第11話:エンシェントドラゴン
『――矮小なる者どもよ』
低く重い声が、空気ではなく頭蓋の内側を直接震わせた。
正面に浮かぶエンシェントドラゴンが巨大な顎を開き、牙の隙間から白い熱気を漏らしている。左右の二匹も翼を広げたまま動かず、俺たちを見下ろす黄金色の瞳には、対等な相手を見る気配など欠片もなかった。
『地を這う者が、なぜ天空に城を構えている。空は我ら竜族の領域。何者の許しを得て、この場所を汚した』
「ずいぶん一方的な言い分だな……」
言葉が通じたことへの驚きより、初対面でいきなり縄張りを主張された疲労感の方が大きかった。初めての異世界の住人との交流がこれとは、幸先が悪く感じてしまう。
「主様。あのトカゲを地面へ叩き落としてもよろしいですか?」
「丸焼きにする」
隣でリザが笑顔のまま大剣を握り締めた。
反対側では、レイの周囲へ青白い魔力が静かに渦巻き、足元の芝へ薄い霜が広がっていく。
二人とも声こそ荒げていないが、俺を――正確には俺の城を侮辱されたことに、明らかに腹を立てていた。
「待て、二人とも。話が通じるなら、まず用件を聞こう」
「この者たちと話し合う必要が?」
「レイ、気温を下げながら聞くのはやめようか。怒っているのが丸分かりだ」
「気のせい」
「芝が凍ってるんだよ」
エルノアやみんなの苛立ちも、通信越しに伝わってくる。
今にも防衛機能が一斉射撃を始めそうな空気を感じ、俺は片手を上げて全員を宥めながら、一歩だけ前へ出た。
知らない人間を前にしたときと同じように、胸の奥へ重い緊張が沈んでいる。
できることならリザに交渉を任せて後ろへ下がりたい。しかし、ここは俺の家だ。人付き合いが嫌いだからといって、家を勝手に持っていかれるわけにはいかない。
「それで、お前たちは何をしに来たんだ? 空を飛んでいたら、偶然ここを見つけたのか?」
『この城から放たれる魔力を感じた。広さも守りも、我らの新たな巣に相応しい』
「……巣?」
『見れば、食物も水も豊富にある。住み心地も悪くなさそうだ。ゆえに、この城は我らが貰う。貴様らは直ちに立ち去るがよい。望むなら、下僕として残ることだけは許そう』
その瞬間、周囲の怒気と魔力が目に見えるほど膨れ上がった。
リザの足元で地面が軋み、レイの放つ冷気が一段と強くなる。通信の向こうでは誰かが小さく「消し飛ばしましょう」と呟き、エルノアが否定しなかった。
忠実なのはありがたいが、主人より先に殺意を固めるのは少し待ってほしい。
「悪いけど、それは無理だ。ここは俺たちの家だし、誰かへ譲るつもりもない」
『ならば、力によって奪うまで!』
三匹のエンシェントドラゴンが同時に咆哮した。
空が震え、圧力だけで演習区画の芝が波打つ。正面の一匹が口内へ灼熱の光を集め、左右の二匹も鋭い爪を構えて高度を下げた。
『ご主人様。すでに周辺に防御結界を張っておりますので、戦闘での被害はございません』
「ありがとう、エルノア。遠慮なくやれそうだ」
『はい。ご存分にお力をお振るいください』
被害を気にする必要がないと分かれば、迷う理由もなかった。
俺は剣を抜き、正面の一匹へ切っ先を向ける。
「中央は俺が受け持つ。リザは左、レイは右を頼む」
「承知しました、主様!」
「了解」
返事と同時に、三人が別々の方向へ地面を蹴った。
俺がいた場所へ、灼熱の息吹が落ちる。白熱した炎は大地を飲み込もうと広がったが、演習区画を包む結界に阻まれ、轟音とともに上空へ弾けた。熱風を背中に受けながら加速し、風魔法を足場にして空へ駆け上がる。
『愚かな! 自ら我の爪へ飛び込むか!』
振り下ろされた前脚を、俺は身体強化を全身へ巡らせて剣の腹で爪を受け止める。
耳を塞ぎたくなる衝突音とともに腕へ凄まじい重さがかかったが、耐えられないほどではない。
「……あれ?」
もっと一方的に吹き飛ばされると思っていた。だが、身体は揺らいでもいない。それどころか、目の前にあるドラゴンの動きが妙に遅く見えた。
リザの剣はもっと速い。彼女は剣を見せておいて平然と蹴ってくるし、死角へ回り込む動きにも容赦がない。それに比べれば、目の前の巨体が振るう爪は強大でも素直すぎた。
「これなら――いける!」
爪を弾き返し、翼の付け根へ剣を走らせる。
硬い鱗を裂いた手応えが柄から伝わり、黒い血が空へ散った。ドラゴンが驚愕に目を見開いた瞬間、開いた傷口へ雷撃を叩き込む。
『グオオオオッ! 馬鹿な! 下等な者が、我の鱗を!?』
落下する巨体を追い、風の刃を立て続けに放つ。翼膜が裂け、肩の鱗が砕け、地響きとともにドラゴンが演習区画へ墜落した。SSランクという評価に身構えていたのに、実際に押しているのは俺の方だった。
視線を横へ向ければ、リザは別のドラゴンの角へ飛び乗り、大剣の柄で頭部を何度も殴りつけていた。
「はははっ! 硬くて最高ですね! もっと本気を出してください!」
『や、やめろ! 頭を叩くな!』
「余裕がありますね。では、もう一撃!」
あちらは心配する必要がなさそうだ。
レイの相手は、片翼と四肢を巨大な氷鎖で縛られ、空中へ固定されていた。
逃れようと炎を吐くたび、無数の水槍が口元へ降り注いでいる。
『なぜだ! なぜ我の炎が届かぬ!』
「術式が単純。魔力も無駄が多い」
『竜の魔法を愚弄するか!』
「事実を述べただけ」
いつもの言葉が、ドラゴンにまで突き刺さっていた。
戦いが始まってから、十分も経っていない。三匹はすでに翼を傷つけられ、鱗を砕かれ、演習区画の地面へボロボロになって倒れていた。
対する俺たちは、目立った傷は一つもない。
自分がここまで戦えるようになっていたことに、俺自身が一番驚いている。
アルカディアのバフのお陰もあるとは思うが、五年分の鍛錬は思っていた以上に俺を強くしていたらしい。
「これで終わりだ」
俺が剣へ魔力を集め、リザとレイもそれぞれの相手へ止めを刺そうとした、そのときだった。
『――ま、待て! 降伏する!』
三匹の身体が眩い光に包まれた。
全長三十メートルの巨体が急速に縮まり、翼も尾も光の粒となって消えていき、やがてドラゴンが倒れていた場所には、角を生やし、鱗を思わせる衣をまとった三人の若い女性が、傷だらけで膝をついていた。
「我らの負けだ! い、命だけは助けていただけないでしょうか⁉」
巨大なドラゴンなら平気だったのに、知らない男女が三人へ増えた途端、俺は剣を構えたまま固まった。
「……へ?」
そして、そんな変な声が漏れるのだった。




