第4話:ホムンクルス制作
ワイバーンの群れが空から消えて、翌朝。
三体のゴーレムに指示を出し、寸分違わぬ動きで頭を下げ、それぞれの持ち場へ散っていった。
朝露をまとった畑では、若葉が柔らかな風に揺れている。
昨日、二十七体のワイバーンが跡形もなく消し飛ばされた空とは思えないほど、頭上には穏やかな青が広がっていた。
「作業中に問題が起きたら、自分たちで判断して対処してくれ」
三体の足が同時に止まる。
『判断基準を指定してください』
「……やっぱり何かあったら俺を呼べ」
『了解しました』
頼もしいのか頼りないのか、時々分からなくなる。
農作業を任せた俺は、新しく解放された《人造生命培養室》へ向かった。画面が示す光の矢印を追い、今まで扉すら開かなかった城の下層へ降りていく。
石造りの廊下には昨日まで消えていた青白い照明が灯り、足音が長く反響した。
人の気配はないのに、誰かが先回りして目を覚ましていくようで、少しだけ落ち着かない。
やがて、巨大な金属扉が音もなく左右へ開いた。
「……広すぎないか?」
思わず声が漏れた。培養室は城の食堂よりも広く、天井まで十メートル以上はある。磨かれた白い床に、透明な円筒形の培養ポットが二列、奥が霞むほど並んでいた。
どれも今は空だが、内部には細い管や光る紋様が巡り、淡い薬品の匂いと低い駆動音が満ちている。命を作る場所というより、巨大な魔道具の腹の中へ迷い込んだ気分だった。
中央の操作台へ近づくと、半透明の画面が目の前に幾つも展開し、音声が流れる。
『人造生命培養室へようこそ』
「改めて聞くけど、ここでは何ができるんだ?」
『素材を消費し、人造生命ホムンクルスを培養できます。外見、性別、基本能力、役割傾向の設定が可能です』
「ゴーレムとの違いは?」
『ホムンクルスは高度な自律思考、学習、感情、会話機能を有します。与えられた役割を基準に、自ら状況を判断して行動します』
「感情まであるのか……」
それは便利な道具ではなく、ほとんど人間ではないだろうか。
俺は人付き合いが嫌いだ。相手の機嫌を読み、言葉の裏を探り、頼みを断れば嫌われ、受ければ次の頼みが増える。そんな面倒から逃げて空へ来たのに、自分の手で会話相手を作るのは、矛盾している気がした。
「作らない、という選択もあるよな」
『作成は任意です』
「そこは少しくらい勧めてくれてもいいんじゃないか?」
『作成は任意です』
「二回言わなくていい」
俺は空の培養ポットを見上げた。
ゴーレムたちは優秀だが、指示がなければ細かい作業はできない。
畑の水量が変わっても、倉庫の在庫が減っても、俺が確認して命じるまで動かない。昨日だって、俺を守ろうとして鍬と芋籠を構えていた。
今のアルカディアには農園、倉庫、工房、防衛設備、動力炉、飛行制御まである。
それらを俺一人で把握し、毎日細かな指示を出し続けるのは限界があった。
実際、畑を見ている間は城内の点検ができず、城内を調べている間はゴーレムは単純作業しかできない。静かに暮らすための城なのに、俺が誰より忙しく働いているのは何かがおかしい。
「自分で考えて予定を組み、作業指示、報告をまとめてくれる秘書みたいな存在は……正直、欲しいところだな」
『役割傾向に《城主補佐》を設定できます』
「聞いていたのか……そうか、補佐か」
しばらく迷った末、俺は操作台へ手を置いた。
人付き合いは苦手だ。それでも、城の機能を腐らせるよりはいた方がましだ。
ホムンクルスという生命を作る以上は道具扱いせず、人として扱わなければならない。奴隷扱いはできない。
「一体だけ作ることにする」
『新規設計を開始します』
画面に人体の輪郭が現れ、最初に性別の選択が表示された。
「男性型、女性型、無性型……ゴーレムと同じ無性型じゃ駄目なのか?」
『選択可能です。外見および性別は基本性能に影響しません』
性能が同じなら余計に悩む。男性型の見本は前世の有能な上司を思い出させ、無性型はゴーレムとの差が分かりにくい。最終的に俺は女性型を選び、外見年齢を俺と同じくらいの二十歳前後で、髪を銀白色、瞳を深い青に設定した。
まあ、ファンタジーならではの髪色にしてみた。
続いて素材選択へ進むと、画面いっぱいに在庫一覧が広がった。
初期物資の高純度魔石、液体ミスリル、錬成霊液。それに昨日回収されたワイバーンの魔石二十七個。素材の質と組み合わせによって、知性、学習速度、魔力、身体能力、耐久性、成長限界が変化するらしい。
『作成可能な性能候補を表示します』
標準型、上位型、最上位型の三つの設計表が並び、最上段だけが金色に輝いていた。
『最上位型・城主補佐型』
『自律思考:S 学習能力:S 魔力適性:A 身体能力:S』
『必要素材:Sランク魔石五個、Bランク魔石二十個、液体ミスリル、霊液』
「昨日の魔石、ほとんど使うのかよ……」
一瞬躊躇った。だが、一つの命を作るのに、材料を惜しんで性能を落とすのは違う気がする。どうせ作るなら、俺の指示不足で困らないくらい賢い方がいい。
将来、面倒な口論で俺が負けそうな気もするが、それは未来の俺に任せよう。
てか、魔石にランクとかあるのか。そのあたりは後で調べよう。
「最上位型・城主補佐型を選択」
『設定を確定します。作成を開始しますか?』
赤く輝く《作成開始》の文字が、俺の指先を待っていた。
「……これで、生活が少しは楽になるといいんだけどな」
願いというより祈りに近い言葉を呟き、俺は《作成開始》へ触れた。
『ホムンクルスの培養を開始します』
部屋の最奥で、一基の培養ポットに青白い液体が満ち始めた。




