第40話 才能なんてあるわけ無いだろ、獣人のガキに
「ジークさま。お宿、どうしよう……」
帝都の広場。
噴水のそばに置かれたベンチへ腰掛けたミオが、手にした氷菓子をぺろりと舐めながら呟いた。
飾りのついたフードの奥で、真紅の瞳が不安そうに揺れている。
「気にするな。寝る場所など、どうとでもなる」
隣に座るジークは淡々と答え、自分の氷菓子へ豪快にかぶりついた。
しゃり、と乾いた音がする。
舌どころか頭まで凍りつきそうな冷たさにも、表情ひとつ変えない。
「いざとなれば、街の外に家の一つくらい建てればいい。魔法なら一瞬だ」
「……それ、してもいいの?」
「ルスが見ていなければ問題ない。その辺の宿より立派なものが建つ」
「そっか」
「ああ。問題ない」
二人は顔を見合わせ、納得したように頷き合った。
必要以上に落ち込まない。
気まずいことから目を逸らしているだけともいうが、立ち直りの早さに関していえば、この二人は非常に優秀だった。
「それで……これから、どうするの?」
ミオは氷菓子をもう一度舐めてから尋ねる。
「宿は後回しだ。まずは当初の目的を果たす」
ジークは最後の一欠片を噛み砕き、立ち上がった。
「冒険者ギルドへ行く。仕事の一つも終わらせなければ、ルスに屋敷へ入れてもらえん」
「うん」
ミオもベンチから飛び降りる。
「ぼんさいも、買う」
「そうだったな」
「だいじ」
「ああ」
先ほどまで陰っていたミオの声に、少しだけ明るさが戻っていた。
それを確かめるように一瞥し、ジークはわずかに口元を緩める。
「行くぞ」
「うん」
◇ ◇ ◇
広場を離れ、石畳の大通りを歩くことしばし。
二人は帝都の中央通りに建つ、冒険者ギルドへと辿り着いた。
周囲の建物より一回り大きな石造りの建物で、その正面には、剣と盾を組み合わせた黄金色の紋章が高々と掲げられている。
分厚い両開きの扉は固く閉ざされていたが、その向こうからは、外まで届くほどの喧騒が漏れ聞こえていた。
ジークが扉を押し開ける。
その瞬間、外とはまるで異なる空気が二人を包んだ。
酒と汗と、革と金属の入り混じった匂い。
剣や鎧がぶつかり合う音。
豪快な笑い声に、仕事を巡って言い争う怒鳴り声。
広いギルド内には大勢の冒険者がひしめき合い、獲物を求める獣の群れを思わせる熱気が渦巻いていた。
「すごい……」
ミオが目を丸くする。
宿での出来事など忘れたように、フードの奥から興味津々の眼差しを覗かせていた。
「どこも似たようなものだ」
ジークは慣れた様子で中へ入り、壁際に並んだ受付へ目を向ける。
「まずは登録だな」
「ぼうけんしゃになるの?」
「形だけな。仕事を受けるには必要だからな」
二人は人混みをすり抜け、受付の前にできた列へ並んだ。
順番を待つ間も、ミオは忙しなく辺りを見回している。
巨大な斧を背負った男。
色鮮やかな衣を纏い、長い杖を抱えた女。
机いっぱいに地図を広げ、真剣な顔で話し合う一団。
見るものすべてが珍しいらしく、その瞳はきらきらと輝いていた。
一方のジークは、片手を外套のポケットへ入れたまま、大きなあくびを一つ。
長い列にも、周囲から向けられる視線にも、まるで興味を示していない。
やがて二人の順番が巡ってきた。
「お待たせいたしました」
受付に座っていた若い女性が、柔らかな笑みを浮かべる。
「帝都の冒険者ギルドは、初めてのご利用でしょうか?」
「ああ」
「でしたら、新規登録が必要になります。こちらへお名前をご記入ください」
差し出された用紙と羽根ペンを受け取り、ジークは一瞬だけ手を止めた。
本名を書くわけにはいかない。
ほんの僅かに考えたあと、名前の欄へ乱雑な文字を書き込む。
──ジス。
続いて、隣にいるミオの欄へ、
──ミミ。
と記入した。
「…………」
ミオが用紙を覗き込む。
「……ミミ」
「ああ」
かなり適当だが、ミオはそれ以上気にすることなく、こくりと頷いた。
受付の女性は用紙へ目を通し、それからジークの背後に隠れるように立つミオへ視線を向けた。
「あら、可愛らしい冒険者さんですね」
にこやかに微笑みかける。
「お父さんと一緒に冒険かしら?」
「…………」
ミオの目が大きく見開かれた。
すぐさまフードを深く被り直すと、さっとジークの背中へ隠れてしまう。
受付の女性が困ったように目を瞬かせた。
「すみません。驚かせてしまいましたか?」
「人見知りでな」
ジークは何事もなかったように答える。
「母親がいない。家に一人で置いておくよりも、連れて歩く方が安心なんだ」
口から出任せにしては、やけに自然な作り話だった。
「まあ……そうだったんですね」
受付の女性の表情が、途端に気遣わしげなものへ変わる。
「大変なことも多いと思います。何かお困りの際には、遠慮なく相談してくださいね」
「……ああ」
ジークは僅かに目を細め、短く答えた。
その背後から、ミオがほんの少しだけ顔を覗かせる。
受付の女性は安心させるように、もう一度優しく笑いかけた。
そのときだった。
「おいおい! 子連れで冒険者だと!?」
ギルドの一角から、野太い声が飛んだ。
周囲の喧騒が、一瞬だけ小さくなる。
直後、あちらこちらから面白がるような笑い声が上がった。
「ここを託児所と間違えてんじゃねえのか?」
「そう言ってやるなよ。犬の散歩か、スライム退治くらいなら任せてもらえるかもしれねえぞ!」
「そりゃいい! 迷子にならないように、しっかり手繋いでてやれよ、お父ちゃん」
どっと笑いが起こる。
ミオの肩が、びくりと震えた。
先ほどまで好奇心に輝いていた瞳が、フードの奥でさっと翳る。
受付の女性が立ち上がり、慌てて周囲へ声をかけた。
「ちょ、ちょっと皆さん! 子供を連れての登録も別に問題ありません!」
笑い声を制するように、懸命に言葉を続ける。
「幼くても魔法や剣術の才能に恵まれた方はいます。それに、お子さんを連れて活動される事情がある方も──」
「──才能だぁ?」
受付の女性の言葉を遮り、鋭い罵声が響いた。
「笑わせんなよ。そんなもん、あるわけねえだろ」
聞き覚えのある声だった。
ジークの瞳が、ゆっくりと声の主へ向けられる。
「──獣人のガキなんかに!」
その男は、冒険者たちの間からこちらへ歩み出てきた。
傷だらけの革鎧。
背中に負った大剣。
伸び放題の無精髭と、酒に濁った目。
先ほど宿でミオにぶつかり、彼女の尻尾を目にした大男だった。
受付の女性が男の言葉に眉をひそめる。
「この子が獣人だというのですか?」
「ああ。間違いねえよ」
大男は口元を歪め、ミオを指差した。
「さっき宿で見た。そいつのマントの下から、でかい尻尾が出てきたからな」
その言葉に引きずられるように、周囲の視線が一斉にミオへ集まった。
好奇。
侮蔑。
嫌悪。
そして、見世物でも眺めるような薄ら笑い。
先ほどまでただ騒がしかっただけのギルドが、途端に息苦しい場所へと変わっていく。
「まさか、本当に獣人なのか?」
「よく帝都の中に入れたな」
「人間の真似までして、気味が悪いな」
誰かが発した言葉に、また小さな笑いが漏れる。
ミオは俯いた。
フードをさらに深く引き下げ、小さな身体を隠そうとするように背中を丸める。
そして──
ジークの袖を、きゅっと掴んだ。
小さな手。
縋るように布を握る、その指先は。
また、微かに震えていた。




