第41話 私と組まない?
「……行くぞ」
ジークが短く言い放ち、踵を返した。
「で、でも……」
ミオがか細い声で呼び止める。
しかしジークは振り返らない。冷ややかな沈黙だけを背中に纏い、そのまま出口へ向かって歩いていく。
「…………」
取り残されたミオは、おろおろと辺りを見回した。
先ほどまで面白半分に笑っていた冒険者たち。嫌悪を隠そうともせずこちらを睨む者。興味を失ったように、もう別の話を始めている者。
どこにも、助けを求められそうな顔はない。
そしてふと、ミオの視線が受付へ向いた。
目が合う。
──先ほどまで、優しく笑ってくれていた受付の女性と。
困ったことがあれば相談してほしいと、そう言ってくれたあの女性と。
「…………」
だがそこに、先ほどまでの笑顔はなかった。
彼女は何も言わず、ただ感情の消えた顔でミオを見ている。
まるで先ほど交わした言葉など、最初から存在しなかったかのように。
ミオの唇が僅かに開く。けれど声は出ず、結局そのまま言葉を飲み込んだ。
「…………」
小さく俯き、ミオはそっと頷く。
そして、先を歩くジークの背中を追いかけた。
二人が出ていったあとも、冒険者ギルドの喧騒は何事もなかったかのように続いていた。
◇ ◇ ◇
帝都の外れにある、小さな公園。
大通りの賑わいから少し離れたそこは、人影もほとんどなく、木々の葉が陽射しをやわらかく遮っていた。涼しい風が草を揺らし、花壇では蜂が忙しなく羽音を立てている。
そんな木陰のベンチに、ジークとミオは並んで腰掛けていた。
「……ごめんなさい、ジークさま」
ぽつりと、ミオが呟く。
今日だけで、何度目の謝罪だろうか。
深く被ったフードの影に顔を沈め、マントの中へ尻尾を完全に隠しているその姿は、いつもよりずっと小さく見えた。まるで、この世界から存在ごと消えてしまいたいとでもいうように。
「…………」
ジークは横目でそれを見て、頭をがしがしと掻く。
そして面倒そうに息を吐いた。
「……まったく、どいつもこいつも」
ぼそりと呟き、小さく息を吐く。
「いっそ、この街を魔法の練習がてら吹き飛ばしてみるか」
「え……」
「更地になれば、くだらん奴らの顔も見なくて済む。きっと爽快だぞ」
「だ、だめ……!」
ミオが慌てて顔を上げ、ジークの袖を掴んだ。
「ルスに、おこられる……!」
ジークは鼻で笑う。
「まあ、間違いなく怒るだろうな」
「ロッテも、おこる」
「ああ。今朝の比じゃないだろう」
それは困る、とでも言うように、二人は揃って難しい顔になった。
帝都を消し飛ばすかどうかより、帰宅後に叱られるかどうかの方が重大らしい。
しばしの沈黙のあと、ミオが小さく口を開いた。
「……これから、どうしよう?」
「そうだな」
ジークは腕を組み、少し考える。
当初の目的は仕事をして帰ることだった。だが冒険者ギルドがあの調子では、まともに依頼を受けるのは難しい。
「よくよく考えてみれば」
背もたれに身体を預けながら、ジークは続けた。
「俺たちに必要なのは、魔法の練習場と、何か仕事をこなしたという実績だ」
「うん」
「別にギルドの依頼である必要はない。帝都ほど大きな街なら、裏通りを少し歩けば、きな臭い仕事の一つや二つ──」
そこまで言ったところで、ジークの言葉がふいに途切れた。
「……?」
ミオが首を傾げる。
人の気配が近づいてくる。
ジークは視線だけを動かした。
公園の入口から、一人の女が歩いてくるのが見えた。
軽装の革鎧。腰には左右に短剣。使い込まれた革袋がいくつもベルトに括りつけられている。
陽に焼けた肌に、肩口までの明るい茶髪。年の頃はフィオナより少し上だろうか。
いかにも冒険者らしい、軽快な雰囲気の女だった。
その姿には見覚えがある。先ほどのギルドにもいた。
「……何だ」
ジークが目を細める。
「まだ何か文句を言いに来たのか」
「ちがうちがう!」
女は慌てて両手を振った。
「そんな怖い顔しないでよ!」
そして二人から少し距離を取り、軽く胸を張る。
「あたし、ソアラ。一応、冒険者やってるんだ」
「……一応?」
「そこは気にしなくていいから!」
ソアラはからりと笑ったが、ジークは笑わない。
「それで、何の用だ」
「うっ……」
あからさまな警戒に、ソアラは気まずそうに頬を掻いた。
「えーっと……そのさ」
ちらりとミオを見る。
「さっきのギルドでの騒ぎ、見てたんだよね」
「……それで?」
「いや、その……」
ジークの視線にたじろぎながらも、ソアラはミオへ向き直った。
そして、にっと笑う。
「ずいぶん、おっかないお父さんだね。えっと……ミミちゃん、だっけ?」
「…………」
ミオがぱちぱちと瞬きをする。
「……お父さんじゃ、ないの」
「ありゃ、違った?」
「うん」
「そっかそっか。まあ、いろいろあるよね、世の中」
「……うん?」
あっさり流され、ミオは首を傾げる。
だがすぐに、別のことに気づいた。
ソアラは先ほどギルドにいた。ならば当然、自分が獣人だということも知っているはずだ。
それなのに。
何も言わない。
嫌そうな顔もしない。
まるでフードの下に何があるかなど、どうでもいいと言わんばかりに、普通に話しかけてくる。
「…………」
ミオが不思議そうに見つめると、ソアラも一瞬きょとんとした。
そしてようやく、何を気にしているのか察したらしい。
「ああ」
ソアラはミオのフードへ目をやる。
「それ?」
軽く指差しながら言う。
「獣人だからって話?」
ミオが僅かに身を固くする。
だがソアラはあっさりと肩をすくめた。
「別にどうでもいいけど」
「…………」
ミオが目を丸くする。
「別に、悪いことしたわけじゃないんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、いいじゃん」
「…………うん」
ほんの少し、フードの奥でミオの表情が緩んだ。
ジークはそのやり取りを黙って見ていたが、やがて僅かに警戒を解く。
「……俺たちには関わらない方がいいぞ」
「そう?」
「碌なことが起きない」
「自覚あるんだ?」
「当然だ」
「あるんだ……」
ソアラは微妙な顔をしたあと、気を取り直すように両手を腰へ当てた。
「でもさ。そんなあんたたちの、力になれるかもって思って」
「力?」
ジークの目が鋭くなった瞬間、ソアラは慌てて手を振る。
「うん。あ、違う違う! 同情とかそういうんじゃないから!」
「…………」
「そんな目で見ないでって!」
冷や汗を浮かべながら、ソアラは観念したように息を吐いた。
「……恥ずかしい話なんだけどさ」
頭を掻きながら、照れくさそうに笑う。
「あたし、冒険者として、正直全然パッとしないんだよね」
「そうなの?」
ミオが尋ねる。
「うん。これがまあ、見事なくらい」
ソアラは胸を張った。
「何年たってもランクは下の中。剣はそこそこ。魔法はちょびっと。索敵も普通」
「……それでよくやってるな」
「はっきり言うわね」
「自分で言ったんだろ」
「人に言われると傷つくのよ!」
自棄気味に言い切ると、ミオの口元がわずかに緩んだ。
「でもさ」
ソアラは気を取り直し、ジークを見る。
「あんた、強いでしょ?」
「……なぜそう思う」
「勘」
ジークは小さく鼻で笑った。
「冒険者の勘は大事なんだって」
ソアラは続ける。
「ギルドであれだけ好き放題言われてたのに、あんた何もしなかった」
「…………」
「普通は逆なんだよ。弱いやつほど、ああいう場で意地張って喧嘩するから」
ジークは答えない。
「だから……まあ」
ソアラは人差し指で頬を掻いた。
「強そうな人と組めたら、あたしとしても助かるし」
「それが目的か」
「そりゃそうでしょ。冒険者は慈善事業じゃないし」
悪びれもせず笑う。
そして右手を差し出した。
「どう、私と組まない?」
ソアラは笑う。
「パーティーとして」
ジークとミオは顔を見合わせた。
「…………」
ミオの瞳には戸惑いがある。だが同時に、ほんの僅かな期待も宿っていた。
帝都で、自分を拒絶しなかった、初めての“普通の人間”。
ジークはそれを見て、静かに目を細める。
「……どうする?」
決めるのは自分ではない。
そう問う。
ミオはソアラを見て、差し出された手を見た。
少し迷って──
「……うん」
小さく、しかし確かに頷いた。




