↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/64

第41話 私と組まない?

「……行くぞ」


 ジークが短く言い放ち、踵を返した。


「で、でも……」


 ミオがか細い声で呼び止める。


 しかしジークは振り返らない。冷ややかな沈黙だけを背中に纏い、そのまま出口へ向かって歩いていく。


「…………」


 取り残されたミオは、おろおろと辺りを見回した。


 先ほどまで面白半分に笑っていた冒険者たち。嫌悪を隠そうともせずこちらを睨む者。興味を失ったように、もう別の話を始めている者。


 どこにも、助けを求められそうな顔はない。


 そしてふと、ミオの視線が受付へ向いた。


 目が合う。


 ──先ほどまで、優しく笑ってくれていた受付の女性と。


 困ったことがあれば相談してほしいと、そう言ってくれたあの女性と。


「…………」


 だがそこに、先ほどまでの笑顔はなかった。


 彼女は何も言わず、ただ感情の消えた顔でミオを見ている。


 まるで先ほど交わした言葉など、最初から存在しなかったかのように。


 ミオの唇が僅かに開く。けれど声は出ず、結局そのまま言葉を飲み込んだ。


「…………」


 小さく俯き、ミオはそっと頷く。


 そして、先を歩くジークの背中を追いかけた。


 二人が出ていったあとも、冒険者ギルドの喧騒は何事もなかったかのように続いていた。


 ◇ ◇ ◇


 帝都の外れにある、小さな公園。


 大通りの賑わいから少し離れたそこは、人影もほとんどなく、木々の葉が陽射しをやわらかく遮っていた。涼しい風が草を揺らし、花壇では蜂が忙しなく羽音を立てている。


 そんな木陰のベンチに、ジークとミオは並んで腰掛けていた。


「……ごめんなさい、ジークさま」


 ぽつりと、ミオが呟く。


 今日だけで、何度目の謝罪だろうか。


 深く被ったフードの影に顔を沈め、マントの中へ尻尾を完全に隠しているその姿は、いつもよりずっと小さく見えた。まるで、この世界から存在ごと消えてしまいたいとでもいうように。


「…………」


 ジークは横目でそれを見て、頭をがしがしと掻く。


 そして面倒そうに息を吐いた。


「……まったく、どいつもこいつも」


 ぼそりと呟き、小さく息を吐く。


「いっそ、この街を魔法の練習がてら吹き飛ばしてみるか」


「え……」


「更地になれば、くだらん奴らの顔も見なくて済む。きっと爽快だぞ」


「だ、だめ……!」


 ミオが慌てて顔を上げ、ジークの袖を掴んだ。


「ルスに、おこられる……!」


 ジークは鼻で笑う。


「まあ、間違いなく怒るだろうな」


「ロッテも、おこる」


「ああ。今朝の比じゃないだろう」


 それは困る、とでも言うように、二人は揃って難しい顔になった。


 帝都を消し飛ばすかどうかより、帰宅後に叱られるかどうかの方が重大らしい。


 しばしの沈黙のあと、ミオが小さく口を開いた。


「……これから、どうしよう?」


「そうだな」


 ジークは腕を組み、少し考える。


 当初の目的は仕事をして帰ることだった。だが冒険者ギルドがあの調子では、まともに依頼を受けるのは難しい。


「よくよく考えてみれば」


 背もたれに身体を預けながら、ジークは続けた。


「俺たちに必要なのは、魔法の練習場と、何か仕事をこなしたという実績だ」


「うん」


「別にギルドの依頼である必要はない。帝都ほど大きな街なら、裏通りを少し歩けば、きな臭い仕事の一つや二つ──」


 そこまで言ったところで、ジークの言葉がふいに途切れた。


「……?」


 ミオが首を傾げる。


 人の気配が近づいてくる。


 ジークは視線だけを動かした。


 公園の入口から、一人の女が歩いてくるのが見えた。


 軽装の革鎧。腰には左右に短剣。使い込まれた革袋がいくつもベルトに括りつけられている。


 陽に焼けた肌に、肩口までの明るい茶髪。年の頃はフィオナより少し上だろうか。


 いかにも冒険者らしい、軽快な雰囲気の女だった。


 その姿には見覚えがある。先ほどのギルドにもいた。


「……何だ」


 ジークが目を細める。


「まだ何か文句を言いに来たのか」


「ちがうちがう!」


 女は慌てて両手を振った。


「そんな怖い顔しないでよ!」


 そして二人から少し距離を取り、軽く胸を張る。


「あたし、ソアラ。一応、冒険者やってるんだ」


「……一応?」


「そこは気にしなくていいから!」


 ソアラはからりと笑ったが、ジークは笑わない。


「それで、何の用だ」


「うっ……」


 あからさまな警戒に、ソアラは気まずそうに頬を掻いた。


「えーっと……そのさ」


 ちらりとミオを見る。


「さっきのギルドでの騒ぎ、見てたんだよね」


「……それで?」


「いや、その……」


 ジークの視線にたじろぎながらも、ソアラはミオへ向き直った。


 そして、にっと笑う。


「ずいぶん、おっかないお父さんだね。えっと……ミミちゃん、だっけ?」


「…………」


 ミオがぱちぱちと瞬きをする。


「……お父さんじゃ、ないの」


「ありゃ、違った?」


「うん」


「そっかそっか。まあ、いろいろあるよね、世の中」


「……うん?」


 あっさり流され、ミオは首を傾げる。


 だがすぐに、別のことに気づいた。


 ソアラは先ほどギルドにいた。ならば当然、自分が獣人だということも知っているはずだ。


 それなのに。


 何も言わない。


 嫌そうな顔もしない。


 まるでフードの下に何があるかなど、どうでもいいと言わんばかりに、普通に話しかけてくる。


「…………」


 ミオが不思議そうに見つめると、ソアラも一瞬きょとんとした。


 そしてようやく、何を気にしているのか察したらしい。


「ああ」


 ソアラはミオのフードへ目をやる。


「それ?」


 軽く指差しながら言う。


「獣人だからって話?」


 ミオが僅かに身を固くする。


 だがソアラはあっさりと肩をすくめた。


「別にどうでもいいけど」


「…………」


 ミオが目を丸くする。


「別に、悪いことしたわけじゃないんでしょ?」


「……うん」


「じゃあ、いいじゃん」


「…………うん」


 ほんの少し、フードの奥でミオの表情が緩んだ。


 ジークはそのやり取りを黙って見ていたが、やがて僅かに警戒を解く。


「……俺たちには関わらない方がいいぞ」


「そう?」


「碌なことが起きない」


「自覚あるんだ?」


「当然だ」


「あるんだ……」


 ソアラは微妙な顔をしたあと、気を取り直すように両手を腰へ当てた。


「でもさ。そんなあんたたちの、力になれるかもって思って」


「力?」


 ジークの目が鋭くなった瞬間、ソアラは慌てて手を振る。


「うん。あ、違う違う! 同情とかそういうんじゃないから!」


「…………」


「そんな目で見ないでって!」


 冷や汗を浮かべながら、ソアラは観念したように息を吐いた。


「……恥ずかしい話なんだけどさ」


 頭を掻きながら、照れくさそうに笑う。


「あたし、冒険者として、正直全然パッとしないんだよね」


「そうなの?」


 ミオが尋ねる。


「うん。これがまあ、見事なくらい」


 ソアラは胸を張った。


「何年たってもランクは下の中。剣はそこそこ。魔法はちょびっと。索敵も普通」


「……それでよくやってるな」


「はっきり言うわね」


「自分で言ったんだろ」


「人に言われると傷つくのよ!」


 自棄気味に言い切ると、ミオの口元がわずかに緩んだ。


「でもさ」


 ソアラは気を取り直し、ジークを見る。


「あんた、強いでしょ?」


「……なぜそう思う」


「勘」


 ジークは小さく鼻で笑った。


「冒険者の勘は大事なんだって」


 ソアラは続ける。


「ギルドであれだけ好き放題言われてたのに、あんた何もしなかった」


「…………」


「普通は逆なんだよ。弱いやつほど、ああいう場で意地張って喧嘩するから」


 ジークは答えない。


「だから……まあ」


 ソアラは人差し指で頬を掻いた。


「強そうな人と組めたら、あたしとしても助かるし」


「それが目的か」


「そりゃそうでしょ。冒険者は慈善事業じゃないし」


 悪びれもせず笑う。

 そして右手を差し出した。


「どう、私と組まない?」


 ソアラは笑う。


「パーティーとして」


 ジークとミオは顔を見合わせた。


「…………」


 ミオの瞳には戸惑いがある。だが同時に、ほんの僅かな期待も宿っていた。

 帝都で、自分を拒絶しなかった、初めての“普通の人間”。


 ジークはそれを見て、静かに目を細める。


「……どうする?」


 決めるのは自分ではない。


 そう問う。


 ミオはソアラを見て、差し出された手を見た。


 少し迷って──


「……うん」


 小さく、しかし確かに頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。