ミカ②
ミカ視点です。
健介が事務所を去ってから、半年が過ぎていた。
Vチューバーとしての私の名は着実に知れ渡っていき……雄二との愛も順調に育んでいった。
私は全てを手に入れた女……そのはずだった。
だけど……その均衡は突然崩れ始めた。
-----------------
『雄二君が……警察に逮捕された』
「……は?」
いつも通りの朝を迎えた私のスマホに入っていたマネージャーからのメッセージ。
私は言葉の意味が理解できず、スマホを持ったまま固まってしまった。
「えっ? 何……どういうこと?」
動揺が指先を震わせ……上手くスマホを操作できなかった。
雄二が逮捕なんてされるわけがないのに……なんで震えるの?
それでもなんとかメッセージを送ることができたが、マネージャーから聞かされた話に私は言葉を失った。
----------------
雄二はAIで加工した女性のいかがわしい画像を売りさばいていた容疑で、昨日警察に連行された。
そして警察が雄二のパソコンを調べた結果、大量のAI画像や加工用のAIツールが発見され、そのまま逮捕されたという。
そして雄二の自供によって……健介のパソコンから見つかった大量のAI画像も雄二が仕込んだものだと判明した。健介を疑う証拠として提出された取引履歴や匿名の証言も、すべて雄二が裏で手を回していたもの。
「そんなの嘘……」
私は信じなかった……。
でもそれから間もなく、警察署で事情聴取を受けることになり……そこで私は改めて真実を聞かされた。
健介を冤罪にハメた理由は……。
『ロールプレイ感覚で健介からミカを寝取りたかったから』
冗談でも笑えないくだらない理由に、目の前が一瞬だけ真っ白になった。
しかも雄二は私以外にも、事務所に所属する女の子や、他所の女性と関係を持っていたと聞かされた時は、視界が大きくグラついた。
『ミカ、頼む! 俺を信じてくれ!』
健介の必死の訴えが頭を過ぎる……。
私は信じようとしなかった……ただの言い訳としか聞こえなかった――その結果が、これなの?
----------------
だが、私に追い打ちをかけるように、さらに衝撃的な事実が明らかになった。
「なによこれ……」
私を含む事務所所属のVチューバー達の声が、アダルト系の裏サイトでAI音声として売られていた。
それもまた雄二の仕業だった。
事務所の動画を全て管理している雄二なら私達の音声データなんていくらでも手に入れられるし、AIツールも使い慣れている彼にとっては朝飯前だっただろう。
「……」
私の場合は、特にひどかった。
雄二と身体を重ねた時に録音された私自身の生々しい声……それをAIに学習させていたため、生成されたAI音声は本物とほとんど見分けがつかないほど精巧なものになっていた。
「おえぇぇぇ……」
私はあまりの気持ち悪さに吐いてしまった……。
セリフが卑猥だからというより……私が言った覚えのないセリフがサンプル音声だけでも山のようにあることが、たまらなく気持ち悪かった。
----------------
清純派として売り出していた「ミカ」の声から出る卑猥なセリフの数々……。
雄二が金目的で作った私の偽声……アダルトサイトから様々なコンテンツに広がっていき、瞬く間に人気を博していった。
もちろんすぐに削除の対応が取られたが……音源はすでに無数にコピーされ、様々なサイトに拡散されてしまっていた。
どれだけデータを消しても……ただのイタチごっこだ。
----------------
雄二の犯行が明るみになると……世間からは、雄二と親しくしていた私達も共犯ではないかと疑いの目を向けられた。
『AIに声を売った底辺Vチューバー共』
『お前らも共犯なんだろ? さっさと自首しろ!』
『2度とVチューバーを名乗るな、雌犬ども!』
SNSでは雄二によるAI音声の販売が炎上し、さらには私達を批判する声が溢れかえっていった。事務所も管理責任を問う声が日に日に大きくなっていき……事務所と契約していたスポンサー企業が次々と契約解除を発表していった。
---------------
信じていた雄二の裏切り……ネットに溢れる罵詈雑言……傾き始める事務所……。
同僚のVチューバー達も、雄二とのことでぎくしゃくして信用できなくなった。
仲の良い友達もわが身可愛さに、私の話すら聞かずに離れていった。
誰一人私を信じてくれない。
その瞬間、不意に思い出した。
あの日、最後まで「信じてくれ」と叫んでいた健介の姿を……。
「健介……」
そうだ、同じ被害者である健介なら私を守ってくれる……私の傷ついた心を癒してくれるそんな気持ちが芽生えていた。
健介だけは私を見捨てない……それが私にわずかな希望を持たせてくれた。
---------------
私は健介の新しい住所を事務所の元同僚経由でどうにか調べ上げ、彼が住んでいるアパートを訪ねることができた。
ピンポーン……。
インターホンを押すとドアが開き、健介が顔を出してくれた。
久しぶりに顔を合わせた健介は以前より少し痩せていたが、以前にはなかった落ち着きが表情に宿っていた。
「健介!!」
「ミカ……」
私は祈るように両手を重ね、涙を流しながら今の心境を語った。
「私……雄二に騙されていたの! 健介に無実の罪を着せたのも雄二だったの……。
しかもあいつ……他の女の子達にも手を出していて……私の声をAIに学習させて、声を売っていたの!
ひどいと思わない!?」
「……」
「本当にごめんなさい、健介。あなたを信じてあげられなくて。
あなたと同じ立場になって……初めてあなたの苦しみが理解できた」
「……」
「健介……もう一度、やり直しましょう? 雄二に騙された被害者同士なんだから……私達、前よりもっとうまくいくわ! なんなら結婚だって……」
「……で?」
「えっ?」
「話は終わりか?」
健介の口から出た言葉……まるで感情のない機械音声のように聞こえた。
「俺は今、ユイとのVチューバー活動が楽しいんだ。 お前とやり直す理由はないし、お前に関わっている暇はない」
「なっ何よそれ……ユイって誰よ!? 私と付き合っているくせに……浮気してたの!?」
「俺達とっくに別れただろ? 2度と関わるなとか言って俺を引っぱたいたのはどこの誰だ?」
私は一瞬、言葉に詰まった。
確かにそう言った……確かに引っぱたいた……。
だけど、それは雄二に騙されていたから……仕方ないじゃない。
私だって可哀想な被害者なのに……すごく傷つけられたのに……。
それなのに浮気するなんて……あんまりじゃない!
「さっ三年も付き合った彼女に、どうしてそんな冷たい態度が取れるの!?」
「あのなぁ……お前はもう彼女じゃないだろ? 頼むから勘弁してくれよ」
声音こそ無関心のままだけど……その顔には疲労がにじみ出ていた。
私との会話がダルいとでも言うの!?
健介の不謹慎な態度に少しイラっとした時……。
「えっと……」
玄関の奥から、化粧っけのない地味な女が現れた。
馴れ馴れしく健介の隣を確保する女の厚かましい態度に、私の中で何かが逆流した。
「それが私を捨ててまで乗り換えた女? なにそれ本気? なんかのギャグ?
私よりずっと地味じゃない」
私の言葉に健介は眉をピクリとさせるが、女は表情を変えずにスマートフォンの画面越しに言葉を紡ぎ始めた。
『初めまして……結衣と言います。 健介さんとVチューバーやっています』
「えっ?……何?」
『健介さんは、冤罪とあなたの裏切りに傷ついて、自殺しようとしていました』
機械的な平坦な声がスマホから流れる……でも私はその内容よりも、スマホを通して話す彼女に、得体の知れない不気味さを覚えた。
「なんなのあんた? 普通にしゃべりなさいよ」
私がそう言うと……結衣は一瞬だけ躊躇するも……画面に文字を打ち込んだ。
『私、交通事故にあって……その時のケガが原因で声が出せなくなったんです。
今は、AI音声を使ってVチューバーの活動をしています』
「はっはぁ!?」
その言葉を聞いた瞬間、抑えきれない嫌悪感がこみ上げてきた。
「なによあんた……声が出せないくせにVチューバーやるとかバカすぎるでしょ?
AI音声を使ってVチューバー活動するなんて……頭イカれてるんじゃない? 気持ち悪い!!」
『私のことはどう思ってもらっても構いません。 ただ、健介さんを困らせるようなことはやめてください』
「良い子ぶってんじゃないわよ! この詐欺師! 泥棒猫!」
こんな女に構っている暇はない!
今は健介との復縁を優先しないと!
「ねぇ健介……こんな女の、安っぽい動画を見に来る人間なんて、ニートか暇人だけよ? 私なら、健介に苦労なんてさせないから! だから私と……」
一瞬、結衣のスマートフォンを握る手が強く震えたように見えた。
バチンッ!
次の瞬間、乾いた音が響いた。
何が起きたのか……数秒理解できなかった。
頬から伝わる痛み……震える結衣の手……そこでようやく何が起きたのか理解した。
”私はこの女に叩かれた”
結衣自身も驚いたように自分の手を見つめ、小刻みに震わせていた。
人に暴力を振るっておいて……何を被害者面してる訳?
この女……頭のネジ緩んでるんじゃない!?
「な、何すんのよ!」
私が声を荒げて結衣に掴みかかろうとすると……健介がすぐさま結衣を庇うように前に出た。
「けっ健介?」
さっきまで能面のように固まっていた健介の顔には……はっきりと怒りがにじみ出ていた。
「二度と俺たちに関わるな!」
健介はそう言い放つと、私の目の前でドアを閉めた。
「けっ健介! 待って! お願い、私の話を聞いてよ!」
私はドアを叩き、健介に呼び掛けた。
何度も何度も……手が痛くなるくらい……声が枯れそうになるくらい……。
けれどドア越しに帰ってきたのは……。
「これ以上しつこくするなら、警察を呼ぶぞ」
健介の冷たい言葉だけだった。
私はその言葉に動きを止めた。
ただでさえ世間からの風当たりが強くなっている今、警察沙汰になれば、私はもう表の舞台に出られなくなる。
それだけは、避けなければならなかった。
「くっ!」
私は悔しさを噛み締めながら、その場を後にした。
”どうして健介は私を助けてくれないの?”
”なんで話も聞いてくれないの?”
何度も自問自答したが……答えは返ってこなかった。
だって私は……可哀想な被害者よ?
3年も付き合っていたのに……あんな声すら出せないエセVチューバー女なんかに乗り換えて……。
「最低……」
私は私を見捨てた健介と健介を奪い去った結衣を呪った。
---------------
それからしばらくして……私が所属していた事務所は、経営破綻という形で正式に解散を発表した。
完璧だった私の輝かしい人生は崩壊してしまった。
でもこの時の私はまだ知らなかった……これが絶望の始まりにすぎないということを……。
次話もミカ視点です。
明日の19時に投稿します。




