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浮遊城から始まる異世界ライフ~誰にも邪魔されず暮らすはずが、気付けば天帝と呼ばれて天空国家を築いていた~  作者: WING
第1章

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第24話:胸糞が悪い

 魔族領の廃墟が雲の下へ遠ざかり、ヴァルグの翼が再びアルカディアの防御結界を抜けた。

 発着場へ降り立つと、農場から漂う土と草の匂いに、不思議なほど安堵した。地上にいたのは半日にも満たない。それなのに、二十二年間暮らした場所へ戻ってきただけで肩から力が抜ける。

 初めて見る地上の景色には感動したが、初対面の相手との会話は予想通り疲れた。


「あるじさま、おかえりなさい……です」

「ただいま、ミモザ。悪いけど報告は明日にする。今日はもう休みたい」

「ご主人様。会話の大半は私が補佐しておりましたが」

「聞いているだけでも疲れるんだよ」

「重症ですね」

「自覚はある」


 出迎えの皆と別れ、城へ戻る途中、エルノアが隣から静かに問いかけてきた。


「ご主人様。魔族へ、あれほどの食料を分け与えてよろしかったのですか?」


 責める口調ではない。俺の判断に迷いがなかったかを確かめているだけだろう。


「余っているのは事実だ。農場を広げてから、生産量が消費量を完全に上回ってる。俺たちだけじゃ食べきれない」

「現在の備蓄量であれば、アルカディアの全住人が数年にわたって生活可能です」

「ほらな。ヴァルグたちに一日七食くらい食べてもらっても減らないだろ」


 後ろを歩くヴァルグが、心外そうに眉を寄せた。


「クオン様。我ら竜族を、食料廃棄用の胃袋として扱うのはおやめください」

「冗談だ」

「では、余剰分の有効利用という点でも妥当な判断と認められます。今後は生産量も調整いたしましょう」

「ああ。畑を増やすのが楽しくて、ついやりすぎたな」


 けれど、余っていたから渡しただけではない。

 脳裏に浮かぶのは、荒れた広場に立つネフィリアの姿だった。

 桃色の髪は砂埃で汚れ、衣服には幾つもの繕い跡があった。魔王と名乗ったときは堂々としていたが、飢えた民を語る顔は悲しそうで、同じくらい悔しそうだった。

 助けられなかった者への後悔。国を守れなかった怒り。それでも、生き残った者の前では折れられない意地。

 あの表情を見たあとで、食べきれない食料を抱えて帰ることなどできなかった。


「人間たちは、魔族をそこまで敵視しているのか?」

「ネフィリアの証言が事実であれば、種族そのものを悪と見なす思想が浸透している可能性がございます」

「遠見で戦争を見ていたときは、国境や利権を巡る政治的な争いだと思ってた。でも、それだけじゃなさそうだ」


 土地、食料、宗教、何世代にもわたる恐怖と偏見。

 王たちが条件を決めれば終わるような戦争ではない。互いの存在そのものを否定する感情が根にあるなら、魔王が敗れた程度で消えるはずもなかった。


「エルノア、ヴァルグ。しばらく魔族領を見守ろう」

「継続的な支援を行われますか?」

「そこまでは決めてない。外交や同盟の話を持ち込まれたら、今度こそ地上へ降りられなくなる」

「ご主人様らしいご懸念です」

「近くを通るときに遠見で様子を見るだけだ。人間側が何かしてこないかも知っておきたい」

「では、地上へ時折降りるエンシェントドラゴンにも周辺確認を命じましょう。異常があった場合のみ報告いたします」


 ヴァルグの提案へ頷き、俺たちは魔族領を遠くから見守ることにした。

 それから一年、ネフィリアたちの街は、少しずつ復興していった。

 崩れた家には屋根が戻り、瓦礫に埋もれていた道が整えられ、枯れていた噴水から水が流れ始める。何より目を引いたのは、街の外へ広がった畑だ。

 渡した種は痩せた土地でも力強く芽吹き、小麦は黄金色の穂を揺らし、芋や豆も立派に育っていた。遠見の画面越しに、角の小さな子供が畑を走る姿を見たときは、胸の奥が少し温かくなった。


「ご主人様、嬉しそうですね」

「渡した種が無駄にならなくて安心しただけだ」

「左様でございますか」

「その全部分かってますみたいな顔をやめてくれよ」


 大きな異変もなく一年が過ぎ、もう心配はいらないかもしれないと思い始めた、ある日のことだった。


「クオン様!」


 農場でゴーレムの作業を眺めていると、シルフェリアが駆け込んできた。

 普段は穏やかな彼女が息を乱し、綺麗な銀色の髪が荒れていた。その顔に浮かぶ焦りを見た瞬間、嫌な予感が胸を締めつけた。


「シルフェリア、何があった?」

「人間の連合軍が、魔族領へ侵攻しております。数は数千。残党を処分すると称し、すでに魔王の街へ到達した頃かと」

「戦争は終わったんじゃなかったのか?」

「彼らにとっては、まだ終わっていないのでしょう」

「相変わらず屑だな」


 観測塔へ急ぎ、ローザの補助を受けて地上の座標へ魔法を接続する。

 空中に広がった水鏡へ、魔族領の街が映し出された。

 一年前、静かな廃墟だった街には暮らしが戻っていた。


 そして今、それが再び壊されている。

 修復した石壁は砕け、街路には炎が走っていた。数千の人間の兵士が、百人にも満たない魔族の守備隊を包囲している。南の畑にも火が放たれ、実りかけた小麦が赤い炎に呑まれていた。


「何だよ、これ……」


 戦いと呼べるものではない。

 魔族側は必死に抵抗しているが、数の差が大きすぎる。倒しても倒しても、新しい兵士が押し寄せる。地面には動かなくなった魔族たちが倒れていた。

 その中心に、ネフィリアがいる。

 桃色の髪を血と土で汚し、胸元を赤く染めながら、それでも一番前で魔法を放っていた。だが、遠目にも限界が近いと分かる。


「ご主人様。このままでは魔族側が敗北します」

「敗北じゃない。これじゃあ、ただの虐殺だ」


 戦争へ関わるつもりはなかった。

 事情の分からない争いへ、中途半端な正義感で首を突っ込むべきではない。そう考えたから、十年続いた大戦も空から傍観した。

 だが、今は事情を知っている。

 ネフィリアたちは人間の土地へ攻めていない。街を直し、畑を耕し、ただ生きようとしていただけだ。

 それを数千人で押し潰す光景を、黙って見ていることはできなかった。


「シルフェリア。今すぐ俺をあの街へ連れて行ってくれ」

「承知いたしました」

「私も同行いたします」


 エルノアが当然のように隣へ並ぶ。


「危険だと言っても来るよな」

「ご主人様をお一人で向かわせる方が危険です」

「だよな。リザとレイは――うん、置いて行こう」


 あの二人、血の気が多いからなぁ。

 そう思っていると、エルノアも「それが良いでしょう」と納得してくれた。


「私も参ります」


 観測塔の扉が開き、ヴァルグが入ってきた。その表情から、いつもの余裕が消えている。


「主が施しを与えた者へ、人間どもが刃を向けたのであれば、見過ごせません」

「施しね」

「食物を分け合ったのですから、施しでしょう」

「まあ、そうだな。自己満足にすぎないが」

「その自己満足で、魔族は救われ、得ることなく冬を越せたのです」


 戦場へ向かう直前なのに、少しだけ調子が狂った。

 発着場へ出ると、シルフェリアとヴァルグは二体の巨竜へ姿を変えた。吹き荒れる風に外套を押さえながら、俺とエルノアはシルフェリアの背へ乗る。


「急いでくれ」

『お任せください』


 アルカディアを飛び立つと同時に、俺は二体の巨体を包む魔法を展開した。


「――インビジブル」


 姿も影も気配も空へ溶ける。

 シルフェリアは風を切り裂いて急降下し、ヴァルグも隣を飛ぶ。雲を抜けるたびに街が大きくなり、焦げた匂いと剣戟の音が近づいてきた。

 街の上空へ到着したとき、戦いは終わりかけていた。

 守備隊は崩れ、ネフィリアが地面へ膝をつき、その前で派手な鎧を着た男が長剣を振り上げていた。


「その首を王都へ飾ってやる。光栄に思え!」


 刃が振り下ろされる。

 考えるより先に、俺は男と周囲の兵士へ魔力を伸ばした。

 空間そのものを固定すると、剣がネフィリアの首へ届く寸前で静止する。男の腕も足も、見えない鎖に縛られたように動かなくなった。


「なっ……何だ!? 身体が動かん!」


 俺は《インビジブル》を解除し、風の魔法を足場にして戦場へ降り立った。

 血と煙の匂いが鼻を刺す。

 数千人の人間、魔族たちの視線が一斉に集まり、早くも帰りたくなった。

 けれど、今だけは我慢するしかない。


「……やっぱり、人間って苦手だな。人の話を聞かないし、すぐに物を壊そうとする」




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