第37話 たまには外で、お仕事でもしてきたらいかがですか
真夏の陽射しが容赦なく降り注ぎ、どこまでも続く青空には雲ひとつ見当たらない。
庭木の葉は熱気に揺らぎ、蝉たちは命を削るような勢いで鳴き続けている。じりじりと焼ける空気が肌にまとわりつき、立っているだけで汗が滲んだ。
そんな昼下がり。
屋敷の裏庭には、ルス、ロッテ、そしてフィオナの三人が集まっていた。
しかし誰ひとり、夏の景色を楽しむ余裕などない。
三人の視線は、目の前に広がる惨状へと注がれていた。
そこにあったのは──見るも無残に吹き飛んだ物置小屋の残骸だった。
柱は根元からへし折れ、板切れは庭中へ飛び散っている。釘や工具は地面へ突き刺さり、屋根の一部に至っては垣根へ豪快に食い込んでいた。
まるで爆撃でも受けた跡のような有様である。
「……これはまた、随分と派手にやられましたね」
ルスが額を押さえ、小さく唸った。
「この前、垣根が丸ごと消えていた事件も……案外これと同じ犯人かもしれないわね」
ロッテも深いため息をつく。
呆れと諦めが半分ずつ混ざった声音だった。
一方で、フィオナだけは何とも言えない複雑そうな顔をしている。
「容疑者は……まあ、おおよそ想像がつきますな」
腕を組みながらルスが呟く。
「あとは、どっちが犯人かだけね」
ロッテが肩をすくめた。
言うまでもない。
屋敷の問題児は二人しかいない。
ジークか、ミオか。
あるいは──その両方。
「で、でも……外部の者が入り込んだ可能性はありませんか?」
フィオナがおずおずと口を開く。
「ジーク様は……その……時々、何をお考えなのか分からないこともありますけれど……。さすがに理由もなく物置を壊したりは……」
恐る恐る擁護すると、
「“時々”じゃなくて、“いつも”でしょ」
ロッテが即座に切り返した。
あまりにも迷いのない返答に、フィオナは危うく吹き出しかけ、慌てて口元を押さえる。
「で、でも……ミオひとりで、こんなことが出来るとも思えませんし」
今度は妹を庇うように言う。
その表情は、いつもの優しい姉そのものだった。
「となると……」
ロッテが顎へ手を当てる。
「やはり、共犯の可能性が高いですな」
ルスが重々しく頷いた──その瞬間だった。
「……おい」
ぼそり、と。
足元から声がした。
「「「うわっ!?」」」
三人は揃って飛び退く。
次の瞬間、地面へ落ちた影が水面のように揺らぎ、その中心が渦を巻きながら盛り上がった。
黒い影の中から現れたのは──
ジークとミオ。
「……随分楽しそうに話しているな。俺のいないところで」
ジークが腕を組み、不機嫌そうに三人を見回す。
その隣では、なぜかミオまで同じように腕を組み、同じような表情を作っていた。
「じ、ジーク様!? 町へ買い出しに行かれていたのでは……!」
フィオナが思わず声を上げる。
二人は朝から町へ出かけていたはずだ。
だからこそ、その隙に調査を進めていたというのに。
「さ、さすがジーク様……」
ルスが冷や汗を流した。
「上級の潜入探知魔法をかけた上で、隠蔽結界を三重に重ねていたのですが……」
するとジークは鼻で笑う。
「俺を誰だと思ってる。この程度の偽装じゃ、『隠れて何かしてます』と主張しているようなものだ」
その隣で、
「うんうん」
とミオが誇らしげに何度も頷く。
(……ミオは、たぶん意味が分かっていないわね)
フィオナは苦笑を飲み込んだ。
「……それで、ジーク様」
ルスがひとつ咳払いをする。
「裏庭の物置が、中の道具ごと見事に爆散しておりましたが……何かお心当たりは?」
その瞬間。
ミオの視線がぴくりと泳いだ。
「さあな。魔物でも入り込んだんじゃないか?」
ジークは涼しい顔で答える。
だが、その返答にルスの眉がぴくりと動いた。
「ご存じの通り、この屋敷には王都の城より五倍ほど堅牢な防御結界が張られております。」
静かな口調のまま続ける。
「侵入できる魔物がいるとすれば、神獣か古竜級でしょうな」
「……そうだったか?」
ジークが適当に返す。
しかしその横で、フィオナだけは目を丸くしていた。
(そ、そんなとんでもない結界で護られてるんですか、このお屋敷……!?)
驚くところが、まだ残っていたらしい。
「……それで。二人揃って知らぬふりを通すということは」
ロッテがじり、と一歩踏み出す。
「共犯で間違いないですね?」
ジークとミオが同時に半歩ずつ後退る。
「な、なんだ。証拠もないのに疑うのか」
「そ、そうだよ! しょーこ!」
ミオまで勢いよくジークの真似をしながら、近くの棚を叩いた。
──ダンッ。
次の瞬間。
──コトン。
棚の上に飾られていた小さな盆栽の幹が、ぽろりと鉢から転げ落ちた。
辺りが静まり返る。
「……あ」
ジークとミオが固まる。
それはルスが我が子のように大事に育て、毎日欠かさず手入れをし、暇さえあれば惚れ惚れと眺めている一品だった。
ルスは無言で幹を拾い上げると、それを胸へ抱くように持つ。
「……三十年」
ぽつりと呟く。
「私と共に生きてきた……家族のような存在だったのですが」
静かな声だった。
だからこそ、余計に恐ろしい。
「ち、違うぞ。たまたま、落ちたんだ! 今朝、偶然!」
「そ、そう。風……ふいてた」
苦しすぎる言い訳を並べる二人。
ルスは何も言わず、そっと盆栽を元の場所へ戻した。
そして深く、深く息を吐く。
ふぅ──。
次の瞬間。
にこり、と穏やかな笑みを浮かべた。
「……それほど魔法を使いたいのであれば」
笑顔のまま告げる。
「たまには外で、お仕事でもしてきたらいかがですか?」
その笑顔とは裏腹に、額には見事な青筋が浮かび上がっていた。
ジークとミオは互いの顔を見合わせる。
「……行くか」
「……いく」
その返事を聞き、ルスは満足そうに頷いた。
──だが。
怒りで冷静さを失っていた白獅子は、このとき、重大な失敗を犯してしまったのだ。
この二人を。
誰一人監視役も付けず外へ送り出すなど──決してあってはならないこと。
こうしてその日。
世に放たれてしまった。
──”最恐コンビ”が。




