第42話 何でもいい。任せた
ジークは少しだけ考えるように目を伏せたあと、小さく息を吐いた。
「……いいだろう」
「ほんと!?」
思いのほかあっさり返ってきた承諾に、ソアラは目を丸くする。
もっと警戒されるか、あるいは断られるものと思っていたらしい。
「じゃ、じゃあ……報酬は半分ずつでいい?」
すぐさま指を一本立てる。
「先に言っとくけど、あたしも生活かかってるからね。これ以上はまけられないわよぉ」
「何でもいい。任せた」
「そんな適当な……」
金に興味があるのかないのかすら分からない返答に、ソアラは呆れたように頬を掻いた。
それから気を取り直し、ミオへ向き直る。
「じゃあ、改めてよろしくね。ミミちゃん」
「…………」
「それと──ジスさん、でいいんだよね?」
「ああ」
ジークは短く答える。
ソアラは満足そうに笑うと、その場にしゃがみ込んでミオと目線を合わせた。
「よろしく」
陽に焼けた頬。
人懐っこそうな、明るい瞳。
ミオはしばらくその顔をじっと見つめていたが、やがて少しだけ緊張を解くように、
「……よろしく」
こくん、と小さく頷いた。
こうして。
帝国まで仕事をしに来た最恐の魔王と、その小さな悪友。
そして、「全然パッとしない」冒険者。
なんとも奇妙な三人組が、ここに誕生した。
◇ ◇ ◇
「それで、どんな依頼にする?」
再び冒険者ギルドの前まで戻ってくると、ソアラは石段の上で両手を腰へ当てた。
「二人とも初めてなんでしょ? だったら素材採取とか、荷運びとか……まずは簡単そうなのからでいいよね」
「最高難度のやつだ」
ジークが即答した。
「……え?」
「古龍の討伐くらいがいい。多少は退屈せずに済む」
「古龍ぅ!?」
ソアラの声が、通り中に響いた。
「そんなの帝国軍総出の一大事でしょうが! その辺の掲示板に『古龍退治・報酬金貨五百枚』みたいな感じで貼ってあるわけないでしょ!」
「ないのか」
「あるわけない!」
「こりゅうなら、あいてに、ふそくなし」
その横で、ミオがふん、と胸を張る。
小さな身体からは想像もつかないほどの自信に満ちた顔だった。
「ミミちゃんまで!? その自信、どこから来るの!?」
ソアラは思わず頭を抱えた。
しかし、そこで大事なことを思い出したように顔を上げる。
「というか、そもそも無理よ。あたしのライセンスじゃ、高難度の依頼は受けられないんだから」
ジークが眉を上げた。
「なんだ。初心者か」
「ソアラ、しょしんしゃ?」
ミオまで無垢な瞳で見上げる。
「だから、さっき言ったでしょ!」
ソアラは二人を交互に指差した。
「ていうか、今日登録しにきたばっかりのあんたたちにだけは言われたくないわよ!」
「そうか」
「たしかに」
「二人して納得しない!」
ソアラは盛大にため息を吐いた。
けれど、その口元にはどこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。
どうやら、この奇妙な二人とのやり取りは嫌いではないらしい。
「……まあいいわ」
諦めたように肩を落とす。
「とりあえず、あたしが受けられる範囲で、一番報酬が良さそうなのを見繕ってくるから」
「カイザードラゴンでも良いぞ」
「ないって言ってるでしょ!」
ソアラはぴしゃりと言い切ると、二人を指差した。
「とにかく、その辺で待ってて! 絶対に勝手なことしないでよ!」
「ああ」
「うん」
妙に素直な返事に、ソアラは一瞬だけ不安そうな顔を向け、ぶつぶつ呟きながらギルドの扉をくぐっていった。
◇ ◇ ◇
ジークとミオは、ギルド前の通りに面した石の縁へ並んで腰掛けていた。
目の前を行き交う人々。
荷車を引く商人が声を張り上げ、露店からは焼いた肉の香ばしい匂いが漂ってくる。
つい先ほど、この建物の中で何があったのかなど、帝都にとってはどうでもいいことなのだろう。
街は変わらず賑やかに、一日を続けていた。
「…………」
ミオは膝の上に両手を置き、じっと人の流れを眺めている。
時折、自分のフードを確かめるように触れる。
だが先ほどまでのように、身体を縮こませることはなくなっていた。
しばらくして。
ばたん、と勢いよくギルドの扉が開く。
「お待たせ!」
ソアラが一枚の紙を手に、こちらへ駆けてきた。
「いいの、あった?」
ミオがすぐさま立ち上がり、依頼書を覗き込む。
「うん。結構面白そうなのが残ってた」
「みせて」
「もちろん。どうぞ」
ソアラが依頼書をミオの前へ広げる。
「…………」
ミオはじっと紙を見る。
「…………」
さらに見る。
「…………?」
眉間に小さなしわが寄った。
やがて困ったように目をぱちぱちさせる。
「……なんてかいてあるの?」
「あっ、ごめん」
ソアラは苦笑すると、依頼書を指でなぞりながら説明した。
「帝都の郊外で、最近見つかった古い遺跡の調査だって」
「いせき?」
「そう。中を調べて、何があるのか報告するの」
ソアラは紙をひらひらと振る。
「基本の報酬はそんなに高くないんだけど、価値のある情報とか財宝を持ち帰れば、その分だけ上乗せされるみたい」
「ほう」
それまで興味なさそうに座っていたジークが、初めて少しだけ反応した。
「ダンジョン探索か。悪くない」
「でしょ?」
ソアラが得意げに胸を張る。
「魔物が出る可能性もあるし、多少の危険はあるけど、採取や荷物運びよりは冒険らしいでしょ?」
「まぁ、いいだろう」
「ダンジョン、たのしみ」
「よかった。それじゃあ、準備を整えたら早速出発よ!」
ソアラの声が、帝都の通りに響いた。
◇ ◇ ◇
帝都を離れてから、しばらく。
三人は鬱蒼とした森の中を進んでいた。
空を覆う枝葉は幾重にも重なり、真夏だというのに森の中は薄暗い。
木漏れ日がところどころ地面へ差し込み、湿った苔の上に淡い光の斑点を作っている。
足元には太い根が這い、ぬかるんだ土の上には蔦が無数に絡んでいた。
「二人とも、足元気をつけてね」
先頭を歩くソアラが振り返る。
「この辺、見た目より滑るから。苔の上とか不用意に踏むと──わっ」
ずるっ。
自分で言った直後に足を取られ、慌てて近くの木へしがみつく。
「…………」
「…………」
ジークとミオが揃ってそれを見る。
「……こ、こんなふうになるからね」
「わかった」
「ならば、よろしい」
何事もなかったように歩き出すソアラだったが、耳が僅かに赤くなっていた。
(……それにしても。なんなの、この二人)
ちらりと後ろを見る。
初心者──であるはずのジスとミミは、起伏の激しい森の中を何の苦もなく歩いている。
ジスなど、障害物だらけの密林の中で、まるで散歩でもしているかのような足取りだ。
ミミも同じだった。
小さな身体でひょいひょいと木の根を越え、ぬかるみだけを器用に避けてついてくる。
(……なんで、あたしより慣れてるのよ)
その直後。
ソアラはまた蔦に足を引っかけた。
「わっ!?」
今度は転びかけたところを、背後から伸びた手に襟元を掴まれる。
「前を見ろ」
「……はい」
完全にどちらが初心者なのか分からなくなっていた。
◇ ◇ ◇
やがて、木々の密度が少しずつ薄くなっていく。
そして。
森の奥に開けた空間が現れた。
「……おぉ」
ミオが足を止める。
そこには、苔と蔦に覆われた巨大な石造りの建造物が佇んでいた。
半ば崩れ落ちた柱。
森に呑み込まれかけた石壁。
入口には大きなアーチが残されているものの、その表面には長い年月によって削られた古い紋様が僅かに残っているだけだった。
「ここが……ダンジョン?」
ミオが目を輝かせる。
「そう」
ソアラも立ち止まり、遺跡を見上げた。
「通称──『灰の神殿』」
「はい?」
「灰。燃えたあとに残るやつ」
「うん、はい」
ミオは理解したように頷く。
「何の神様を祀ってた場所なのかは分かってないみたい。ずっと昔からこの森にあったらしいんだけど、数年前までは結界みたいなものに覆われてて、誰も中に入れなかったんだって」
「結界?」
その言葉に、ジークが僅かに目を細める。
「うん。それが最近になって突然消えて、入口が見つかったの」
ソアラは依頼書を取り出しながら続けた。
「まだ内部の調査もほとんど進んでないみたい。だから、地図を作ったり、魔物や罠の情報を持ち帰ったり、それだけでも報酬になるんだって」
「なるほどな」
ジークは遺跡を見上げる。
ほんの僅かに。
その瞳に、興味の色が浮かんでいた。
──
三人が神殿へ近づいていくと、入口前の広場には既に何組かの冒険者が集まっていた。
どの者も、街中で昼間から酔っ払っていたような連中とは、明らかに雰囲気が違う。
よく手入れされた武器。
上質な防具。
無駄のない立ち居振る舞い。
ひと目で相当な経験を積んでいると分かる者ばかりだった。
「…………」
彼らの何人かが、こちらへ視線を向ける。
その瞬間。
ソアラがぴたりと足を止めた。
そして、さっと外套のフードを被る。
「……?」
ミオが首を傾げた。
「ソアラ、どうしたの?」
「えっ?」
マントの裾をちょんちょんと引っ張られ、ソアラは気まずそうに笑った。
「あー……その」
周囲を気にしながら、声を落とす。
「あたしって、そんなに腕がいい冒険者じゃないでしょ?」
「うん」
「そこは否定してほしかったなぁ……」
小さく肩を落とす。
「まあ、いいんだけど。それでさ」
ソアラは入口付近にいる冒険者たちをちらりと見る。
「ああいう人たち、みんな結構な上級者なの。なかには知った顔の人も居るけど、あたしなんかが先頭に立ってパーティー引き連れてるところなんて見られたら……」
恥ずかしそうに、フードの端を引っ張る。
「ちょっと、格好悪いかなって」
「…………」
ミオはしばらくソアラを見上げていた。
つい先ほど。
自分も同じようにフードを深く被っていた。
耳を隠して。
顔を隠して。
見つからないように、小さくなっていた。
だからなのかもしれない。
「そんなことないよ」
ミオは、ごく自然に言った。
「え?」
「ソアラのおかげで、ここまで来れた」
真っ直ぐにソアラを見上げる。
「……ありがとう」
飾り気のない一言だった。
けれど。
ソアラは一瞬、何も言えなくなった。
やがて困ったように眉を下げ、それから小さく笑う。
「……そっか」
フードを脱いだ。
「ありがとね、ミミちゃん」
しゃがみ込んでミオの頭を軽く撫でる。
それから立ち上がり、今度はジークを見た。
ほんの少しだけ、先ほどより胸を張って。
「それじゃ──準備はいい?」
「ああ」
ジークは簡素なリュックを肩へ担ぎ直す。
そして古びた神殿の入口へ視線を向け、短く答えた。
「行くぞ」
その横で、ミオも小さな拳を握る。
「おたから、ザクザク」
「目的が変わってるわよ、ミミちゃん」
三人は並んで歩き出す。




