ユイ②
ユイ視点です。
それから数日の間……私は健介さんと何度かカフェで打ち合わせを重ねた。
そしてこの日、過去の配信から集めた音声データを持って健介さんが住んでいるアパートを訪ねた。
『お邪魔します……』
一人暮らし男性の部屋に入るのは抵抗があったけど……健介さんの部屋にある編集機材は重いし数も多いらしいので、わざわざ部屋を借りてそこに機材を運ぶのは骨が折れる。
そもそもお金なんてそんなにないしね。
「まずは、結衣さんの声のデータを整理しましょう」
健介さんは私が過去にユイとして配信していた動画のアーカイブを、一つ一つ丁寧に確認していった。
今までやってきた雑談配信、歌枠、ゲーム実況……何十時間分もの音声データの中からノイズが少なく、かつ感情表現が豊かな部分を選び出していく作業は、想像以上に過酷だった。
でもさらに大変だったのはその後……。
日々進化していると聞くAIツール……声を読み込ませたらそれでほぼ音声のできあがり!
なんてAIを知らない素人である私は、どこか甘く考えていた。
だけど実際は全然違っていた。
『初めまして、ユイです。 みんな、よろしくね?』
声質自体は以前の「ユイ」に似ているけど、話し方はまだ無機質だ。
この声を「ユイ」にするために……話す速度やアクセント等、これから調整しないといけない箇所は山ほどある。
AIや編集に慣れている健介さんすら……。
「結構しんどい作業なんだよなぁ……これ」
なんてぼやくくらいだ。
だけど、健介さんは弱音こそ吐くものの……その手は止めなかった。
私だって、Vチューバーに戻れる可能性がある以上……どれだけ過酷でもやめる気はないけどね。
--------------------
それから1週間後……。
『初めまして、ユイです。 みんな、よろしくね?』
「!!!」
健介さんがパソコンの画面を見せてくれた時、私は思わず身を乗り出した。
セリフこそ最初と同じだけど、スピーカーから聞こえてきたのは――紛れもなく、あの頃の「ユイ」の声だった。
私は声こそ出せなかったけど、感動で目頭が熱くなった。
「なんとか最初の1歩は踏み出せたな……苦労したかいがあった」
『はい!』
もちろん、完璧に再現できている訳じゃない。
イントネーションが微妙に不自然な部分もあったし、感情の機微を表現しきれない箇所もあった。
それでも声を失った私にとっては紛れもない奇跡だった。
--------------------
そして私たちは配信で使うVチューバーモデルの調整にも取り掛かった。
以前の「ユイ」のモデルはそのまま使えることになり、健介さんは表情や口の動きが、AI音声の抑揚とうまく連動するように、丁寧に設定を詰めていった。
ほとんど健介さんがしてくれたことだけど、私だって配信用の内容を考えたり……ユイに着せる衣装とかを考えたりと……自分にできる努力は重ねていた。
-------------------
もちろん、配信ばかりに気を取られてはいない。
配信もそうだけど、生活するにもお金はかかる。
親に借金はしたくなかったし……自分がやりたいことなんだから、お金も自分で出したい。
そんな思いから……私はお父さんに頼んで紹介してもらった声が出せなくても働ける倉庫での軽作業や事務処理のバイトを始めた。
健介さんも動画編集のスキルを活かして、クラウドソーシングで単発の編集案件を受注して生活費を稼ぎつつ、配信用に少しお金を出してくれた。
『俺も共同制作者ですからね、結衣さんにだけ負担を掛けられませんよ』
なんて言ってくれた時は、少しドキッとした。
--------------------
ユイのモデルやAI音声の調整が終わっても、まだ動画配信には手が届かない。
ユイの微妙な表情の変化……配信用ソフト……OBS……配信画面……BGM……サムネイル。
やるべきことは山のようにある。
今まで独学でなんとかVチューバーをやってきた私にとって、聞くだけで目が回りそうだ。
途方もない時間や労力を掛けないといけないし……失敗しては何度もやり直さないといけない。
本当に大変だった……でもそれ以上に、健介さんから私の知らなかった動画編集や配信環境の知識を教わることがとても楽しかった。
--------------------
2か月後……ようやく最初の動画を完成させることができた。
「ここまで来て聞くのもなんですが、本当に公開して大丈夫ですか?
AI音声を使っていることはともかく、事故の詳細まで語る必要はありませんよ?
諸事情だとかなんとか言ってはぐらかすこともできます」
確かに健介さんの言う通り……私達が利用している配信サイトでは、AI音声の使用を明記する必要があるけど、使っている理由まで明記するかどうかは本人の自由だ。
まして、Vチューバーが声を失ったなんて……少し前の私なら恐ろしくて公言できなかっただろう。
でも……。
『私、ここまで応援してくれたみんなに嘘や隠し事はしたくないんです』
私の素直な気持ちを聞いた健介さんは、呆れたように首を振るも口元は少し優しく緩んでいた。
「分かりました……では、投稿しましょう」
こうして、新たな「ユイ」としての活動がスタートした。
正直、怖くなかったと言えば嘘になる。
”私のこれまでの経緯やAI音声のことを知ったみんなはどんな反応をするだろう?”
不安に満ちた疑問が頭から離れなかった。
AIが当たり前のように使われている時代とは言え……AIを使った音声やイラストを否定的に捉える人もいる。
そもそも私の声を吹き込んでいた今までのユイに突然AI音声を使えば、拒絶反応を示す人がいてもおかしくない。
私は最悪……視聴者のみんなが私から離れる覚悟もしていた。
--------------------
動画を投稿してから1時間が経過すると、最初のコメントが動画に付いた。
『ユイちゃん!? 良かったぁ……心配してたんだよ?』
続けて、次々とコメントが流れ始めた。
『辛かったね……でも、またこうして配信再開してくれて嬉しい!』
『AI音声とか関係ないよ! ユイちゃんはユイちゃんなんだから!』
『変わらず応援してますから、これからも頑張ってください!』
否定的なコメントもあったけど、それ以上にたくさんの温かなコメントが画面を埋めていった。
「……」
途中から目の前が涙でにじんで、文字がよく見えなくなった。
袖で何度ふき取っても涙があふれてくる。
「……」
隣にいる健介さんは震える私の肩にそっと手を置いた。
言葉こそなかったけど、嬉しそうなその笑顔を見ただけで……彼が今どんな気持ちなのかが伝わってきたような気がした。
--------------------
それから私たちは少しずつ形を変えながら配信を続けた。
週に2回だった雑談配信を3回に増やし、ゲーム実況やお便りコーナーなんかも始めた。
健介さんは編集の腕を活かして、切り抜き動画も定期的に投稿してくれるようになった。
登録者や視聴回数は私1人の頃よりも増えたけど、配信だけで生活できるほどの収入は得られなかったからバイトは継続していた。
バイトは大変だけど……配信を始める前よりは気持ち的に随分と楽になった。
--------------------
『それじゃあ、また次の配信で! ばいばーい!』
最初の動画を投稿してから3か月後……私はAI音声を使ってから初めて生配信を行った。
生配信はあらかじめ作った動画と違ってリアルタイムで視聴者のみんなと話す場……。
声を失う前もやったことはあるけれど、すごく緊張してしまって、伝えたい言葉がなかなかまとまらなかった。
ましてAI音声を使っている今だと、難易度はさらに上がる。
私が打ち込んだ文章をAI音声が読み上げ、それに合わせてユイの口が動く。
健介さんのサポートありきとはいえ、私はタイピングが遅いし……慌てて打ち間違えることもたびたびあった。
『慌てなくても良いよ!』
『入力終わるまで俺達が盛り上げとくから!』
『間違えるところも可愛くて素敵だよ、ユイちゃん!』
それでもみんなは、こんな私をフォローしてくれた。
本当に私は……恵まれているんだなって、はっきり思えた。
--------------------
生配信を終え、私と健介さんはコンビニでケーキや飲み物を買って、ささやかなお疲れパーティーを開いていた。
『みんな、優しい人ばかりで……あの時、死のうとしていた自分が恥ずかしくなりました』
「そう思えたのなら、手伝ったかいがありましたよ」
『健介さんは、まだ死にたいと思っているんですか?』
我ながらぶしつけな質問だとは思っていた。
でも……健介さんのおかげでここまで来れた私は、この質問を彼に否定してほしかった。
「そうだなぁ……完全に吹っ切れたと言えば嘘になります。
でも……それより今は、こうして結衣さんと配信活動を続けたいって気持ちが強いです。
死ぬのはまだまだ先で良いです」
言葉に少し不安が残ったけど、健介さんの顔はとても晴れやかに見えた。
初めて会った時に見た、あの絶望しきった健介さんとは全く違う。
『そう思えるようになったのなら、本当に良かったです』
「そうですか……それなら、これからもよろしくお願いします。 結衣さん」
『こちらこそ、よろしくお願いします! 健介さん』
あの海岸で死ぬことを求めた私達は……ようやく生きていく希望を見出すことができた。
--------------------
そんな穏やかな日々が、これからも続いていくのだと思っていた。
ピンポーン……。
だけどある日……。
いつものように健介さんの部屋で配信動画の準備に取り掛かっていると、突然インターホンが鳴り響いた。
「俺が出ます」
健介さんはそう言って、ドアの方へと向かい……私はユイの調整を続けた。
その時!!
「健介!!」
泣き叫ぶような女性の声が部屋全体に響いた。
私は驚いて玄関の方へそっと視線を向けた。
そこには立ち尽くしている健介さんと、彼の前で涙を流している見知らぬ女性がいた。
「ミカ……」
健介さんの口から漏れた名前……それは、健介さんから聞いていた恋人の名前だった。
次話はミカ視点です。
明日の19時に投稿します。




