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偽物の声で、もう一度 ~交通事故で声を失ったVチューバーの私は、冤罪で全てを失った動画編集者とAI音声でもう一度夢を追いかける~  作者: panpan


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ユイ①

主人公ユイ視点です。

 潮や雨上がりの土の匂いが鼻孔をくすぐる。

慣れない道を歩いてきたせいか、じんわりと汗が流れて少し足も重く感じる。

暗闇の中で開いたスマートフォンの画面がいつもより眩しく感じる。

私は地図アプリを起動させて現在地と目的地を確認する。


 ――あと少し。


 疲労を訴える体にムチを打って歩き続けた。

この先にあるのは「自殺の名所」と呼ばれている海岸……私はそこに向かっている。

私はそこで……自分の人生にピリオドを打つつもりだ。

誰にも会いたくなくて深夜に家を出たけれど……職務質問を受けたり、犯罪に巻き込まれたりしないかだけが不安だった。

私はただ、誰にも邪魔されずに静かに死にたいから。

でもここまで来たらもう、その心配はなさそうだ。

ほっと胸をなでおろすと、私の頭の中にこれまでの記憶が走馬灯のように蘇った。


-----------------------


 私の名前は結衣。

「ユイ」という名前で、Vチューバーとして活動していた。

配信を始めたのは大学二年生の時……。

最初は登録者も数人で、送られるコメントもそんなに多くはなかった。


『今日も来たよ』


『配信楽しみ!』


 ほんの一言でもコメントをくれるたびに、画面の向こうに確かに人がいるのだと実感できて、それだけで胸が温かくなった。

ゲーム実況、雑談配信、下手なギターの弾き語り……内容自体はごくありふれたものばかりだった。

でもみんなが褒めてくれるたびに、この世界に居場所ができたような気がした。


 昔から友達も少なく、人と話すのも得意じゃない私にとって……誰かと楽しく話すことは本当に幸せだった。

莫大に稼げていたわけでも、誰もが知る有名人だったわけでもない。

現実の私はバイトとVチューバーの両立ですごく大変だったけど、嫌じゃなかった。

ただ自由にいろんなことを楽しめるVチューバーでいられたら……それで十分だった。


-----------------------


 だけど配信を始めて3年目のあの日……事故は起きた。


 キィィィィッ――!!


「えっ?」


 いつものように大学からの帰り道……。

信号を待っていた私に、居眠り運転のトラックが突っ込んできた。

私は何が起きたのか理解できず、悲鳴すらあげられないまま意識を失い……気が付くと、病院のベッドの上にいた。

そして意識を取り戻した私に……医師が恐ろしい事実を語った。


『事故の衝撃で喉と発声に関わる神経に深刻な損傷が残りました。現在の医療では、以前のように声を出せるようになる可能性は極めて低いでしょう』


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になったのを覚えている。

医師の言葉を信じられず、私は必死に声を出そうとしたけど……咳き込むだけで声は一切出なかった。


 ――嘘だ、嘘だ……嘘だ!!


 私は信じたくなかった……いや、信じられる訳がない。

私にとって、声は命そのもの……ううん、命よりも大切な物。

何もなかった私に唯一与えられた宝物……。

それを……失った。


『……』


 悔しくてたまらなかった……つらくてたまらなかった。

涙はいくらでも出てくるのに……叫び声や嗚咽は喉から出てこなかった。


-----------------------


 退院してからの日々は灰色だった。

声は出ないけど、飲食はできる。

体は自由に動かせるし、視力や聴力も問題ない。

意思疎通だって、スマートフォンのテキスト読み上げ機能を使えばできる。

でも機械的な合成音声から流れる言葉は、私の感情を何一つ乗せてくれなかった。

ただ無機質な電子音がスマホから流れるだけで、失ったものの大きさをただ痛感させるだけだった。


-----------------------


『今日生配信予定だったよね? ユイちゃんどうかした?』


『何かあったの?』


配信サイトを開くと、私を心配するみんなのコメントが届いていた。

文字を打ち込んで返事をすることはできた。

でも、私にはみんなに伝える勇気がなかった。


――声を出せなくなりました。


 そんなこと……とても言えなかった。


--------------------


 声を失ってから3か月が過ぎた。

私の心に空いた穴は塞がるどころかますます大きくなっていき、ついには生きている意味を見出すことができなくなった。


 ――もう生きていたって仕方ない。


 そんな思いが今の私の足を動かしていた。


--------------------


 目的地である海岸を視界に捉え、途切れた岩場のあたりまで来た時……。


「……」


 崖の縁に近い場所に立っていた黒いパーカーを着た男性の背中が目に入った。

背中越しに震える男性の様子を見て、彼も死のうとしているのだとなんとなく察した。

本来なら止めるべきなのだろうけど……私には止める資格も勇気もなかった。

でも同じ場所で死のうとしている男性に共感のようなものが芽生えたのか、私は彼がなぜ死のうとしているのか気になってしまった。


『あの……』


 私はスマートフォンを取り出し、読み上げ機能をオンにして、テキストに言葉を打ち込んだ。

無機質な機械音声が夜の静寂に響き、驚いた男性が私に振り返る。


「……え?」


『驚かせてごめんなさい。 私、結衣と言います。

ここで死のうと思っているんです』


「君も?」


『はい』


「そう、なんですか……。 あっ、俺は健介といいます。

ところで……そのスマホは?」


『ごめんなさい。 私、声が出ないんです』


「声が?」


 私達は途切れた岩場に海へ足を出すような姿勢で腰を下ろした。

ここから下の海まで10メートル以上はある。

波も荒いし、落ちたらほぼ確実に死ねるだろう。


--------------------


『……ということがあったんです。

だから私……ここで死のうと思っているんです』


 私は健介さんにVチューバーだったことや交通事故で声を失った経緯を話した。

どうして彼にこんなことを話してしまったのか、自分でもよくわからない。


「そうだったんですか……奇遇ですね。

実は俺も、Vチューバー事務所で動画編集の仕事をしてたんです。

それなりに名の知れた事務所で、やりがいもありました。

同じ事務所のミカっていうVチューバーと3年付き合ってきて、結婚も考えてました。

でも……」


 健介さんはそこで1度言葉を切り、小さくため息をついた。


「でもこの前……事務所を追い出されたんです。

俺が『AIで加工した女性の裸の画像を売っていた』っていう理由でね。

もちろん身に覚えなんて全くありません。

でも誰も信じてくれなかった……。

何度も違うって言ったのに……事務所のみんなも友人達も……俺が犯人だと決めつけていました」


『ミカさんは……信じてくれなかったんですか?』


 私がそう尋ねると、健介さんは自嘲するように笑った。


「えぇ、全く信じてくれませんでした。

ミカだけでも理解してほしいと思って、警察から帰された後に彼女と同棲しているマンションに帰ったんですけど……そこには雄二がいました。俺と暮らしていた部屋に……。

どういう関係なのかなんて、聞かなくても分かりましたよ」


 生々しい話に私は一瞬、健介さんから目をそらした。

恋人がいたことなんてない私には男女の事情なんてものはよくわからない。

それでも3年もの時間をかけて築き上げてきた信頼関係が一瞬で壊れてしまう恐ろしさを察することくらいはできる。

私にも……配信で築き上げてきたものがあるから……。


「少し問い詰めたら、『犯罪に手を染めたあなたがすべて悪い』、『あなたに裏切られて傷ついた私の心を優しい雄二君が癒してくれた』……とかなんとか言われて、別れを告げられました」


『ご両親は?』


「両親には縁を切られています。

両親が勧めていた大手企業の内定を蹴って、ミカとVチューバー活動するって息巻いて家を飛び出しちまって……。

電話で『迷惑かけ続けてごめん』とだけ言いましたけど……これから死ぬとは言えませんでした」


『そう……ですか』


「だからもう……俺を待ってくれている人は誰もいないんです」


 健介さんの声は、悔しさと悲しみが混ざり合ったような震えた声だった。

理不尽に大切なものを奪われる痛み……私にはよくわかる。

なぜこんな目に合わないといけないのか……神すらも呪いたくなりそうだ。

でもそれ以上に、私には心残りがあった。


『もっと配信したかった』


 スマホから唐突に流れた音声にビクッとした。

画面をよく見ると、テキストには私の心残りが入力されていた。

無意識に指を動かしていたみたい……。


「……」


 健介さんは、私から目をそらして思い悩んでいた。

私の心残りを聞いて気まずくなったのかな?


--------------------


 波の音だけが響く沈黙の中で、健介さんはゆっくりと顔を上げて私に視線を戻した。


「結衣さん。……あなたの声、配信に残ってますよね。あなたが今まで話した音声データが」


『はいでし』


 唐突な質問に、私はつい指が滑って変な音声を流してしまった。

でもYESというニュアンスは伝わったみたい。


「あの……俺がこんなこと言うのもなんですが……。

もう一度、Vチューバーをやりませんか?」


『えっ?』


「Vチューバーですよ。 まだやりたいんですよね?」


『でっでも声が……』


「配信に残っている結衣さんの音声データを使って、AI音声を作ってそれを配信で使うのはどうですか?

もちろん、結衣さんの声を完璧に再現することはできません。

でも、調整次第では元の声にかなり近づけることもできます。

今の時代、AIを使うVチューバーなんて珍しくもありませんし……」


『でっでも……AIなんてチャットGPTに相談する時くらいにしか使ったことありません』


「俺も手伝いますよ。

事務所で動画編集してる時に、色々AIツールを使っていましたから。

それに元々、結衣さんのアバターもありますし……2人でもAIに補助してもらえばなんとかなりますよ」


 健介さんは私に優しくそう言ってくれた。

でも目はどんよりとしているままだし……声も弱々しい。

過去の事や死ぬことを吹っ切れた訳じゃなさそうだ。


『どうして……私にそこまでしてくれるんですか?』


「別に特別なことは考えていません。

ただ死ぬ前に、1度くらい徳を積むようなことはしておこうかなって思っただけです。

俺には死ぬ以外の予定はありませんから」


「……」


「あなたはどうですか? もちろん無理にとは言いませんよ。

AIを使うことに抵抗がある人もいますし……」


 別にAIを使うことに抵抗なんてものはない。

使い方だって……健介さんに教えてもらえばなんとかなるかもしれない。

ただ……私の配信を見てくれていた視聴者のみんながなんて思うかが気になった。

健介さんの言う通り、AIに抵抗がある人はいる。

AI音声を使うVチューバーだって何人もいる。


――でも、今まで自分の声で配信していたのに……突然AI音声になった私を、みんなは受け入れてくれるの?


 そんな不安が胸を過ぎったけど、私の心に残っていた「もう一度、配信がしたい」という未練が私を少しだけ突き動かした。


『……やってみたいです。もう一度』


「わかりました。 じゃあ、手伝うと言った訳ですし……結衣さんが満足するまで、俺ももう少し生きてみます」


『私も……もう少しだけ頑張ってみます』


 健介さんの口元がほんの少しだけ緩んだように見えた。

それに釣られて私も思わず口元が緩んでしまった。

そうだよね……どうせこのままだと、私達には死ぬ以外の予定はないんだ。

だったら最後に幻滅されるの覚悟で、配信を再開するのも良いかもしれない。



 私は生きる意味を失い、健介さんは何もかも失った。

死ぬために訪れた海岸で私達は出会った。

そして私は彼の助けを借り、偽物の声でもう一度夢を追いかけることを決めた。


次話もユイ視点です。

明日の19時に投稿します。

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