第30話:魔族、アルカディアへ
アルカディアへ一度戻った俺は、ヴァルグとともに島のエンシェントドラゴンたちへ事情を説明した。急な頼みにもかかわらず、農作業を終えていた面々は揃って頷き、発着場へ集まってくれた。
「荷物も運ぶんですね。でしたら、運搬具も持っていきましょうか」
「助かる。あと、子供も乗せるから、速度は控えめに頼むぞ」
「承知しました。安全にお運びいたします」
「頼むぞ」
俺は荷物の確認へ意識を向けた。
地上へ戻ると、ネフィリアたちは亡くなった同胞の弔いを済ませ、出発の支度を整えていた。エルノアたちに乗り込む順番を確認してもらい、大きな荷物は俺の《空間収納》へ収める。姿を隠す魔法と、乗客を守る結界を重ねた竜たちは、家族ごとに分かれた魔族を背へ乗せ、夜明けの空へ静かに飛び立った。
何度か往復を重ね、最後の一団を乗せたヴァルグが防御結界を抜ける頃には、雲海は朝日に染まっていた。
「これで全員か?」
「はい。取り残された者も、忘れた荷物もございません」
エルノアの返事を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。発着場へ降りた俺は、眠気を堪えながら魔族たちへ声をかけようとして、その場に立ち尽くす彼らに気づいた。
彼らの視線の先には、朝露を光らせる広大な農場が広がっていた。
青々とした葉が畝に沿って続き、その向こうでは小麦の穂が風に揺れている。澄んだ水路が陽光を弾き、白い石畳の道は、色とりどりの花壇を縫うように島の中央へ伸びていた。
その先に、俺の城がある。
巨大な白亜の城は朝の光を受け、薄く金色を帯びていた。幾つもの塔が青空へ伸び、窓に映った雲がゆっくりと流れていく。手前の庭園では噴水が柔らかな水音を立て、遠くから鳥の声まで聞こえた。
「……ここが、アルカディアなのか」
ネフィリアの呟きは、風に紛れそうなほど小さかった。
桃色の髪を揺らしながら城を仰ぐ横顔には、魔王らしい威厳も、皆を率いる者としての気負いも見当たらない。
「これほど美しい場所だとは……神々の宮殿と言われても、信じてしまいそうだ」
「最初は俺も感動したが、住んでいると慣れる」
「果たして、慣れるだろうか……。あの塔だけでも、私たちの城の……」
そこまで言って、ネフィリアは口を閉じた。失ったものを思い出したのかもしれない。
俺は何も尋ねず、彼女と同じように城を見上げた。
毎日見ているから忘れがちだが、確かに立派ではある。ただ、あの中で昼寝をし、脱いだ上着を放置してエルノアに注意されている身としては、神々の宮殿扱いは少々むず痒い。
「畑が、あんなに……」
「水も、こんなに流れているぞ」
「母さま、あそこ、お花がいっぱい!」
魔族たちの声が、あちこちから漏れ聞こえてくる。角の欠けた年配の男は、膝を曲げて道端の土へ触れ、その指先をしばらく見つめていた。子供を抱く女は花壇へ目を向けたまま、何度も瞬きを繰り返している。
昨日まで鼻についていた血と煙の代わりに、ここには湿った土と花の匂いがある。
それだけの違いが、彼らにとっては想像以上に大きいのだろう。
「本当に、私たちが住んでもよいのか?」
「そのために連れてきたんだ。見学だけさせて送り返したら、嫌がらせだろ」
俺だったら泣いてキレるぞ。
「……そうだな。ありがとう、クオン殿」
ネフィリアが頭を下げる気配を感じて、俺は慌ててエルノアへ向き直った。
この流れを放っておくと、また全員から礼を言われることになる。
「エルノア、後の案内は任せる。家の割り当てと、食事や風呂の説明も頼む」
「承知いたしました。皆様には、まず居住区でお休みいただきます」
「俺は城へ戻る。何かあったら連絡してくれ」
「クオン殿は一緒に来ないのか?」
「俺がいたら、みんな落ち着かないだろ」
「落ち着かないのは、ご主人様では?」
「余計なことは言うなって……」
見透かしたようなその瞳から逃げ、俺は城へ続く道を歩き出した。
人間より好感が持てる相手でも、数百人と一緒にいて平気になるわけではない。背後の話し声が少しずつ遠ざかるにつれ、呼吸まで楽になっていく。
城の扉をくぐると、小さな足音が近づいてきた。
「あるじさま、おかえりなさい……です」
「ただいま、ミモザ。さっきは慌ただしくて悪かったな」
伸ばされた手を取ると、ミモザは嬉しそうに俺の指を握った。
「おみやげ、ない?」
「うーん、魔族領が荒廃していたからな。強いて言えば、魔族?」
「ぶー」
ミモザは頬を膨らまし、不服そうにする。うん。ごめんて。
その後ろにはリザとレイもいて、二人とも外に集まった魔族たちを気にしているようだった。
「主様、新しい住民の中に、剣を使う者はいますか?」
「着いて早々、鍛錬に誘うなよ。まず荷ほどきを手伝ってやってくれ」
「はい! そのときに聞いておきます!」
「話は通じてるんだよな、これ?」
「順番は守るつもりみたい」
レイが涼しい顔で答える。いつもの調子に少しだけ気が緩み、俺は近くの部屋へ入ってソファに腰を下ろした。ミモザが当たり前のように膝へ乗ってきたので、柔らかな髪を撫でてやる。
「あるじさま、つかれた……ですか?」
「ああ。知らない相手と話すのは、やっぱり疲れる」
「ミモザとお話は……いや、ですか?」
「お前たちとは別だよ」
そう答えると、ミモザは安心したように身体を預けてきた。
戦場で握られていた剣も、集会所に集まった大勢の顔も、今は少し遠い。
ようやく我が家へ戻ってきた気がして、俺はソファの背へ深く沈んだ。
その瞬間、目の前で軽やかな通知音が鳴った。
『新規住民の受け入れを確認しました。住民数の増加により、居住区の発展条件を達成しました』
「……今度は何だ?」
淡い金色の画面が開き、見慣れた居住区の地図が浮かび上がる。
その上へ、今までなかった建物の印が次々と現れた。
『居住区の管理機能を拡張します。新たな建設項目を解放しました』
住宅の一括建設と増改築に加え、公共浴場、診療所、教育施設まで選べるようになっている。世帯ごとの入居管理や物資の配分も、一つの画面から設定できるらしい。
昨日までの空き家が並ぶ区画が、急に町としての形を持ち始めたように見えた。
「住民が増えると、こんなことまでできるのか……」
「何かあった?」
「魔族を迎い入れたことで、居住区に色々と作れるようになったみたいだ」
「そう」
画面の中の教育施設へ目が留まった。確かに、食べて眠る場所さえ用意すれば、それで暮らしが完成するわけではない。
ミモザの頭を撫でる手を止めないまま、俺は増えた項目へ視線を走らせた。休むつもりだったのに、新しい設備を見ると、どうしても何ができるのか気になってしまう。
『居住区の発展計画を設定してください』
俺が返事をするより先に、画面いっぱいへ新たな選択肢が広がった。




