ミカ③
ミカ視点です。
健介に復縁を断られてから、半年が過ぎた。
事務所という後ろ盾を失った私は個人勢のVチューバーとして、一から活動をやり直すことになった。
長年「ミカ」として使っていたアバターは事務所の財産として扱われ、私個人が使用することは許されなかった。
もちろん 「ミカ」という名前もだ……。
私は仕方なく貯金を切り崩して、評判のイラストレーターに新しいアバターの制作してもらった。
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「ミカサ」――それが、私の新たに生み出した分身だった。
「ミカ」の面影を残した未練がましい名前と思うけど……これまで積み上げてきたものを、完全に手放すことはどうしてもできなかった。
「大丈夫……私なら1人でもやれる。 だってあんなにみんなから注目されていたVチューバーだったんだから……」
私はかつての栄光を支えに、自分へそう言い聞かせながらパソコンを立ち上げた。
「まずは簡単に自己紹介動画から作るか……」
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「クソッ! 違う……こうじゃない。 なんで上手くいかないの!?」
動画制作を始めてから5時間……画面には「ミカサ」のアバターが映っているだけで何も進んでいなかった。
背景……アバターの表情……BGM……。
想像以上に多い設定項目が動画制作の進行を阻み、私を苛立たせる。
何度ネットで調べても意味がわからない……。
「どうなってんのよ……」
私が「ミカ」として活動していた頃……動画編集は健介や雄二に任せっきりだった。
配信のネタ作りや構成すら、事務所の別のスタッフが用意してくれていたものを、私はただ演じるだけだった。
だが個人になった今、私はそれを全て1人でこなさなければならない。
でも私には自信があった。
だって健介は独学で編集スキルを身に着けて、1日に何本も動画を作っていたのよ?
しかも健介は高卒……大卒の私にできない訳がないじゃない。
なのにどうして……。
「クソ……クソッ!!」
それからも私は食事もほとんど取らず、パソコンに向かって悪戦苦闘を続けた。
それでも一向に制作は進まない……。
頭の中ではイメージが出来上がっているのに……画面の中で形にならない。
ただ空しく時間だけが過ぎるだけで、私は何も生み出すことができなかった。
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「……」
誰かに頼りたくても私の周りには誰もいない。
悩み抜いた末……私はAIツールを使うことを決めた。
私の声を奪ったAIなんかに頼るなんて死にたくなるほど屈辱だったけど……私にはもうこれしか方法がなかった。
「生成開始……」
動画編集用のAIツールをインストールし、私の頭の中のイメージを文章にして生成ボタンを押した。
すると、私が何時間掛けても進まなかった自己紹介動画が……たったの数分で完成した。
動画が出来上がった安堵と簡単に私のイメージに近い動画を作られた悔しさで、なんとも言えない気持ちになった。
多少、いびつな部分はあったけど……別にこのままでも問題はないだろう。
「……」
AIに手を加えることすら癪だったので、私は完成した自己紹介動画をそのまま投稿した。
動画自体は駄作だけど、「ミカサ」に吹き込んだ私の声と演技は完璧だ。
この動画だけでも登録者1000人くらいなら、すぐ集まるはず。
私はそう確信していた。
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「なっなんなのこれ……少なすぎでしょ?」
自己紹介動画を投稿1か月が経過した。
「ミカ」として活動していた頃なら、動画1つだけで視聴回数は10万以上は確実に稼いでいた。
でも「ミカサ」の自己紹介動画の視聴回数は……わずか9回。
登録者数は2人。
ほかにもいくつか動画を投稿したが……どれもこれも似たり寄ったり。
「こんなのあり得ない……私はミカなのよ?」
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それからも動画を投稿し続けたけど……ほとんど伸びなかった。
その原因となっているのは雄二が違法に生成し、拡散させてしまった「ミカ」のAI音声。
アダルトサイトを中心に出回っていただけだったけど……今や一般の動画サイトや切り抜きサイトにも使われるようになり、私のAI音声を使ったVチューバー配信まで数多く出回るようになっていた。
低コストかつ時間の制約もなく、望むだけのセリフを喋らせることができる。
気づけば、世間では「ミカの声=AI音声」という認識が当たり前のように定着し、簡単にお小遣いを稼げる金のなる木と化していた。
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「なんでよ……。
こんなニセ声が注目されているのに……私の動画は全然伸びないの!?」
偽物が本物として愛され、本物の私は誰にも見向きもされない。
「私が本物なのに……どうしてよぉ!!」
わからない……。
どうしてみんな私の声を聞いてくれないの?
どうしてAIが作った出来損ないな声ばかり求めるの?
そんな傷ついた私の心をさらに抉ったのは、数少ない「ミカサ」へのコメント。
『ミカサさんの声、AI音声のミカさんとそっくりで可愛いですね! 応援してます!』
全く悪意のない応援コメント……それを見た瞬間、心臓を素手で握りつぶされたような痛みを感じた。
本物の私よりも、AIに奪われた私の声の方が価値を認められている。
腸が煮えくり返るような怒りを感じながらも、私は数少ない視聴者を失いたくない一心で返信した。
「応援ありがとう! 頑張るね!」
言葉でこそ笑っていたが……画面に写る私の顔はひどく歪んでいた。
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「……」
そして私はこの日も自室のパソコンの前で、動画の最終確認をしていた。
AIが自動で生成した編集画面をただぼんやりと眺めるだけ……それがかえって胸の中の空しさを増長させた。
「どうして私が、こんな目に遭わなくちゃいけないの……」
嗚咽混じりに漏れる弱々しい声……。
「私は……可哀想な被害者じゃない……」
雄二に裏切られ……健介を声すら出ない地味女に寝取られ……名誉や居場所をなくした挙句、声の存在意義まで失った。
”どうしてこうなったの?”
”何が私を不幸にしたの?”
自問自答を繰り返す中……私の頭に一つの結論が浮かび上がってきた。
”全ての元凶は――AIだ”……と。
AIなんてものがこの世になければ、雄二が私を騙すこともなかった。
健介が結衣に奪われることもなかった。
私の声が……失われることもなかった。
AIの憎しみが私の中で膨らみ始めたその時……。
『動画編集が完了しました』
タイミングを計ったかのように、AIからの無機質な通知がスマホに届いた。
「……ふざけるな」
その文字を見た瞬間、私の中で何かが、完全に弾け飛んだ。
「ふざけるなぁぁぁ!!」
私はスマートフォンを掴むと、力任せに床へと叩きつけた。
ガシャン!!
画面が割れる音が部屋に響き……怒りは収まらない私はスマートフォンを何度も何度も踏みつけた。
「クソッ! クソッ!クソがぁぁぁ!!」
私は私から全てを奪ったAIという名の悪魔を憎んだ。
だけどそれ以上に、AIがなければVチューバー活動すらままならない自分自身が心底憎かった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息が切れ……涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、私はその場に崩れ落ちた。
スマホの画面には蜘蛛の巣のようなひび割れが広がっている。
「……」
スマホを拾い上げ、長い間愛用していた「ミカ」のスマホカバーが目に入った。
私にとって輝かしいトロフィー……私の人生の象徴……。
でも今の私にとって……「ミカ」はもう、私の声が奪われたきっかけを作った忌々しい呪物でしかない。
この純粋無垢な笑顔が私を煽っているようにしか見えない。
「死ねよ、クソ女……」
私はスマホをゴミ箱に投げ捨て、私が育て上げてきた「ミカ」を完全に殺した。
次話はユイ視点で最終話です。 明日の19時に投稿します。




