第5話:エルノア誕生
ホムンクルスの作成を始めてから、四日が経った。
その間、俺はいつも通り畑へ出て、ゴーレムたちへ指示を出し、のんびり農作業をしていた。けれど、何をしていても頭の隅には人造生命培養室のことが引っかかっている。
あと何時間で完成するのか、失敗する可能性はないのか、本当に自分で考えて話す相手を作ってよかったのか。
進捗を確認するたび、期待より先に落ち着かない気持ちが膨らんだ。
人付き合いが嫌いで空へ逃げた男が、寂しくもないのに話し相手を作っている。冷静に考えれば、かなり意味の分からない行動だった。
違う。話し相手じゃない。管理補佐だ。城を維持するために必要なだけだ。
四日目の昼前、俺が畑の水路へ詰まった葉を取り除いていると、視界の端で金色の光が弾けた。軽やかな音とともに画面が開き、待ち続けた文字が浮かび上がる。
『通知。ホムンクルスの培養工程が完了しました』
「完成したのか……」
胸が大きく鳴った。嬉しいというより、重要な面接の直前に近い緊張だった。もっとも、相手を作ったのも採用したのも俺なので、不採用にはできない。
「一号、二号、三号。午後の農作業は予定通り進めてくれ。問題が起きたら作業を止めて待機」
『了解しました』
三つの声を背に受け、俺は城内へ急いだ。
人造生命培養室の扉が開くと、冷えた空気と微かな薬品の匂いが鼻を突く。
白い床へ規則正しく並んだ培養ポットの大半は暗いままだが、最奥の一基だけが水底の月のように青白く輝いている。
俺は吸い寄せられるようにポットへ近づき、透明な壁の向こうを覗き込んだ。
「……本当に、できてる」
淡く発光する培養液の中に、一人の女性が浮かんでいた。
見た目は設定通り、二十歳前後。腰まで届く銀白色の髪が水中でゆるやかに広がり、白い肌を薄絹のように覆っている。目を閉じた顔立ちは人形じみて整い、陶磁器を思わせる肌には傷一つない。自分で容姿を設定したはずなのに、画面上の完成予想と、実際に息づく姿とでは存在感がまるで違った。
そして当然ながら、何も身につけていない――うん、裸だな。
「いや、今は見る場所が違う」
慌てて視線を操作盤へ落とすと、まるで俺の動揺など知らないように、無機質な文字が表示されていた。
『個体名称を設定してください』
「名前……」
作成した以上、「ホムンクルス」と呼ぶわけにはいかない。
名前については、この数日で何度も考えていた。人の名前を呼ぶことさえ気疲れする俺が、誰かの一生の名前を決めるなど重すぎる。候補を書いては消し、最後に残ったものを口にする。
「――エルノア。それで登録してくれ」
『個体名を登録しました』
銀白色の髪を持つ彼女には、不思議とその響きが合っている気がした。
『培養液を排出します』
ポットの底で弁が開き、青白い液体が渦を巻きながら減っていく。
水位が肩から胸、腰へと下がり、濡れた銀髪が白い身体へ張りついた。やがて液体が完全に抜けると、前面の透明な壁が左右へ開く。
エルノアの身体が傾き、俺は反射的に手を伸ばしかけるも、支える必要はなかった。
彼女は自分の足で床へ降り立ち、濡れた髪から雫を落としながら、ゆっくりと目を開いた。
金色の瞳が迷うことなく俺を捉える。その眼差しは静かで冷たいほど澄んでいたが、俺と目が合った瞬間、目元だけがほんのわずかに緩んだ。
エルノアは俺の前まで歩み寄ると、裸のまま片膝をつき、胸へ片手を添えて深く頭を垂れた。
「初めまして、我が創造主にしてアルカディアの城主、クオン様。エレノアの名をいただきありがとうございます。これより我が知識、我が力、我が命のすべてをもって、ご主人様にお仕えいたします」
「挨拶は分かった。分かったから、とくにかく服を着てくれ!」
俺は勢いよく顔を背けた。相手はホムンクルスだ。自分が設定して作った人造生命だ。それでも、どう見ても年頃の女性である。
俺は顔に熱が集まるのを感じつつ、見てはいけない場所を見ないよう、正面の白い壁を凝視した。
「申し訳ございません。現在、当培養室内に私用の衣類は用意されておりません」
「作成機能、そこまで面倒を見てくれないのかよ……。ちょっと待ってろ。動くな。いや、その格好のまま待たれるのも困るけど!」
周囲を見回すと、器具台の上に清潔そうな白いシーツが畳まれていた。
俺はそれを掴み、顔を逸らしたまま差し出す。
「とりあえず、これを身体に巻いてくれ」
「承知いたしました、ご主人様」
布が擦れる音がして、しばらくしてから「完了いたしました」と声が届いた。
恐る恐る振り返ると、エルノアはシーツを胸元で留め、長い銀髪を片側へ流して立っていた。即席の格好なのに妙に気品があり、こちらが余計に居心地悪くなる。
「それで……どの程度、アルカディアのことを知っている?」
「全施設の基本情報を保有しております。ご主人様の許可範囲内で管理情報へ接続し、施設状態、利用可能な機能、備蓄、作業進捗を確認できます。情報は施設の変化に応じて随時更新されます。また、見聞きした情報はほぼ完全に記録可能です」
「現状、俺より城に詳しいんじゃないか?」
「私はアルカディアの情報にアクセスできますので、その可能性が高いかと存じます」
「少しは遠慮してくれないか?」
「創造主に虚偽の報告はならないものです」
淡々と返され、俺は早くも言い負かされた気分になった。
「ほかにできることは?」
「家事、文書作成、ゴーレムへの作業指示、城内設備の調整が可能です。加えて、侵入者の排除を含む戦闘行動にも対応できます」
「秘書を作ったつもりなんだが、戦えるのか?」
「問題ございません。私にお任せください」
静かな声なのに、妙な説得力があった。
最高性能を選んだ結果、秘書兼管理者兼護衛が完成したらしい。
俺は小さく息を吐き、エルノアと向き合った。
人と呼んでいい存在を前にすると、やはり身体のどこかが身構える。
それでも、彼女を作ると決めたのは俺だ。今さら怖くなったからと距離を置くのは、あまりに身勝手だろう。
「エルノア。これから、俺の身の回りのことと、アルカディアの管理を任せたい。俺一人じゃ見落としが多いから、必要だと思ったことは自分で判断して、報告してくれ」
金色の瞳が柔らかく細められる。
エルノアはシーツの裾を押さえながら再び一礼し、静かに、それでいて迷いのない声で答えた。
「承知いたしました、ご主人様。アルカディアの管理も、ご主人様のお世話も、すべて私にお任せください」




