第6話:優秀なメイド
「分かった。管理の話は後にしよう。まずは服だ」
俺がそう言うと、白いシーツを身体へ巻いただけのエルノアは、自分の格好を確かめるように視線を落とした。銀白色の髪から滴った水が、むき出しの肩を伝って白い床へ落ちる。
本人はまるで気にしていないが、初対面の女性と話すだけでも緊張する俺には、難易度が高すぎた。
「当培養室には衣類の備蓄がございませんが、服飾工房には布地と製作用の設備が保管されています。使用許可をいただけますでしょうか」
「そんな工房まであるのか?」
「はい。裁断、縫製、染色、簡易的な魔法付与まで自動で行えます。ただし、現在の私には施設を操作する権限がございません」
エルノアが説明してくれた。
アルカディアの管理を任せる以上、必要な権限は渡すべきだろう。
「エルノアに服飾工房の使用を許可する。ついでに日常管理に必要な区画へ入る権限も付ける。ただし、防衛設備と城の進路変更は俺に確認してくれ」
「ありがとうございます、ご主人様」
「褒められているのに、子供扱いされている気がするな……」
「そのような意図はございません」
彼女の表情は静かなままだが、俺を見つめる目元だけがわずかに柔らかい。
それが何を意味するのか分からず、余計に落ち着かなかった。
「俺は農場へ行く。服ができたら来てくれ」
「承知いたしました。護衛として同行する必要はございませんか?」
「城内の畑へ行くだけだから大丈夫だ。というか、その格好でついてこられる方が困る。それにアルカディアに敵はいないからな」
「承知しました」
エルノアは優雅に一礼した。
人造生命培養室を出た俺は、何となく早足で農場へ戻った。
扉が閉まって彼女の気配が遠ざかると、胸の奥に詰まっていた息がようやく抜ける。
彼女に不満があるわけではない。ただ、相手が人に近いほど無意識に身構えてしまう。
自分で作った存在にまで緊張するのだから、我ながら筋金入りだった。
農場では、三体のゴーレムが朝に出した指示通り作業を続けていた。
水路には澄んだ水が流れ、湿った土から青々とした豆の葉が伸びている。空を渡る風が土と草の匂いを運び、さっきまでの冷たい培養室が遠い場所のように感じられた。
「一号、その区画が終わったら鍬を洗ってくれ。二号は収穫した豆を保存倉庫へ。三号は……待て。青い莢まで混ざってるぞ。しっかり分別してくれよ」
それから指示を出し終えた俺は、畑の端にある木陰へ腰を下ろした。
雲海から吹き上がる風は涼しく、葉の隙間からこぼれる光が地面の上でゆっくり揺れている。これまで植えたのは芋と豆が中心だったが、生活が安定してくると食卓の寂しさが気になり始めた。毎日スープにすれば味は変えられるものの、主な具材が芋や豆、その他少しという事実は変わらない。
「次は何を植えるかな。パン用の小麦は欲しいし、野菜も増やしたい。果物もあれば……でも木は時間がかかるか……ああ、米が食いたい」
誰に聞かせるでもなく呟いたとき、背後から澄んだ声が届いた。
「お待たせいたしました、ご主人様」
「うおっ!?」
肩が跳ねた。振り向くと、木漏れ日の中にエルノアが立っていた。
先ほどまでのシーツ姿は跡形もない。黒を基調としたクラシカルなロングドレスが細身の身体を包み、落ち着いた白いエプロンが重なっている。袖口と襟元のフリルは控えめで、華美ではないのに縫製は美しい。腰まで流れる銀白色の髪と黒い生地の対比が鮮やかで、少し青みを帯びた深紅の瞳までが、完成された衣装の一部のように見えた。
「……どうしてメイド服なんだ?」
「ご主人様の身の回りのお世話と、城内管理を担う者に最適な服装を検索した結果です。動きやすさ、収納性、清潔感に優れ、奉仕者としての役割も一目で伝わります」
「機能性で選んだのか、それ」
「はい。服飾工房の記録において、総合評価が最も高い奉仕服でした」
恐ろしく似合っているので、否定する材料が見つからない。
「まあ、本人がいいなら……いいか」
「ありがとうございます。以後、こちらを通常装備といたします」
「通常装備って言うと、防具みたいに聞こえるな」
「防刃、防汚、耐熱、状態異常耐性が付与されていますので、簡易防具としても機能します」
「本当に防具だった」
メイド服への疑問は、納得したというより考えるのを諦める形で片づいた。
「ちょうどよかった。畑へほかの作物を増やしたいんだ。何か候補はあるか?」
「ございます。現在の気候と土壌であれば、小麦、玉ねぎ、人参、葉野菜、トマトの栽培が可能です。また、温度管理区画を使えば香草や薬草も安定して育てられます。長期計画にはなりますが、果樹区画の新設も推奨いたします」
「一気に増えたな……。種はあるのか?」
「農業用倉庫に初期備蓄がございます。食生活と保存性を考慮し、まず小麦、玉ねぎ、トマトを栽培し、並行して香草用の小区画を設ける案が最適です」
今まで一人で迷っていたことへ、迷いなく答えが返ってくる。そのことに戸惑いながらも、胸の奥では素直に助かったと思っていた。
「じゃあ、それでいこう。必要な区画と作業手順をまとめてくれ」
「すでに作成済みです」
「俺が相談する前から?」
「先ほど、ご主人様の独り言を聞きましたので」
「優秀なメイドで助かるよ」
エルノアは完成した作業計画を俺の画面へ送った。自分で考えて動く相手は、想像以上に便利で、同じくらい調子が狂う。
内容へ目を通していると、彼女は静かに言葉を続けた。
「なお、ご主人様。農場の拡張に加え、倉庫管理、工房整備、城内清掃、防衛区画の点検まで考慮しますと、私一人ですべてを担当することは困難です」
「……つまり?」
嫌な予感がした。人間関係に関する嫌な予感だけは、前世からよく当たる。
エルノアは深紅の瞳を真っ直ぐ俺へ向け、完璧なメイドの礼を取った。
「つきましては、追加で何体かホムンクルスを作成していただきたく存じます」




