ミカ①
ミカ視点です。
私はミカ、Vチューバーをしている。
昔は声優を目指していたんだけど……地下アイドルのような仕事ばかりでアニメの脇役すらもらえない日々に嫌気がさし、Vチューバーに転身した。
環境が整っている事務所に所属したことと、元々声や演技が良いことが功を奏し……私はVチューバーにとして少しずつ世間から注目を集めていった。
「ミカ、お疲れ!」
「健介もお疲れ様!」
そんな私には、3年間交際している健介がいる。
彼はウチの事務所の動画編集者の1人で、同じ事務所に所属していることもあってほとんど毎日一緒にいる。
健介はAIツールを使ってVチューバーモデルやBGM等、活動に必要なものを作成している。
私が声を吹き込んでいる「ミカ」のモデルも、実は健介がAIを使って作成したものだ。
健介は地味だけど丁寧な仕事ぶりで、事務所内での評判も悪くなかった。
たまの休日だって私と過ごす時間を優先してくれたし……健介は本当に最高の男性だった。
少なくとも、あの日までは……。
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それはよく晴れた昼下がりのこと……。
「健介君! 君がAIで加工した女性の裸の画像を、闇サイトで売っていると匿名のタレコミが複数あったんだが!?」
事務所のマネージャーが部屋に入るや否や、怒りを露わにして健介を問い詰めた。
私はマネージャーが何を言っているのか、理解できずにただ茫然としていた。
「なっ何の話ですか!? 俺はそんなことしてません!!」
「だったらパソコンの中身を見せてみろ! 潔白ならできるはずだ!!」
健介は抵抗することもなく――彼が動画編集に使っていたパソコンを起動させて、マネージャーに見せた。
するとそこには……女性を裸に加工した卑猥なAI画像が大量に保存されていた。
有名なモデルやアイドル……さらにはSNSで拾ってきたらしい一般女性の写真まで加工されていた。
年齢の幅も10代~30代……中にはまだ幼い子供の姿まであった。
「うっ!」
あまりのおぞましさに、私は吐きそうになって口に手を添えた。
「こんなの知らない! 俺は本当にやってないんだ!!」
一方の健介はマネージャーに何度も無実を訴えていた……私も彼が無実であることを信じたかった。
でも目に付いた大量の画像が頭から離れない。
Vチューバー活動にも使用しているAIを悪用し、何も知らない女性達を裸にしてそれを金に換えるなんて……悪魔としか言いようがない。
しかも編集用のソフトのフォルダに紐づく形で保存されている。
あれほど几帳面な健介のパソコンに、偶然こんな大量の画像が紛れ込むとは思えない。
健介を信じたい気持ちがグラつく……。
「最低……」
「クズ野郎が……」
マネージャーも周囲にいる仲間達も……健介に軽蔑の視線を向けた。
もう誰も彼の言葉が耳に届いていないみたい。
「ミカ、頼む! 俺を信じてくれ!」
事務所のみんなから非難される中……健介は私に縋りついてきた。
必死に自分は無実だと訴える健介――。
私はその言葉を信じるべきか迷った……。
でも私が出した答えは……。
「最低……」
私は縋り付く健介の手を払った。
もしここで私だけが健介を庇えば?
世間は私まで同じ犯罪者だと思うかもしれない……。
そんなことになったら今までVチューバーとして積み上げてきた何もかもが崩れる。
そんな恐怖に胸を締め付けられた私は……信じてほしいと訴える健介から目をそらした。
「ミカ……」
健介はその後、マネージャーが呼んだ警察に連れて行かれた。
その時の彼の顔はひどく青白く見えた。
一言で言うなら……絶望。
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私は警察から少し事情聴取を受けた後、健介と同棲しているマンションに帰宅した。
”信じていた健介に、裏切られた”
頭から離れないあの悍ましい画像の数々と共に、その事実が私の胸を締め付けてくる。
私は一体何を信じたら……誰の言葉を聞いたら良いの?
何度もそう自問自答していると……。
ピンポーン……。
同じ事務所のVチューバーで、動画編集も兼任していた雄二が訪ねてきた。
「ミカ、大丈夫か?」
「雄二……なんでここに?」
「健介があんなことをしたからな……ミカが心配になって来たんだ」
雄二はいつも明るくて、少し軽い印象のある男だった。
正直、これまで仕事以外に深く関わったことはないからプライベートで話すことはほとんどなかった。
でもこの時の彼は……いつもと違って見えた。
「健介……本当にあんなことしたのかな? 誰かにハメられたとか……」
ソファに座り直した私の隣を雄二が占領する。
「健介を信じたい気持ちはわかるよ? でもあいつはミカが信じているような人間じゃないんだ」
「どっどういうこと?」
「ちょっと前にさ……健介と一緒に酒を飲んでいた時に、酔っぱらったあいつが自慢していたんだ。
AI加工した女のエロ画像を売りまくって、女遊びやギャンブルを楽しんでいるって……」
「そっそんな……」
「ミカのことも言ってたよ。
つまらない女とか……体が貧相で満足できないとか……」
雄二から聞かされた健介の本音が私の心を抉る。
わずかに残っていた健介への信頼が少しずつ削れていくみたい……。
「私……健介の事、信じていたのに……」
私は涙をこらえきれずに、雄二の胸に顔を埋めた。
「あんなクズは忘れるんだ。俺ならミカを裏切ったりしない」
私の肩をそっと抱き寄せながら、雄二は優しくそう囁いた。
健介に裏切られたショックが心に残っていた私にとって、それはひどく心地よく耳に響いた。
「雄二……」
「ミカ……今は俺の事だけを見ろ。 何も考えるな」
私は雄二の言葉に縋るように、彼と唇を重ねた。
その瞬間……私の心を覆っていた黒いものが全て吹き飛んだように感じた。
健介とは違う……たった1度のキスで、雄二は私の心を癒してくれた。
そう思っていた瞬間……。
ガチャッ……。
ドアの向こうから玄関が開く音が聞こえた。
雄二とのキスに夢中ではっきりとは聞こえなかった私は、気にせず雄二とのキスを続けた。
パタンッ!
すると、リビングのドアが勢いよく開く音が響いた。
驚いた私は雄二の唇から離れて振り返ると……そこには青ざめた顔をした健介が立っていた。
時が止まったような沈黙が流れた。
健介の目には――言葉にならない怒りのようなものが浮かんでいるように見えた。
「な、なんで……どういうことだよこれ!!」
怒りが混じった声音で健介が私を責め立てた。
客観的に見れば、浮気していた私が悪いことになるだろう。
だけど……これは全く違う。
「傷ついた私を雄二くんが優しく癒してくれただけよ? それがどうかした?」
「どうかしたって……何を言ってるんだ! お前、自分が今何をしたのかわかっているのか!?」
「うるさいっ! そもそも健介が犯罪に手を染めたのが悪いんじゃない!
自分のこと棚に上げて逆ギレしないでよ!! 自分が恥ずかしくないの!?」
雄二とのキスが人に褒められるようなことじゃないことは認める……でも私にこうさせたのは健介だ。
彼が私の信頼を裏切って、汚い金を得ようとしたからこうなったんだ。
「俺は本当に何もしてない! そもそもまだ別れてもいないのに……他の男とキスするのは普通に浮気だろ!」
健介がそう叫んだ瞬間、私の中で、何かが弾けた。
浮気以上にひどいことをしていたくせに……どの口で私を責めている訳?
「うるさいって言ってるでしょ!? 浮気浮気って……さっきからくだらないことばっかり言って……私に謝ることすらできないの!?」
自分の非を認めず、言い訳ばかり並べて私を責め立てる健介の態度に私の悲しみは怒りへと変わった。
「二度と私に関わらないで!!」
私は怒声と共に健介の頬を思い切り叩いた。
人を叩くなんて……生まれて初めてだ。
パンッ!!
乾いた音が部屋に響く……。
健介は呆然としたまま、頬を押さえて立ち尽くしていた。
私がここまでしたのに……健介は何も言ってくれなかった。
ここで私はようやく悟ることができた。
もう私の知っている健介はいないんだと……私が好きだった健介もうどこにもいないんだと……。
「……」
私は最低限の荷物だけをバッグに詰め込み、健介と暮らした思い出の部屋から――裏切りに満ちたこの空間から……1秒でも早く解放されたい!
”健介……さようなら”
私は呆然としたままの健介を放置し、心の中で彼に別れを告げて部屋を出た。
「行こう、ミカ」
部屋を出た私の肩を、雄二が優しく抱いてくれた。
その手から伝わる心地よいぬくもり……雄二の優しさや純真さが傷ついた私の心を包み込んでいるみたい。
「雄二……」
私はそのまま雄二のマンションに向かい、身も心も彼に癒してもらった。
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その後……匿名の追加証言やAI画像の取引履歴が次々と見つかり、
世間では健介が犯人だという見方が決定的になった。
「……」
健介は結局、自分の罪を認めないまま事務所から正式に解雇された。
最後の最後まで反省する姿を見せない彼に、私は心から幻滅した。
『別れましょう』
私はLINEでそれだけ伝えると、健介の連絡先を全てブロックした。
もう私の中で……彼は過ぎ去った過去として処理した。
「これでよかったんだよね……雄二」
「あぁ……君は悪くない。 悪いのは全部健介だ」
信じていた恋人に裏切られて傷ついた私……。
でも優しく寄り添ってくれる雄二のおかげで健介から受けた心の傷は少しずつ癒されていった。
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それからも私はVチューバーとしての活動を続け、雄二は程なくして事務所の動画編集長に任命された。
配信用の収録データ……私を含めた事務所のVチューバー達の音声データ……モデルのデータ――活動に必要なものは、すべて雄二に一任する流れになった。
雄二は事務所でも評価の高い動画編集者であり、人気Vチューバーでもある。
彼に任せておけば全て上手くいく……私も事務所のみんなもそう確信していた。
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『落ち込まないでね、ミカちゃん! 応援してるよ!』
『元カレのことなんて気にするな!』
私は恋人に裏切られたという悲劇を乗り越え、新しいパートナーと再出発するVチューバーとして、皮肉にも世間から大きな注目を集めることになった。
配信の登録者数は右肩上がりに伸びていき……いつしか、事務所を代表する人気Vチューバーの1人に数えられるようになっていた。
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「ミカ……愛してるよ」
「私もよ……雄二」
世間に知れ渡る私の名……雄二という最高の彼氏……。
この世の幸せを全て独占しているような気分だった。
これからもこの幸せは続いていくと信じていた。
「今日も可愛い声で鳴いてくれよ?」
「フフ……いいよ? 雄二の前でしか出さない声をたくさん聞かせてあげるね?」
私は彼に身を委ねた。
健介を忘れさせてくれるこのぬくもりだけが……今の私の救いだった。
「私、幸せだよ……雄二」
でも……この時の私は知らなかった。
ベッドに仕掛けられていた小さな録音マイクの存在を……。
そしてそれが……私の”声”を奪う材料になることも……。
次話もミカ視点です。
明日の19時に投稿します。




