第31話:案外楽しい
居住区の画面には、住宅だけでなく、公共浴場や診療所、学校の建設まで並んでいた。
試しに住宅へ触れると、間取りや外壁の色を選ぶ画面が開く。必要な資材は倉庫から払い出され、魔力で建設できるらしい。
「家を一軒ずつ建てなくてもいいのか。これは助かるな」
「休まない?」
「そのつもりだったけど、家を待ってる奴らがいるからな」
レイの視線を感じながら、俺は空き区画へ住宅を並べていった。魔族たちには既存の家で休んでもらっているが、何家族も同じ屋根の下では気疲れするだろう。俺なら知らない相手と寝泊まりするだけで、翌朝には寝る前より疲れている自信がある。
「あるじさま、おうち、いっぱい……です」
「ああ。ここにみんなが住むんだ」
膝の上から画面を覗くミモザの髪を撫で、まずは十棟分の建設を確定した。
窓の向こう、整地された区画に淡い光が走り、その中から白い壁がせり上がっていく。梁が渡され、青みを帯びた屋根が重なるまで、大して時間はかからなかった。
調整を重ねるうち、つい夢中になっていた。道を少し広げ、家々の前に小さな庭を設け、通り沿いには街灯と花壇を配置していく。人の機嫌を窺いながら話すのは苦手でも、こうして暮らす場所を整える作業は嫌いではなかった。
「ここの角に木を植えて……いや、窓の前じゃ日が入らないか」
「楽しそう」
「必要な作業をしてるだけだが、実際楽しいよ」
「さっきから三回、同じ屋根の色を変えてる」
どれも似合うのだから、仕方ないだろう。
ようやく外観がまとまったところで、廊下から聞き覚えのある声が届いた。
「ここは、まだ廊下なのか? 広間ではなく?」
「はい。ご主人様はこちらのお部屋にいらっしゃいます」
扉が開き、エルノアに続いてネフィリアが入ってきた。
城内を歩いている間に驚き疲れたのかと思ったが、天井を見上げた彼女は、そこでまた足を止めてしまった。
高い天井には繊細な植物の模様が刻まれ、磨かれた柱へ朝の光が流れている。大きな窓を飾る薄いカーテンの向こうには庭園が広がり、足元の絨毯は、立ち止まった彼女の靴音さえ柔らかく吸い込んでいた。
「外から見ても壮麗だったが、中までこれほどとは……。ここは、客人を迎える特別な部屋か?」
「俺がよく休憩に使う部屋だ」
「休憩……」
ネフィリアは低く繰り返し、俺の膝でくつろぐミモザへ視線を落とした。やがて彼女は姿勢を正し、この場にいる面々へ丁寧に頭を下げた。
「魔族のネフィリアだ。これから同胞ともども世話になる。よろしく頼む」
「私はレイ。こちらこそ、よろしく」
「ミモザ……です。よろしく、です」
ミモザが膝の上で小さく頭を下げると、ネフィリアの目元が和らいだ。
張り詰めていた肩が少し下がり、今度は俺へ向き直る。
「クオン殿、皆を休ませてもらった。子供たちもようやく安心して眠れている。改めて、感謝する」
「分かったから、もう頭を下げなくていい。それより、頼みたいことがある」
「私にできることであれば」
「お前は魔王なんだから、引き続き魔族のまとめ役をやってくれ。困り事や要望を集めて、エルノアへ伝えてほしい。まあ、俺でもいいけど」
ネフィリアは僅かに目を見開いた。
「島へ来ても、私に任せるのか?」
「お前たちの風習も、誰が何を得意としているかも、俺は知らないからな。一人ずつ話を聞いて回るより、慣れているお前に任せた方がいいだろ」
「ご主人様が大勢との面談を避けられるという利点もございます」
「わざわざそこを説明しなくていい」
客の前で、俺の本音まで報告しなくていい。ネフィリアは口元を緩めながらも頷き、俺の前へ一歩進んだ。
「承知した。任された以上、責任は果たす」
「助かる。それで、家について何か要望はあるか? 今、追加で建ててるところなんだ」
地図を彼女にも見える向きへ回すと、ネフィリアの視線が窓の外へ動いた。
新しい屋根が並ぶ場所と画面を交互に見比べ、恐る恐る口を開く。
「……あの家を、今ここで?」
「ああ。間取りも変えられる。住み始めてから困るより、先に聞いておきたい」
「では、家族は同じ家にしてもらいたい。人数の多い世帯もある。それと、足を悪くしている者には、階段を使わずに暮らせる家を……」
「平屋も選べるな。大きめの家は、この辺りにまとめるか」
「あと、戸口は少し広い方がありがたい。角が横へ張り出している者もいるのでな」
なるほど、それは人間の感覚だけでは気づけない。
俺は玄関の幅を広げ、廊下の曲がり角にも余裕を持たせた。窮屈な家へ住まわせておいて、角の方を何とかしろとは言えない。
「ミモザも、あそこに住む……ですか?」
「お前は今まで通り、城でいい」
「あるじさまと、いっしょ?」
「ああ。勝手に引っ越させたりしないから、安心しろ」
念を押されて答えると、ミモザは満足そうに身体を預けてきた。
ネフィリアが小さく笑い、俺は何も聞こえなかったふりをして建設を進める。
庭の柵や通りの舗装を揃えると、空いていた土地に落ち着いた街並みが形を成した。白い壁ばかりでは眩しいので玄関に木の色を残し、窓辺にも花を置ける場所を作る。あとは実際に暮らしながら、必要なものを足していけばいいだろう。
「それから、一つ伝えておいてくれ」
俺は画面から目を離し、ネフィリアを見た。
「ここにはヴァルグたちエンシェントドラゴンとエルノアたちホムンクルス、それにゴーレムがいる。魔族だけで暮らす場所じゃないから、先にいる連中とも仲良くやってほしい」
「エルノア殿はホムンクルスだったとは……もちろんだ。運んでもらい、家まで用意してもらって、揉め事を起こすつもりはない」
「畑や工房の仕事も、相談しながら覚えてくれ。困ったら勝手に抱え込まず、エルノアか担当の奴に聞けばいい」
「分かった。皆にも必ず伝えよう」
ネフィリアは深く頷いた。これで、数百人へ同じ説明を繰り返す必要はなくなる。俺が密かに安堵していると、彼女は胸へ片手を添え、先ほどよりも改まった礼を取った。
「我が王よ、これからはよろしく頼む」
「……王?」
反射的に聞き返した俺へ、ネフィリアは真っ直ぐ顔を上げる。その表情には、冗談を言っている気配が欠片もなかった。
家と食事を用意して、まとめ役を任せただけのはずだ。それなのに、どうして俺の肩書きまで増えているんだろう。
「待て。俺はアルカディアの主であって、お前らの王になる話はしてない」
「おうさま……です」
膝の上から嬉しそうな声が重なり、俺は思わず身を引いた。
人付き合いを減らすために仕事を任せた直後に、これ以上面倒そうな呼び方を定着させられてはたまらない。
住宅を増やす前に、誰にも見つからず引きこもれる部屋を作るべきだったか?




