第12話:新たな住民
「い、命だけは助けていただけないでしょうか!」
三人のエンシェントドラゴンは、降伏の言葉を叫ぶなり、一斉に両手と額を地面へつけた。
勢いが強すぎたせいで演習区画の土が小さく陥没し、額の下から細い亀裂が走る。
土下座で地面を壊す者を見たのは、前世を含めても初めてだった。
改めて見ると中央にいるのは長い黒髪と中性的な顔立ちを持つ長身の男だった。
その両側には、燃えるような赤髪の女と、淡い銀髪の女が並び、三人とも角と尻尾と名残を残している。先ほどまで空を支配すると豪語していた威厳は、土と一緒に綺麗に吹き飛んでいた。
「……どうする?」
俺が尋ねると、リザとレイも互いの顔を見た。
「主様が望まれるのでしたら、今からでも止めを刺します!」
「降伏を受け入れる義務はない」
「二人とも物騒だな……。俺は対応について聞いたんだけど」
「生かす理由がありますか?」
「即答できないから困ってるんだよ……」
人型になって土下座をされると途端に居心地が悪くて仕方がない。
知らない相手と話すだけでも苦手なのに、命を預けられるような状況など、俺には負担が重すぎる。
俺は意識をすぐにエルノアとの間へ、声を出さずに会話できる念話の回線が開いた。
『エルノア、聞こえるか?』
『はい、ご主人様。戦闘終了を確認しております』
『ドラゴンが人型になって降伏したんだが……。今は三人揃って土下座してる』
『……土下座、でございますか?』
『俺も状況をうまく説明できている自信がない。悪いけど、みんなで来てくれないか』
『承知いたしました。直ちに向かいます』
しばらくして演習区画の扉が開き、エルノアを先頭にローザ、リリア、ダリア、カミリア、アイリス、ヴィオラ、ミモザたちが姿を現した。
全員の視線が土下座する三人へ集中し、三人の肩が目に見えて震える。
SSランクのドラゴンを怯えさせる我が家の住人たちは、俺が思っていた以上に迫力があるらしい。
「あるじさま!」
駆け寄ってきたミモザが、俺に傷がないことを確かめて安堵の笑みを浮かべる。その頭を撫でてから、俺は土下座したままの三人へ向き直った。
「とりあえず顔を上げてくれ。そのままだと話が進まない」
「では、我らの命を……」
「助けると決めたわけじゃない。まずは事情を説明してほしい。なぜアルカディアを奪おうとしたんだ?」
三人が恐る恐る上体を起こすと、代表して口を開いたのは、中央にいる男のドラゴンだった。先ほどの傲慢な口調は消え、黄金色の瞳には疲労と悔しさが滲んでいる。
「我らが住処としていた山は、長い年月を過ごした大切な巣であった。しかし数年前、地の底で起きた大きな変動によって山そのものが崩れ、巣も蓄えていた物も、すべて谷底へ飲み込まれてしまったのだ」
「山が丸ごと……災難だったな」
恐らくだが、山体崩壊のようなものだと思う。
にしても、よく生きていられたな。
「ああ。長く生きていて、このようなことは初めてだ。我らは新たな定住地を探して各地を巡った。だが、竜の姿で暮らせるほど広く、人里から離れ、十分な魔力がある土地は少ない。そこで数年前、この空に浮かぶ島を見つけたと同胞からと聞いたのだ」
男は周囲の城壁と、その向こうに広がるアルカディアへ視線を巡らせた。
「豊かな土地、豊富な魔力、外敵を寄せつけぬ高度。我ら竜族の新たな住処に相応しいと考えた。それ以来、遠くから様子を窺っていたが、人の往来がなく、島を動かす者も見えず、主なき太古の遺跡だと思い込んだのだ」
「人の往来がないのは、俺が人間を避けているからだ。勝手に無人判定しないでくれ」
「……すまなかった」
「それで、先に住んでいる俺たちを追い出そうとしたのか」
「……その通りだ」
住処を失ったことには同情する。俺にとっても、アルカディアはようやく手に入れた安らげる場所だ。もし突然すべてを失ったらと思えば、胸が苦しくなる。それでも、他人の家を見つけて力ずくで奪おうとするのは話が別だった。
「事情は分かった。でも、いくら住む場所に困っていたとしても、勝手が過ぎる。相手が自分たちより弱い人間と思ったから、話し合いもせず奪おうとしたんだろ?」
「返す言葉もない……」
男が深く頭を垂れると、銀髪の女が遠慮がちに手を上げた。
「あの……この浮島は、本当にあなたの所有物なのですか?」
「ああ。アルカディアは俺が管理している。ここで暮らしているみんなも、俺の大切な家族だ」
「では我らは、知らずにあなたの住処を奪おうとしたのですね……」
知らなかったというより、知ろうとしなかったのだと思うが、今は黙っておく。
男のドラゴンは何かを決意したように唇を引き結ぶと、再び地面へ両手をついた。
「無礼を働いたことは謝罪する。その上で、身勝手な願いだと承知しているが……この島の片隅へ、我らを住まわせてはもらえないだろうか?」
「ここに?」
思わず聞き返してしまった。人と関わりたくなくて空へ来たのに、住人は少しずつ増え続け、今度はSSランクのドラゴンが三人である。静かなスローライフというものは、小じんまりとしたものだと思っていた。
「主様、迷われる必要はございません。三匹とも素材にしましょう!」
リザが爽やかな笑顔で大剣を持ち上げた。
「賛成。魔石だけでも利用価値が高い。骨と鱗も無駄にならない」
「お前らな……」
三人のドラゴンが揃って青ざめ、先ほど以上の勢いで額を地面へ擦りつける。
「勘弁してくれ! 雑用でも何でもする!」
「荷運びも警備もする! 食事が必要なら自分たちで狩る!」
「どうか素材にすることだけはお許しください!」
俺はエルノアたちを集め、三人へ聞こえないよう念話で相談した。ローザは戦力として有用だと判断し、カミリアは食料備蓄に問題はないと答える。ミモザは「かわいそう、です」と俺の袖を引き、リザは定期的に戦えるなら賛成へ転じた。レイも研究への協力を条件に、処分案をあっさり撤回する。
最後にエルノアが、規則を受け入れ、俺の指示に従うのならば良いと結論を出した。
「分かった。条件付きで、この島に住むことを認める」
「ほ、本当か!?」
「ただし、アルカディアの規則には従ってもらう。勝手に物を壊さない。住人を傷つけない。必要なときは仕事も手伝う。それが守れないなら、今度こそ素材にするからな?」
「誓う! 必ず守る!」
三人が何度も頭を下げる姿を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
こうして、人間を避けるために空へ来た俺の城へ、なぜか三匹のエンシェントドラゴンが住み着くことになった。




