第13話:増えるエンシェントドラゴン
「そういえば、まだ名乗っていなかったな」
条件を受け入れて何度も頭を下げたあと、男のエンシェントドラゴンはようやく膝を上げた。傷ついた身体で立っても俺より頭一つ以上高く、長い黒髪の間から伸びる二本の角には、古い傷が幾筋も刻まれている。
「我が名はヴァルグレイオン。この二人を含め、同胞たちを束ねる長を務めている。赤い髪の方はカルミナス。銀髪の方がシルフェリアという」
二人は「お願いいたします」と頭を下げる。
改めて見ると美女だな。
「二人はいいとしても、ヴァルグレイオン……長いな」
「呼びづらければ、ヴァルグで構わぬ」
「助かる。人の名前を覚えるだけでも苦手なのに、噛みそうな名前だと会話の難易度が上がるんだ」
「会話とは、そこまで困難なものなのか?」
「俺にとってはドラゴンとの戦闘より難しいときがある」
「……理解し難いな」
俺もそう思うが、事実なので仕方がない。
ヴァルグレイオンはカルミナスとシルフェリアへ目配せすると、まだ閉ざされている外周結界を見上げた。
「では、許可を得たことを同胞へ伝え、すぐに連れてこよう」
「同胞?」
待て。まだいるのか? てっきり三人だけだと思ったのだが……。
「我の配下であり、ともに巣を失ったエンシェントドラゴンたちだ」
「ちょっと待ってくれ。ここへ住むのは、お前たち三人だけじゃないのか?」
「我らだけとは一言も申しておらぬが」
「俺も確認しなかったけど! で、あと何人いるんだ?」
「すべて合わせて二十ほどだ」
「増え方が急すぎる……!」
エルノアへ視線を向けると、彼女はわずかに目を伏せた。
「食料および生活空間には余裕がございます。規則を受け入れるのであれば、受け入れ自体は可能です」
「その前に人数を報告してほしかったけどな……まあ、場所はあるしいいけど」
「申し訳ない。住処を求めているのは、我ら一族すべてなのだ」
ヴァルグレイオンの声に滲んだ切実さを感じ、俺は深く息を吐いた。三人だけを助け、残りを見捨てろとは言えない。すでに受け入れると決めた以上、今さら二十人へ増えた程度で話を覆すのも気分が悪かった。
「分かった。ただし、連れてくる前に全員へ規則を説明してくれ。いきなり二十匹のドラゴンが突っ込んできたら、自動防御が動いて死ぬことになる」
「承知した。必ず言い聞かせよう」
ヴァルグレイオンたち三人は竜の姿へ戻ると、開かれた結界を抜けて雲海の彼方へ飛び去った。
そして数時間後、北の空が黒く染まった。
『警告。大型飛行体、複数接近中』
「分かってる。分かってるけど、実際に見ると多いな!」
翼を広げたエンシェントドラゴンの群れが、雲を押し退けながらアルカディアへ近づいてくる。一匹だけでも全長三十メートルほどある巨体が列を成して飛ぶ光景は、移住というより侵略の第二陣にしか見えない。
「ご主人様。現在、十七体を確認。先ほどの三体を含めて、合計二十体です」
「迎撃機能は待機状態を維持しております」
「念のため、そのまま待機させておいてくれ」
群れは指定した演習区画へ慎重に降り立ち、次々と人の姿へ変わっていった。外見の年齢は様々だったが、幼い姿をした者はほんのわずかしかいない。
「竜族は極めて長命だ。そのぶん子を成す機会も少ない」
俺の疑問に気づいたヴァルグレイオンが、静かに説明した。二十人という数は、彼らにとって長い年月をともに生きてきた一族のほぼすべてらしい。大勢に囲まれた緊張より先に、意外と少ないのだという感想が胸へ浮かんだ。
そのとき、アルカディア全体へ澄んだ鐘の音が響いた。
『初の住民を確認しました』
『解放条件を達成。新施設《居住区》を解放します』
「初の住民? 俺やエルノアたちは数に入ってないのか?」
「ご主人様は城主、私どもホムンクルスは施設所属個体として登録されております。外部から移住した住民としては、彼らが初めてなのでしょう」
「初めての住人が、いきなりエンシェントドラゴン二十人か……。もう少し初心者向けの住人はいなかったのか?」
直後、足元から巨大な振動が伝わった。アルカディアの外縁が淡い光に包まれ、雲海から新たな大地がせり上がる。その上へ石造りの家々、広い道、共同浴場や倉庫、竜の姿でも降り立てる広場が次々と形作られていった。
拡張が終わると、アルカディアは直径一・五キロメートルほどの浮島へ成長し、新しい屋根と街路が並んでいる。
「我らのために、これほどの住処を……」
「俺が作ったわけじゃない。アルカディアが勝手に用意したんだ」
「それでも、受け入れを決めたのはクオン殿だ。この恩は忘れぬ」
「恩返しは、規則を守ることで頼む。あと、全員で一度に挨拶へ来るのは禁止な」
「なぜだ?」
「昔に色々あって、人と話すのが苦手なんだ」
夕暮れになる頃には、居住区の窓へ一つ、また一つと明かりが灯っていた。遠くから聞こえる話し声や笑い声に耳を傾けながら、俺は城の露台で不思議な感覚に包まれていた。
ホムンクルスたちが生まれるまで、俺はずっと一人だった。静かなことに満足していたし、寂しいと思った記憶もない。
それでも、誰かが暮らす家の明かりを眺めていると、胸の奥へ温かなものが広がっていく。
「もしかして俺、一人で寂しかったのかな……」
「ようやくお気づきになりましたか?」
隣に立つエルノアが、わずかに目元を緩めた。
「だからって、人間が平気になったわけじゃないぞ。知らない人間が二十人来てたら、俺は今頃城に引き篭もっているさ」
「ドラゴンであれば問題ないのですか?」
「一度戦って勝った相手だから、何を考えてるか分かりやすい」
「一般的な交流の始め方ではございませんね」
「俺も真似してほしいとは思ってないよ」
そんな会話を交わしてから、さらに数年が経った。
今では居住区の竜族たちも、アルカディアの日常へすっかり馴染んでいる。人の姿になったエンシェントドラゴンたちは農場へ出て、ホムンクルスやゴーレムとともに畑を耕し、収穫した野菜を倉庫へ運んでいた。
「ヴァルグ、その籠はトマト用です。小麦を入れないでください」
「籠など、どれも同じではないのか?」
「違います。そろそろ覚えてください」
「むう……農作業は戦より難解だな」
カミリアの注意を受け、かつて空の支配者を名乗った竜族の長が、なんとも言えない表情で籠を持ち替える。その隣ではカルミナスがリザと収穫量を競い、シルフェリアはレイと協力して温室の気温を魔法で調整していた。
風に揺れる小麦畑の向こうでは、角や尻尾を残した竜族たちとホムンクルスが笑いながら働いている。人間のいない空の上で始めた俺のスローライフは、いつの間にか、随分と賑やかなものへ変わっていたのだった。




