれミオは、その後しばらくソアラの背中でぐっすりと眠り続けた。


 そして小一時間ほどして目を覚ました頃には、すっかり元気を取り戻している。


「ソアラ、あれなに?」


「んー? あれは古い祭壇かな」


「こっちは?」


「たぶん燭台」


「へぇ……」


 降りる気配はない。

 ソアラの背中にしがみついたまま、完全に遺跡観光を楽しんでいた。


「……元気になったなら歩けるだろ」


 前を行くジークがぼそりと言う。


「まだ、つかれてる」


「さっきまで元気に喋っていただろ」


「おくちだけ元気」


「…………」


「私は別にいいよ。軽いし」


「ソアラ、やさしい」


「ふふん」


「甘やかすな」


 そんなやり取りを続けながらも、探索そのものは驚くほど順調に進んでいった。


 ただし──。


 順調なのは、進むことだけだった。


 肝心の収穫が、まるでない。


 見つけた宝箱は、どれも既に蓋が開けられていた。

 壁に設けられた隠し棚らしき場所にも何もなく、財宝はおろか、換金できそうな素材すら見当たらない。


 用意した戦利品用の袋は、未だ空気しか詰まっていなかった。


「……参ったわね」


 比較的見通しのいい広間に辿り着いたところで、ソアラは休憩を提案した。


 石段へ腰を下ろし、空っぽの袋を膝の上へぽすんと置く。


 ミオもようやく背中から降り、その隣へちょこんと座った。


「この辺のお宝、もう全部持っていかれちゃったみたい」


「からっぽだった」


「ねー」


「ねー」


 二人は顔を見合わせ、揃ってため息を吐く。


「もうちょっとくらい残ってると思ったんだけどなぁ……」


 ソアラは空の袋を逆さに振ってみる。


 当然、何も出てこない。


「これじゃあ、報告だけで終わっちゃうかも。新しい情報も特にないし……ほとんど最低報酬ね」


「…………」


 そこへ。


 少し離れた場所で壁の紋様を眺めていたジークが、何でもないことのように言った。


「なら、まだ誰も調べていない場所へ行けばいい」


「……は?」


 ソアラが顔を上げる。


「無茶なこと言わないでよ」


 呆れたように肩を落とした。


「この遺跡、開放されたばっかとはいえ、結構な数の冒険者が入ってるの。この様子じゃ、少なくともこの辺りは、もう隅々まで調べられてるわよ」


「そうか?」


「まぁ、下層まで行けば、まだ何か残ってるかもしれないけど……」


 ソアラは暗い通路の先へ目を向ける。


「そこから先は地図もほとんどないし、魔物も強くなるって聞いてる。そもそも、私たちの装備じゃちょっと──」


「……なるほど」


 ジークは腕を組み、顎へ軽く手を添えた。


 考え込むというより、何かを確認しているような仕草だった。


「なら」


 さらりと言う。


「ここへ来るまでにあった隠し通路、六つのうちどれか調べてみるか」


「…………」


 沈黙。


「…………え?」


 ソアラの動きが止まった。


 数秒遅れて、ぎぎぎ、と音でも鳴りそうな動きでジークへ顔を向ける。


「……今、なんて言った?」


「隠し通路だ」


「いくって?」


「六つ」


「…………」


 ソアラは目を見開いた。


「六つぅ!?」


 声が広間いっぱいに響く。


「ああ」


「ちょ、ちょっと待って! 隠し通路が六つもあったの!?」


「そう言っただろう」


「どこに!?」


「一番近いのなら、二つ前の曲がり角だ」


 ジークは通ってきた通路を指差す。


「左側の壁。彫られていた紋様の一つだけ向きが逆だっただろう」


「知らないわよ!」


「その奥だけ空間の反響も違った。それに三重の気配遮断魔法が張られていたからな。ほぼ間違いなく通路がある」


「いやいやいやいや!」


 ソアラが勢いよく立ち上がる。


「なんでそんなの分かるのよ!? っていうか、気づいてたならなんで素通りしたの!?」


「随分と分かりやすかったからな」


「は?」


「あの程度、既に誰かが見つけて調べたものだと思った。わざわざまた隠しておく意味は分からんが」


「いや、普通に誰も気づいてないからよ!」


 ソアラが頭を抱える。


「そうなのか」


「そうなの!」


 そんな二人の隣で。


「ジスさま、すごい」


 ミオが感心したように呟いた。


 そして、少し悔しそうに続ける。


「ミミは……二つしか、分からなかった」


「…………」


 ソアラが固まる。


「そうか」


 ジークは特に驚くこともなく頷く。


「まだ観察の練習が足りないな」


「うん。がんばる」


「…………」


 ソアラはジークを見る。

 そしてミオを見る。


「……二つ?」


「うん」


「ミミちゃんも二つ気づいてたの?」


「うん」


「…………」


 自分は。


 一つも気づいていない。


「……私、才能ないのかな……」


 ソアラの呟きが、古びた広間へ寂しく響いた。


 ◇ ◇ ◇


 ジークの案内で、三人は来た道を引き返した。


 二つ前の曲がり角。


 言われてみれば、ごく普通の石壁が続く中に、幾何学模様の刻まれた一角がある。


「……これ?」


「ああ」


 ソアラは壁へ顔を近づける。


「紋様が逆って……どれ?」


「そこだ」


「…………どこ?」


「もういい」


「ちょっと!」


 ジークは呆れたようにソアラを退かすと、石壁の前へ立った。


 静かに右手をかざす。


 指先から、淡い魔力の光が滲み出した。


 それが壁へ触れた瞬間。


 ──ヴン。


「……っ」


 石壁の表面を、光の線が走った。


 一筋だったものが次々と枝分かれし、複雑な魔法陣を形作りながら波紋のように広がっていく。


 やがて、その中心に古びた紋章が浮かび上がった。


 一度。


 二度。


 心臓の鼓動にも似た間隔で、強く脈打つ。


 そして──。


 ゴゴゴゴゴ……。


 低く、重い音が響き始めた。


「……ほんとに」


 ソアラが息を呑む。


 つい今まで継ぎ目すら見えなかった石壁が、ゆっくりと左右へ割れていく。


 その奥から姿を現したのは、闇。


 ぽっかりと口を開けた、細い通路だった。


 先ほどまで歩いていた場所とは明らかに空気が違う。


 積もった埃には、人の足跡一つない。


 長い年月、閉ざされ続けていたのだろう。澱んだ空気が、扉の隙間からゆっくりと流れ出してくる。


 誰にも踏み荒らされていない。

 確かにそこは──未踏の領域だった。


「……すごい」


 ソアラが、思わず呟く。


 その横ではミオが早くも目を輝かせ、一歩前へ出ていた。


「おたから、ある?」


「さあな」


 ジークは何事もなかったかのように暗い通路を見据える。


「行けば分かる」


 そして三人の先頭へ立つと、振り返りもせず歩き出した。


「──行くぞ」


「うん!」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 ミオがその背を追い、ソアラも慌てて続く。


 三人の姿は、一人、また一人と闇の中へ呑み込まれていった。

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