第10話:襲来
「ご主人様。詳細確認が完了いたしました」
さっきまで穏やかな茶会を包んでいた花の香りは変わらないのに、空気だけが目に見えない糸で張り詰めていく。膝の上のミモザも異変を感じたのか、俺の服を握る小さな指へ力を込めた。
「危険度はSSランク。エンシェントドラゴンのようです。数は三匹です」
「SSランクが三匹……」
口に出してみても、まるで現実味がなかった。
ワイバーンなら一撃で倒せるようになったし、以前遭遇した大型種にも勝っている。
それでも、今回はあれよりも強いSSランクが三匹だ。昼下がりに紅茶を飲んでいたら、空から災害が三つ並んでやって来たようなものである。
「第三段階の防衛機能で倒せそう?」
「少々難しいかと。エンシェントドラゴンは魔法、物理攻撃の耐性が十分なダメージを与えられない可能性が高いです」
エルノアの返答を聞き、リザはますます嬉しそうに笑い、レイは面倒そうに小さく息を吐いた。二人の反応を足して半分にすれば、もう少し危機に対する適切な表情になる気がする。
「ご主人様、補足してもよろしいでしょうか」
声を上げたのは、情報管理を任せているローザだった。
「エンシェントドラゴンの戦闘力は高いですが、第三段階の防衛で倒せます。先ほどの第三段階という推定は、警戒域の外縁で確実に仕留める場合のものです。防御圏内へ誘導し、攻撃を一点へ集中させれば、第二段階で十分かと」
「なるほど。じゃあ、防衛に任せれば安全か」
「はい。ただし、火力を優先すれば魔石や鱗の損傷が大きくなります。また、撃墜位置によっては死骸が雲海へ落下し、回収できない可能性もございます」
その説明に、俺は思わず眉を寄せた。
SSランクのエンシェントドラゴンなど、次にいつ遭遇できるか分からない。魔石はもちろん、鱗も牙も骨も、アルカディアの設備やホムンクルスの強化へ使える貴重な素材だ。
安全第一とはいえ、跡形もなく消し飛ばすのはあまりにも惜しい。
「素材を無駄にはしたくないな。防御圏内まで引き入れて、被害が出ないように周囲の防御を固める。俺たちで倒して、第二段階は援護と緊急時だけ使う……それならどうだ?」
「実行可能です」
エルノアが即答すると、空中へアルカディアの立体図が浮かんだ。
城の北側にある広大な演習区画を中心として、何層もの防御結界が花弁のように重なっていく。農場や居住区へ続く通路は封鎖され、万一突破されても中央区画へ近づけない経路が組み上げられた。
「エンシェントドラゴンを三匹もアルカディアに招くのか……」
「ご主人様のご提案ですが?」
「分かってる。ただ、人間三人なら絶対に入れないのに、ドラゴン三匹なら自分から招こうとしている俺は大丈夫なのかと思って」
「その点については、今さらかと」
「レイ、冷静に突き放すのをやめてくれ」
だが、危険だからと防御設備だけに頼り続けるつもりもなかった。
五年間、魔法を学び、リザに何度も地面へ転がされながら剣を振ってきた。自分がどこまで強くなったのか、全力を出せる相手に試してみたい気持ちは確かにある。
「俺も戦いたい。三匹なら、俺とリザとレイで一匹ずつ担当するのはどうだ?」
「主様! 素晴らしいご判断です!」
リザが卓へ両手をつき、身を乗り出した。
瞳の輝きだけなら、これから祭りへ出かける子供と変わらない。祭りの代わりにSSランクのドラゴンと戦おうとしている点には、なるべく触れないでおこう。
「私も賛成」
先ほどまで自動防御で済ませようとしていたレイまで、静かにカップを置いた。
「レイも戦うのか?」
「エンシェントドラゴンを相手に、魔法がどこまで通用するか確認したい。素材を残す方針なら、私がいた方が調整もしやすい」
「切り替えが早いな」
「合理的に判断しただけ」
「リザと違って落ち着いて見えるけど、目は同じくらいやる気だぞ?」
「気のせい」
視線を逸らされた。どうやら図星らしい。
方針が決まると、エルノアたちはすぐに動き始めた。戦闘へ参加しない者たちは中央防護区画へ移動し、ローザは観測室から敵の位置と魔力反応を伝える。
エルノアは防衛機能全体の指揮を執り、俺とリザ、レイは北側の演習区画で成竜を迎え撃つことになった。
「あるじさま、けが、だめです」
膝から降りたミモザが、不安そうに俺の袖を掴んだ。
その表情を見ると、胸の奥へ小さな重みが沈む。自分一人なら多少無茶をしても構わないと思っていたが、今は帰りを待つ家族がいる。
「大丈夫。危なくなったらすぐ防衛機能を使うよ」
「ぜったい、です」
「ああ。約束する」
ミモザの頭をもう一度撫でてから、俺は演習区画へ向かった。
厚い城壁に囲まれた戦場では、すでに防御準備が整っていた。半透明の結界が幾重にも空を覆い、攻撃魔法陣が低い唸りを上げている。リザはドラゴンの素材から作った大剣を肩へ担ぎ、レイは漆黒の杖を手に、上空から押し寄せる膨大な魔力を見据えていた。
『警告。目標三体、警戒域を抜け、間もなく視認可能距離へ到達します』
雲海の彼方に、三つの黒い点が浮かんだ。それらは瞬く間に大きくなり、やがて翼を広げた異形の輪郭へ変わる。全長はそれぞれ三十メートルほどだろうか。
岩壁を思わせる分厚い鱗、城門すら引き裂けそうな鉤爪、空気を震わせる巨大な翼。
三匹が羽ばたくたび、雲が渦を巻き、アルカディア全体へ重い振動が伝わってきた。
「……ワイバーンを大きくしただけ、では済まなそうだな」
「当然です、主様! だからこそ燃えるのではありませんか!」
「俺はそこまで燃えていない。平穏が一番だ」
「二人とも。来る」
レイの短い声と同時に、エルノアから確認が届いた。
『ご主人様。外周防御結界を、エンシェントドラゴンが通過できるよう変更いたします』
「許可する。通過直後に閉鎖してくれ」
『承知いたしました』
青白い結界の一部が水面のように揺らぎ、巨大な門となって開いた。
三匹のエンシェントドラゴンは罠を警戒する様子もなく、その内側へ悠然と翼を進める。
最後尾のエンシェントドラゴンの尾が通過した瞬間、背後で結界が閉じ、逃げ道を塞いだ。
頭上で滞空した三匹がゆっくりと首を巡らせ、黄金色の瞳で地上の俺たちを睥睨する。
その視線には、矮小な獲物を見定める知性と、絶対的な強者の傲慢さが宿っていた。
俺は剣の柄を握り直し、左右に立つリザとレイへ声をかける。
「さて、二人とも。強敵相手の腕試しといこうか」




