第7話:新たなホムンクルス
エルノアの提案を聞いた瞬間、木陰を吹き抜けていた爽やかな風が、急に冷たくなった気がした。
「……何体か、って具体的には?」
「七体を提案いたします」
「多くない?」
聞き返す俺に、エルノアは黒いメイド服の裾を揺らし、いつもと変わらない優雅な動作で一礼した。俺の動揺など最初から計算に入っていたような、静かで隙のない態度だった。
「現在稼働している施設だけでも、農場、保存倉庫、各種工房、動力区画、防衛区画の管理が必要です。今後、新たな施設が解放されれば、業務量はさらに増加します。私一人で全体を確認しながら、ご主人様のお世話と護衛を両立することは困難です」
「お世話はそこまでしなくていいぞ。自分のことくらい自分でできる」
「昨日、ご主人様は昼食後の食器を農場へ置いたまま、夕方まで忘れておられました」
「……あれは忘れたんじゃない。あとで片づけるつもりだったんだ」
「同じ場所へ六時間二十三分、放置されていました」
「完全に記憶できるからって、そういうことに使うのはやめないか?」
時間まで正確に提示されると勝ち目がない。エルノア一人でも会話の主導権を奪われているのに、これが八人になったらどうなるのか。想像しただけで胃のあたりが重くなった。
「俺、人とは関わりたくないんだけどな……」
「新たに作成する者もホムンクルスであり、人間ではございません」
「見た目が人で、自分で考えて会話するなら、俺にとってはほとんど同じなんだよ。それに、人工生命とはいえ、人だ」
そう。人工だろうと、人と同じように意志があり、自我がある。
ならばそれはもう――人間と同じなのだ。
「では、必要な連絡以外を控えるよう指示をいたしますが?」
「そういう問題でもないんだが……」
けれど、城の管理へ人手が必要なのは事実だった。
農場を少し広げただけでも、ゴーレムへ出す指示は増えている。俺が畑を見ている間、倉庫や工房の状態までは確認できない。自分一人で抱え込んだ結果、毎日管理画面に追い回されるようでは、何のためのスローライフか分からなかった。
「作るとして、素材は足りるのか? お前を作るときに、かなり使っただろ」
「問題ございません。備蓄はまだまだございます。先日の作成で使用しなかったワイバーン由来のBランク魔石が七個残っています。加えて、倉庫に保管されているAランク魔石を一体につき五個使用すれば、高性能個体を七体製造可能です」
エルノアが指先を動かすと、俺たちの間へ設計案が表示された。淡い金色の文字とともに、七体分の人型が空中へ浮かび上がる。
「一体につきBランク魔石一個を中核補助へ、Aランク魔石五個を主核へ使用します。液体ミスリルと錬成霊液を加えることで、自律思考、学習能力、身体能力に優れた個体となります」
「Aランクを合計三十五個か……」
「はい。城の運営効率を考慮すれば、十分な価値があると判断いたします。加えて、初期備蓄からすれば極わずかの使用量になります」
数字だけ見れば無謀ではない。むしろ素材を倉庫で眠らせ、俺が働き詰めになる方が間違っている気もする。それでも、七人分の人格が城へ増えると考えると、簡単には頷けなかった。
「役割はどうする?」
「情報管理、農場管理、倉庫管理、工房管理、施設保全、書庫管理、ガーデンエリアを一体ずつ担当させます。担当外の作業にも対応可能ですが、専門を定めた方が効率的です」
「もう全部決めてあるんだな」
「ご提案に必要な情報は、事前に準備すべきかと存じます」
「優秀すぎて断りづれぇ……」
エルノアの金色の瞳は真っ直ぐ俺へ向けられていた。
命令を待つゴーレムとは違い、彼女は城に必要なものを考え、そのための案を自分から出してくれる。俺が欲しかったのは、まさにこういう補佐役だ。その判断を信じないのなら、高性能のホムンクルスを作った意味がない。
俺は畑の向こうへ視線を逃がした。青い葉が風に波打ち、その奥では三体のゴーレムが無言で作業を続けている。人のいない静かな生活を守るために、人に近い存在を増やす。矛盾しているが、城の維持を諦めるよりはましだった。
「……分かった。作成を許可する。人造生命培養室の使用と、必要な素材の使用も認める。細かい設計はエルノアに任せるよ」
「承知いたしました、ご主人様。最適な個体を設計いたします」
こうして俺は、七体の追加ホムンクルス作成を許可した。
それから数日、人造生命培養室は休むことなく稼働し続けた。俺は何度か進捗を見に行ったが、そのたびにエルノアから「問題ございません」と農場へ追い返された。
人と関わるのは嫌いなくせに、作られている者たちのことは気になるというのは、我ながら面倒な性格である。
そして作成開始から五日目の朝、七体すべての培養完了が通知された。
エルノアとともに人造生命培養室へ入ると、前回は暗かった七基のポットが青白く輝いていた。その内部には、それぞれ体格や顔立ちの異なる女性が眠っている。
美女、美少女、子供――とバリエーションは豊かだ。
「全員、女性型なんだが?」
「私の設計基盤を流用することで、培養の安定性と管理情報への適合率を高めました。また、衣類は事前に準備しております」
「それはよくやった」
これで服が準備できてなかったら、作ってからになっただろう。
やがて培養液が排出され、七人が順番に目を覚ました。用意されていた簡素な白い衣服を身につけると、彼女たちはエルノアの指示に従って俺の前へ一列に並ぶ。十四の瞳が一斉にこちらを向いた瞬間、俺は反射的に一歩後ろへ下がりそうになった。
『個体名称を設定してください』
「七人分の名前か……」
一つずつ立派な名前を考える自信はない。
顔と名前を覚えるだけでも気疲れする俺には、何か共通点があった方がありがたかった。
「分かりやすくて、それなりに名前らしいもの……」
七人を眺めながら考える。
同じ種類のものから取れば、少なくとも覚えやすい。
数字では味気ないし、色では少々安直すぎる。
「……花でいいか」
我ながら適当な結論だった。
だが、目の前に並ぶ七人には案外似合っている気もする。
俺は右端の女性へ視線を向けた。
「お前は――ローザ」
艶やかな長い髪を持つ、大人びた美女。
「次がリリア。その隣はダリア」
二人が静かに頭を下げる。
「四人目はカミリア。五人目はアイリス。六人目はヴィオラ」
そして最後に、七人の中でもっとも幼い少女を見る。
少し考えてから告げた。
「お前は――ミモザ」
『個体名、ローザ、リリア、ダリア、カミリア、アイリス、ヴィオラ、ミモザ。登録を完了しました』
「……こうして並べると、思ったよりまともだな」
花の名前を順番に並べただけなのだが。
少なくとも、七人の名前を一から考えるよりはずっと楽だった。
直後、七人の女性型ホムンクルスが同時に片膝をつく。
「「「御命令を、我らがご主人様」」」
七人揃ってそう呼ばれると、名前をつける前より妙に家族が増えたような気がした。
しかし、名前をつけただけなのに妙に責任が重くなった気がするのは気のせいだろうか。




