うつろいゆく感情
「ただいま戻りました」
ヒイラギとモモが家へと戻ってきた。
モモは、人型のモノを二体、左右の肩に担いでいる。
帰ってきたヒイラギの姿を見てぎょっとした。
腕と呼んでもいいのかと思うほど、彼女の腕はボロボロだった。
骨の役割をしている強化骨格はむき出しで、皮膚や筋肉はささくれていて直視するのも憚られるほどひどい有様だ。
いくら彼女達が機械化されているとはいえ、痛みを感じないわけではない。
不快感も、嫌悪感も、恐怖も感じないわけではない。
彼女達は人間なんだから────。
その考えにハッとし、振り払うように首を振った。
これ以上ヒイラギを見ていると、持たなくていい、持つ資格のない気持ちが溢れてきそうだった。
ヒイラギから逸らした視線の先には、長い髪を乱したリリが手をぶらりとしたまま立っていた。
未だブスブスと燻るように煙を上げている、黒焦げたリリの両腕。
すぐ戻ると言って、机の上にあったコインと太い電源ケーブルを引っ張りながら二階へと上がっていった。
そして数分も経たないうちに両腕を黒焦げにして帰ってきた。
その視線に気づいたのか、リリが身をよじるようにして両腕を後ろに回して隠した。
満足に動かすことができないのだろう、その動きは傍目から見ても緩慢だ。
机に置かれていたコインを弾体に、両腕を砲身兼加速器として、擬似的な電磁加速砲を構築したらしい。
焼け焦げるのは想定の範囲内だ。
だが、ここまで腕の耐久性は低かっただろうか?
視線をさらに動かし、無傷のモモを見る。
無傷に見えるモモも腕を動かしづらそうにしているのが、微かに分かる。
内部がいくらか損傷しているのだろう。
その三人の有様を見て、疑問に思う。
装備が不十分だとしても、相対した敵は彼女達がこれほどまでに追い詰められるぐらいの強敵だったのかと。
運び込まれてきた二体のドールと言われていたものに視線を移す。
彼女達に匹敵する、もしくはそれ以上の性能を備えていたのか?
そんな高性能なものを、何体も作成できるとは思わない。
無造作に床に横たえられたドールの横に片膝をついた。
ドールの体に触れ、手や足を持ち上げたりする。
やはり、そこまで高性能のものではない。
むしろ───。
俺の動きをじっと見つめている彼女達へ、ちらりと視線を向ける。
五割程度の動きしかできないにしても、いくらなんでも彼女達は貧弱すぎるのでは……。
立ち上がりそのことを尋ねようとしたが、彼女達の表情を見て思わず言葉を飲み込んでしまった。
誇らしげで、まるで褒めてほしいとでも言いたげな表情。
そんな顔を見ていたら疑問点や、抱いていた猜疑心がなぜか霧散していく。
「よく……やったな」
思わず口をついて出た、そんな言葉。
言うつもりはなかった。
言うとしたら、いつまでいるつもりだと、そんな言葉を言おうと思っていた。
だが、彼女達の有様を見てそんな気持ちが無くなってしまった。
こんな、一時の感情で流されるような男だったのか。
なんて、身勝手な男なんだろうと自らを恥じる。
その言葉にびっくりしたように三人は互いの顔を見合わせ、すぐに嬉しそうに笑った。
「はい!」
満面の笑みを浮かべ嬉しそうに笑うヒイラギ。
もし彼女の両腕が腕として形を成していて満足に動かせていたなら、俺の両手をとって喜んでいただろう。
それぐらい嬉しそうな声色で答えた。
モモも無邪気に笑い、出会った時は人形のように無表情だったリリでさえ微かに笑みを浮かべている。
そんな彼女達を見て胸が痛くなる。
こんなにも無邪気で、慕い、こんな自分の為に自己犠牲をいとわず果敢に戦う彼女達。
そんな彼女達を冷たくあしらおうとし、信じもしなかった自分。
自分の為に自らを犠牲にして戦ったことで初めて信じ、手のひらを返したように接する。
なんて自分勝手で利己的な汚い人間なんだろう。
そんな自分に褒められて嬉しそうに笑う彼女達にさえも腹が立ってくる。
彼女達に、人間に無償の奉仕を行い使い潰されていく機械の姿が重なる。
そんなこと、許されるのか?
思わず手のひらが白くなるほど拳を強く握りしめた。
「なぜ、笑っていられる」
喉の奥から絞り出したような、かすれた声。
自分でも驚くほど重苦しい声だった。
「俺はお前らを疑い、追い出そうとした男だぞ? そんな男が助けて貰って手のひらを返したようにお前達の帰還を喜んで、なぜ笑っていられる!」
胸の中の重いモノが堰を切ったように溢れる俺の言葉を聞いて、三人は顔を見合わせる。
「疑問に疑問で返すようで申し訳ないのですが、なぜそう思うのでしょうか?」
不思議そうに首を傾げながらヒイラギは俺を見る。
「私は、私達はあなたの子供だよ」
少し誇らしげに胸を張りながらモモは言う。
「子が親に褒めて貰いたくて頑張るのは当たり前」
リリの言葉にヒイラギは頷き言葉を続ける。
「親に褒めてもらえれば喜ぶ。帰りを喜んでもらえたら喜ぶ。あなたも子供の頃はそうだったのではありませんか?」
そう言われ考える。
自分はそうだっただろうかと。
父がいて、母がいて、俺がいて……それでどうだったろうか。
そんなことがあっただろうか?
もやがかかったように、あまり思い出せない。
「そう、なのか? でもそれは───」
「たとえそれが、プログラムでそう思わされていたとしても関係はありません。紛れもなく私は───私達はそう思い、そう感じ、そうしたいと思っているのですから」
ヒイラギは穏やかな笑顔で、自らの胸にボロボロの腕をあてる。
まるでそこに心が存在しているように。
「そう、か……」
彼女のその笑顔を見ていると、毒気を抜かれたように何も言えなかった。
言う気にもならなかった。
不思議と彼女達が嘘を言ってるようには思えなかった。
疑問も苛立ちも、頭の中から溶けるように無くなった。
首を振り、息を一つ吐く。
「とにかく、まずはみんなを直そう。モモ、悪いが倒したドールを一体運んでくれないか?」
モモは頷くと、横たえられたドールの一体を持ち上げた。
「では、その間に周辺警戒をしておく」
そう言いながら、リリは二階へと上がっていった。
二階から周囲の警戒に当たるのだろう。
その背中を見送りながら、ヒイラギへと視線を移す。
「ヒイラギは俺と来い。まず、お前から直す。モモも付いてきてくれ」
二人は───。
娘達は、不平不満も、口答えも無く素直に頷いた。




