第3話:新たな施設
それから、一カ月が経った。
「一号、その畝はもう少し浅く。二号は石を拾って、三号は種芋を――待て。それは種芋じゃない。俺の昼飯だ」
『指示の変更を確認しました』
三体の人型ゴーレムが、まったく同じ角度で俺を振り向いた。
灰白色の滑らかな身体。髪はなく、顔には目鼻の形が薄く刻まれているだけ。
男にも女にも見えず、実際に性別もない。背丈も外見も声もすべて同じなので、俺にだけ見える識別表示を頼りに一号、二号、三号と呼んでいた。
「籠の右が食べる芋、左が植える芋。分かったか?」
『了解しました』
「よし、作業再開」
三体は一斉に畑へ向き直った。
鍬が湿った土へ入り、小石が拾われ、畝へ種芋が等間隔に並んでいく。
俺一人なら時間のかかる仕事が、見ている間に片づいていく。少々不気味だが、頼もしさの方が勝っていた。
ゴーレムの作成は、浮遊城アルカディアに最初から備わっていた機能だ。一体作るたびに魔石を消費する。魔石は魔物や魔獣の体内で生成される結晶で、魔道具の動力にもなるらしい。
幸い、倉庫には初期物資として幾つか保管されていた。
しかし在庫は有限で、補充するには魔物を倒す必要がある。戦いなどせず、畑を耕して暮らしたい俺には、気軽に使える物ではなかった。
それでも巨大な城を一人で管理するのは不可能だ。憧れのスローライフが、過酷な個人事業になりかけたため、悩んだ末に標準作業型を三体だけ作ったのである。
「二号、終わったら一号を手伝ってくれ。一号は相変わらず正確だな。助かる」
『新規の作業指示を確認できません』
「今のは感想だ」
『感想を受領しました』
「受領されると妙に恥ずかしいな……」
彼らは言葉の裏を読まない。陰口も、愛想笑いも、恩の押し売りもない。
俺は人間そのものを憎んでいるわけではないが、人付き合いは心底苦手で、できることなら避けたい。なので、必要なことだけ伝えれば働いてくれるゴーレムは、前世の同僚よりずっと信頼できた。
そう考えると悲しくなるので、深くは考えない。
もちろん、全部を任せるつもりもない。俺も鍬を握り、隣の畝へ刃を入れた。
土の匂いが立ち上る。楽をしたいのではなく、好きなことを嫌いになるほどやりたくないだけだ。
「俺もやるか」
俺は作業を続ける。
この一カ月で、城の機能もかなり分かってきた。
農地の水路は区画ごとに水量を変えられ、土の水分や栄養まで調べられる。倉庫には時間の流れを遅くする保存区画があり、工房は壊れた農具を修復してくれる。城の高度や進路、日当たりに合わせた向きさえ調整できた。ただし灰色で選べない項目も多く、城の大半はいまだ眠ったままだ。
もう一つ、俺のことで分かったことがある。
何故か、まったく疲れないし、重たいものも軽々と片手で持ち上げることができた。
画面を調べていると、俺自身が受けている恩恵を確認できる項目があった。
そこには以下のように書かれていた。
『アルカディアの城主』(現在の強化率100%)
浮遊城アルカディアの加護により、身体能力・魔力・感知力・反応速度・思考速度・回復力・各種耐性が大幅に強化される。さらに、危機察知や魔力操作、魔法行使・制御、戦闘技能をはじめとする戦闘能力全般にも高い補正を得る。
これらの恩恵はアルカディアとの距離に応じて変化し、拡張領域を含むアルカディア全域で最大の効果を発揮する。領域外では外縁から10キロメートル離れるごとに強化率が1%ずつ低下する。
何を基準に自分の強さを測ればいいのか分からないが、多分だけどかなりの恩恵なのだろう。だが、この空にはいまだに外敵みたいのは現れないので、いないのだろう。
そんなこんなで昼になり、木陰で芋と豆のスープを食べた。三体が並んで立っているので、監視されている気がする。
「休憩にしろ。せめて座ってくれ」
『当機体に休息は不要です』
「俺の気分に必要なんだ」
『了解しました』
三体は腰を下ろし、揃って俺に背を向けた。
命じたのは俺だが、仲間外れにされたようで少し寂しい。
「……やっぱり好きにしていいぞ」
『指示が不明瞭です』
「そうだった。自由を求めた俺が悪い」
風と葉擦れだけが聞こえる。何も起きない日々は、退屈どころか最高だった。
「このままずっと、平和ならいいんだけどな」
――ビィィィィィッ!
「うわっ!?」
鋭い警告音が響き渡り、匙が器へ落ちて赤いスープが跳ねる。
一カ月の間、一度も聞かなかった音に、心臓が喉までせり上がった。
「な、なんだ!? 火事か? 畑か!?」
目の前に赤く縁取られた画面が開く。
『警告。進路上に複数の飛翔体を確認』
空には、黒い砂粒のような影が浮かんでいた。
小さかった点は見る間に膨らみ、長い尾と巨大な翼を持つ輪郭へ変わる。羽ばたくたびに薄雲がちぎれ、甲高い咆哮が風に乗って届いた。
「なんだ、あれ……? ドラゴン、なのか?」
『解析開始。対象種――ワイバーン』
『個体数二十七。敵性判定、高』
「二十七も!? 空にはいないと思っていたが、いたのかよ……」
驚いていると、三体のゴーレムは俺の前へ並び、一号と二号は鍬を、三号は芋籠を構えた。
「待て。その装備で何をする気だ?」
『城主の防護を優先します』
「気持ちはありがたいが、鍬と芋で勝てる相手じゃないよなぁ⁉ それに自動迎撃があるが、いざという時は……」
拳を握って覚悟を決めた瞬間、防御壁に紋様が青白く輝き光の筋が走った。
『自動迎撃システム起動』
空に、巨大な魔法陣が現れた。
一枚ではない。幾重もの光輪が回転し、その左右にも無数の魔法陣が展開する。
空気が震え、髪が逆立ち、畑の葉が風もないのに伏せた。美しいのに、そこへ集まる力が危険だと本能が叫んでいる。
そして――世界が白く染まった。
無数の光槍が空を裂き、ワイバーンの群れを貫き、鮮血を空に撒き散らした。
逃げる暇も、悲鳴を上げる間もない。一体を撃ち抜いた光は勢いを失わず、その背後の雲まで穿つ。遅れて轟音が城を揺らし、腹の底まで震わせた。
光が消えたとき、二十七の影は一つも残っていなかった。
『敵性反応、消失』
『Bランクの魔石二十七個を回収しました』
『自動迎撃を終了します』
「…………」
三体のゴーレムが同じ角度で俺を見る。
『作業を再開しますか?』
「畑は再開できても、俺の心が再開できてない」
その場へ座り込み、乾いた喉を鳴らした。
これは迎撃ではない。殲滅だ。
「なあ、今の出力は?」
『脅威度に基づき、第一段階迎撃を実行しました』
「……第一段階? あれで?」
聞かなければよかった……。安全なのはありがたい。第一段階ということは、つまりは最低。それでこれなら、最高段階では何が消えるのか。
これ、国が消えたりしない?
静かな住処を願ったはずが、神様から移動式の戦略兵器を渡されたらしい。
地上の人間に見つかれば、奪おうとする者も、正義を掲げて攻める者も現れるだろう。
人付き合いから逃げて空へ来たのに、余計な人間を呼び寄せるなど冗談ではない。
赤い表示が消え、代わりに金色の文字が浮かんだ。
『初回外敵排除を確認』
『機能解放条件を達成』
『新規施設――《人造生命培養室》が解放されました』
『人造生命培養室では、各種素材と魔石を消費してホムンクルスを培養できます』
「……ホムンクルス?」
『高度な自律思考、学習、会話機能を備えた人造生命を作成できます』
それはもう、ほとんど人ではないだろうか。
俺は黙って、感情を持たない三体を見る。
「俺が欲しいのは人手であって、人付き合いじゃないんだが……」
空には穏やかな青が戻っていた。
理想の暮らしを手に入れて、まだ一カ月。俺はこの浮遊城で、静かに暮らせるのだろうか……。




